指導員・会員の総括

会員の総括

非専従(在家)会員陳述書 東海、近畿

1.匿名 男性

 私は、オウム真理教に94年に入信し、以降アレフ、ひかりの輪と信徒、会員として信仰を続けております。

 今回、公安調査庁が出された更新請求書はあまりにも事実とかけ離れた内容であり、いったいどのような根拠があってあのような発表をされたのか全くもって理解に苦しみます。

 アレフ時代には、たしかにグルへの帰依が最大で最重要でした。そして、2007年5月のひかりの輪発足当初には、私の心の中にも、グルへの帰依はまだ十分には断ち切れていない部分もありました。

 しかし、ひかりの輪に入会してから現在にいたるまで、松本氏への帰依を肯定する言葉は、代表はじめスタッフの方々から一度たりとも耳にした事はありません。逆にアレフや松本氏の批判は何度も聞いております。

 特に吉田支部長に関しては、竹を割ったような性格の方で、公安調査庁が言われる"麻原隠し"をもし行っているとすれば、日頃の雑談、態度で何らかのそのような兆しを出されるはずです。

 しかし、まったくそのような素振りは感じたことも聞いたことも、一度たりとありません。逆に事件の真実を明らかにしようとする勉強会を開かれているし、ひかりの輪の新しい信仰の布教活動に骨身を削って一所懸命に奉仕されている姿勢を強く感じています。

 また、セミナー等の修行においても仏教、ヨーガのベーシックな内容を元に新たな修行方法が立て直されており、アレフ時代のものはほとんど排除し、ましてや松本氏の観想やビデオ、CDなどはまったくの皆無であります。

 そして、セミナー中に霞ヶ関への慰霊や事件の真実、オウム真理教、アレフ教団の誤った実態を何度となく聞かされることによって、二度とあのような悲惨な事件を繰り返してはならないという思いがさらに強まっております。私自身もひかりの輪の信仰を続けて行く事によって松本氏への帰依を消滅させることができたのです。

 あるときいつものように修行をしていたら、松本氏を観想しなくても強烈にエネルギーが上昇したという体験をしました。オウム真理教時代は、修行は必ずグルをしっかり観想するものという教えがしっかり入っていましたから、このような体験をしたときはびっくりしました。

 こんなことと思われるかもしれませんが、オウム真理教ではグルを観想しないことはタブーなのです。この経験以来、松本氏を観想しないでも心がダイナミックに広がる経験等いろんな素晴らしい経験を沢山するようになって、初めて松本氏は絶対とか、グルをはずしたら地獄に落ちるとか、いろんな脅し文句のようなことがしみ込んでいたがための呪縛から解き放たれるような感じでした。

 アレフ在籍中は決して、事件の真相をしらされることもなく、それどころか事件を肯定する雰囲気さえ漂っていたので、私は一種異様な感じを思ったこともありました。このような経験を経た私にとって、ひかりの輪に入会して初めてアレフ時代は洗脳されていたんだと思うようになりました。

 そして、事件の真相を勉強会や吉田支部長やスタッフの方々の話の中から何度も聞かされるたびに、事件の悲惨さをより深く理解することができました。

 そんな中2008年の3月20日はサリン事件の13年目でした。この日は大阪道場では改めて認識を新たにするべく勉強会がおこなわれました。私は、この日は仕事だったので数日後にそれを録画されたDVDをみることにしました。

 事件当日いかに大変だったか「プロジェクトX」という特集番組みることで改めて理解しました。そこでの多くの方々の大変な努力、パムという薬を使うかどうか決断をする一人の医師の姿、また多くの看護婦さんたちの必死の被害者を救おうとする姿、自己の身を省みずに乗客を助けようとした地下鉄職員の方の姿。

 どれを見ても旧教団では凡夫・外道を区別していたそんな方々が他を助けるために必死で働く姿を見たときに、仏教をやっていなくたって、こんなにも菩薩のような行動をとってる姿に改めて感動するとともに、この教団に所属していながら何もやっていない自分たちを大変申し訳なく思いました。

 仏教を実践していて救済だとか慈悲とか言ってる団体がこのようなことを起こし、逆に一般の方々のこうような素晴らしい姿をみたときオウム真理教の言っていたことの矛盾やおかしさを実感しました。

 そして、この勉強会を熱心にやっている吉田支部長の姿をみて、こんなことを言われるように、昔オウム・アーレフ時代から、変わったんだなと思いましたし、私自身としては、真剣に被害者賠償もこれからやっていかないといけないと改めて思いました。

 アレフ時代は、教団を守るために被害者賠償をやっていた、という感じですが、ひかりの輪になって、本当に事件を真剣に反省し、被害者のことを考え賠償をやっているという大きな違いも感じています。

 オウム真理教にいた一人の人間として、精一杯これから賠償の実践ほかやれることを精一杯やって頑張っていかなければと思っています。

 以上


2.匿名 女性

 現在私はひかりの輪の一般会員として在籍しています。

 今回、公安調査庁による観察処分更新の請求に事実と違うことがあったので、それを私の体験を交えて、私なりの思いを述べたいと思います。

 私のオウム真理教への入信は1995年で、事件直後のことでした。入信の動機は上祐氏への興味、また、オウム真理教の怪しげな雰囲気、松本氏の作った歌への興味からでした。

 事件そのものは、当時、上祐氏自身が否定していたこともあり、上祐氏自身がやってないと言うのならやってないのだろうと考えていました。また、実際に教団の人と接すると、優しくて誠実な感じがし、とても好感を持てるものでした。

 そして、そのまま活動したり活動しなかったりといった感じでしたが、2005年になり、代表派の吉田さんと電話で接することによって代表派との接触が始まりました。

 まずは、勉強会のDVDを見たりして、上祐代表の姿を間接的に見ました。そこではA派が主張するようなおかしなものは感じなかったので、実際に勉強会に参加し上祐代表に会ってみることにしました。

 上祐代表は、代表派の活動を始めた最初は、自分達の活動をグルの意思であると言っていました。

 しかし、その後、上祐代表は、様々な宗教的な体験等を経て、徐々に松本氏の呪縛から離れ、徐々に、自身の修行を行うに到った初心に帰っていくように、仏教本来が目指すものを追い求めていくように私には見えました。

 そして、その変遷に乗っていくような形で、私も、徐々に松本氏への思いが薄れていき、特定の人に依存しない宗教形態になじんでいくようになりました。その過程において、自然と旧教団の教材も、すべて破棄するようになりました。

 また、定期的に行われる説法会では、様々な視点から、オウム真理教で最高の教えとされてきた、松本氏が説いたヴァジラヤーナといわれる教えの間違いを学びました。このことは、私の偏った宗教的な観念を正して、ニュートラルな宗教観に導いてくれました。

 この私の中にできつつある新たな宗教観は、すべての人に奉仕するという、私が本来目指すものとも一致しており、とても新鮮で暖かな気持ちにさせてくれるものでした。

 また、話は少々変わりますが、私自身は、事故で父親を亡くしているのですが、その時の経験から、オウム真理教の事件の被害者・遺族の方々が、どういった思いをされたのだろうかと、想像することがあります。

 そういったことを思うと、公安調査庁の方々が主張するような「麻原隠し」などできようもありません。

 私は、間違いを犯した者が出来る精一杯のことを誠実に行っていきたいと思っていますし、団体もそのようであって欲しいと思います。


●吉田恵子大阪支部長等の変化について

 吉田支部長は、アーレフ時代の分裂直後は、まだ松本氏にたいして「尊師」と言ってましたが、ある時期から「尊師」という言葉を吉田支部長の口から聞くことはなくなりました。そして、私は、吉田支部長が尊師と呼ばなくなったこと自体に、大きな衝撃を受けたのを今でも覚えています。

 一般の方からすると、普通のことだとは思いますが、当時、オウム真理教・アーレフに入っている者にとっては、松本氏のことを「尊師」と呼ばないってことは考えられないことであり、松本氏とか松本死刑囚なんて呼ぶこと自体がタブーのことでした。

 これを示すエピソードがありますが、オウム真理教・アーレフの頃に、新しく入信した方がいらっしゃって、その方が尊師マーチという歌を「テレビで選挙の時は、尊師って言わずショウコーショウコーって歌ってましたよね?なので私からするとそっちの方が歌いやすいし親しめていいのでそう歌ってもいいですか?」と、サマナの人に尋ねたら、それまで笑顔で対応されていたサマナの人の表情が変わって、怒ったような表情になり、「ちゃんと、尊師とつけなければだめです!!」と厳しい口調で言われてたのを今でも覚えています。

 それだけ、尊師という呼び方はオウム真理教の時から大事にされていたので、吉田支部長の口から、尊師という言葉を聞かなくなったってことは、松本氏に対して気持ちや、未だに絶対者とみている部分っていうのはないというように、身近に接していて断言できると私は思います。

 事件に関しては、折に触れいろんな場面をとおして、団体の中で、話がなされていきました。2007年のGWのセミナーでは、サリン事件のことや、麻原という一人の人間を神にした間違い、人を絶対視した過ち等どこがどのように間違っていたかについて、詳細に書かれた冊子を順番に読んでいく、ということもやりました。

 こういうことを繰り返してやっていく中で、私の心も、少しずつ変わっていったのでした。

 特に強烈に心に残っているのは、2007年の年末年始のセミナーです。このセミナーでは、地下鉄サリン事件のことがとりあげられ、事件の詳細な説明を聞き、さらに、一連の事件の現場にも赴きました。

 そのときは、話やテレビ等で見たりして感じることとは違って、言葉では表現しにくのですが、なんともいえない気持ちになって、心が苦しくなり、『なんてことをしてしまったんだろう!!本当に申し訳ない、これは何度誤っても許されることではない!!』と思いました。

 そこの石碑に色々書かれているのを見て、また現場での事件の説明をききながら、一緒に行った会員さんの中では、声を押し殺して泣いている人もいました。そこに行った1人1人が、オウムの事件の重大さを痛感したと思いました。

 さらに、2008年の3月21日は(水曜日)今宮道場で、サリン事件についての吉田支部長の勉強会がありました。最初は、ホワイトボードを使って、サリンをまいた駅と路線を書いて、どこで誰が何袋のサリンを撒いて、被害者(死亡者)の方が、そこの現場では、何人でたのかといった説明を池田さんとともにしていました。

 その後に、二本のビデオを見ました。一本目は、サリン事件現場近くで、多くの被害者が担ぎ込まれた聖路加病院のお話でした。サリン事件当日、その病院ではどのような対応されていたのかというような内容でした。二本目は、実際にサリンで被害に遭われて、未だにサリンの後遺症によって、苦しまれている方のビデオを見ました。

 私自身も、そのビデオを見る事で、また改めて自分なりに考えさせられる事があり見ててとても胸が 苦しくなり、涙がでました。そして、被害にあわれた方に対して、もっと自分達は何かできることはないのか?とも思い色々と考えました。

 吉田支部長自身も、サリン事件に関して、具体的な勉強会をしようと思ったのは、そこに深い反省と、松本氏に対しての今までの気持ち(絶対的な帰依)が無くなり、皆でもう一度サリン事件に関して、そして、何故に事件が起きたのか、ということを深く考え、吉田支部長をはじめ皆一人一人の心の中にもう一度刻み込んで、真剣に考えてほしいという思いがあったからではないかと思います。

 もし、松本氏に対しての以前のような気持ち等が吉田支部長の中にそのまま残っていたならば、あのような勉強会をすることはなかった(できなかった)と思います。少しでも、吉田支部長の中に、松本氏への気持ちがあれば、それは、後ろめたいというか、以前のように、「こんなことをしたら、尊師にたいして申し訳ない」という気持ちの方が、先にきてしまうのではないかと思います。

 ですから、明らかに吉田支部長の中に、既に大きな心の変化があったからこそ、「松本氏」とか「松本死刑囚」などと呼ぶようになっていったと感じましたし、このような熱意のこもった勉強会をやるようになったと感じました。

 また、今年になって進んでいった在家の会員の教材の破棄について言うと(出家の会員の方は去年脱会時に全て破棄しています)、自分自身の教材破棄に関して言うと、何回か支部長から破棄しなさいと言われましたが、最初はどうしても破棄したくないという気持ちの方が強くて、何回か断りました。

 吉田支部長も最初の頃は すぐには無理でも、徐々にという感じで言っていましたが、ある時期からは、教材を持っていることによって不安に思う人が、たくさんいることや、被害者の方の気持ちや松本氏がやってきた事件に関しての話をするようになり、その話を聞いていて、自分なりに納得ができたので、私自身も教材を全て捨てることにしました。

 教材を全て捨てるにあたり支部長の話がなければ、もしかしたら今でも捨てることはできず手元に持っていたと思います。その時の吉田支部長の話を聞いていて思ったのは、吉田支部長の中に、以前のような松本氏に対しての気持ちは少しも残っていないのだなということでした。

 吉田支部長とは、ある程度長い付き合いなので、話をしていると、どのような思いで話されているかが自然と伝わってきます。ですので、教材破棄の時もそうですし、その後吉田支部長と話をしていても、もう以前のような松本氏への気持ちは、少しも吉田支部長の中にはもうないんだなってことを感じています。それは、この先も同じではないかと私は思っています。

 こうして、吉田支部長だけでなく、上祐代表、他の部長さん、スタッフ、会員さんたちが、今もって松本氏に対して帰依しているとか思うこと自体が、無理があります。

 事件に関しての反省の気持ちや、松本氏や誰かを絶対視しないことや、同じことを二度と繰り返さないという気持ちをもっていることは、一緒にいて見たり聞いたりする中で、私はすごく感じています。

 以上


3.匿名 男性

 大阪道場に通う、会員の者です。ひかりの輪ができたとき、私自身の意識は前教団(オウム、アーレフ)のままでしたので、上祐代表に面談していただいた時、「頭頂に上祐代表を観想していいですか?」と質問しました。前教団では、頭頂に麻原氏を観想する修行が通常だったから、そのような質問をしたのです。すると、上祐氏からは見事に拒否されました。

 この一件から、何となく、ああ、今までと違う感じだなあと思い始めましたが、説法でははっきりと個人を崇拝したり、神格化したりすることの弊害を何度も聞いているうちに、だんだん自分の中でも、特定のグルを信奉するのではなく、この宇宙そのものである大日如来をこそ礼拝し、尊拝すべきであるとの確信を持つに至りました。そして、今ではその大日如来の現れである全ての事象に感謝し、生活できるようになりました。

 また、教団の他の方の言動を見ていても、私が修行に必要な法具を忘れたのに気づくと道場のものを貸してくれましたが、こんな事は前教団では絶対あり得ないことでした。なぜなら、触れられると他の方の汚れたカルマが流入されると感じるからで、私などは他の方のカバンに触れただけで怒鳴りつけられた記憶があります。それが、聖なる法具に及んでの話ですから、根本的に意識が変わっていなければ、こういう事は絶対にできないのです。

 また、私の記憶に新しいのは、支部長の吉田氏が勉強会で、もののけ姫の歌手の方を題材に取り上げて、生まれつき体の骨が折れやすい逆境を乗り越えて強く生き、親に感謝を忘れなかったことを称賛しておられましたが、以前の教団ではあり得ないことで、ものの見方、価値観がこの人は完全に変わったなぁと感じました。

 このように、私たちの意識が変わったことは内部の人間には、自明のことですが、隠れキリシタンの歴史を抱く日本の文化の中では、外からはなかなか認めてもらえないのが実情です。

 しかし、教団としてもさらにねばり強く対話と強調を繰り返すことにより、いずれは誤解が解きほぐされることを信じてやみません。

 以上


4.匿名 女性

 私は、ひかりの輪の在家の会員ですが、以下の通り陳述します。

 私は、ひかりの輪が設立してから、道場での修行はもちろんのこと、バクティ(無償の奉仕業)で泊りがけでお手伝いをさせていただく機会が多くなりました。その中で、私が道場で目にしたこと、耳にしたこと、感じたことはいろいろありますが、公安調査庁の方々が、公安審査委員会に報告された内容と、あまりにもひかりの輪の実態が違うので、もっと真実をしっかり見てほしいと思い陳述させていただきます。

 私は、2007年に、宗教団体アレフを脱会し、ひかりの輪に入会しました。ひかりの輪になぜ入会したかと言うと、オウム時代の麻原さんをグルとして崇めるグルイズムでなかったからです。

 これは私にとってとても重要なポイントでした。もし少しでも麻原さんをグルとしているならひかりの輪にはきませんでした。私は、アレフ時代は、麻原教祖を絶対神としていることに対して、ずっと違和感を感じていました。説法などの話は素晴らしいものだと思うこともありましたが、違和感は取れませんでした。

 その時はアレフ大阪道場に所属していましたが、そこでの師(指導者)の導き方がかなり強引で押し付けの部分も多かったので、道場に通う気もうせていました。

 そんな頃、代表派と反代表派の分裂があり、代表派の上祐氏の話を聞いて新しい団体について行きたいと思うようになりました。サリン事件などの旧教団が起こした事件の真相の話から始まりすごく驚きましたが、その過ちを反省し、今後も同じ過ちを犯さぬように自分達は何をすべきか...。それを具体的にものの捉え方、考え方を上祐代表は話されていきました。私はその話を聞いてとても納得しました。

 以前のグルへの依存心から自己の魂の成長へ、教団以外の人たちへ慈悲の大切さ等の過去の教団の考え方がいかに間違っていたかが話されていきずいぶんと考え方が変わっていってるのを感じました。

 オウム真理教は「自分達は選ばれた魂であり、それ以外の人たちは悪業多き魂」と区別する考え方でした。ひかりの輪は「すべての人は仏性を持った人たち」と自他を区別しない考え方に大きく変わってました。

 また、日ごろ接していく中で、私よりも、かつてはずっとずっと麻原さんをグルとして帰依の心を強く持っていた吉田支部長や、スタッフの方々の変わり様には驚きました。

 アレフから脱会したひかりの輪は、まったく新しい団体であり、麻原さんの意思とはまったく別の団体であることを認識しています。

 いろんな場面を通して、事件を反省し、麻原さんも一人の人間である以上間違いを犯すこと、あのような悲惨は事件を起こさないためには事件に直接かかわってなくても、しっかり受けとめて自分自身を総括しなおすことが大切だということなどいろんなことがだされていきました。

 私自身もあの悲劇をしっかり受け止め二度とあのようなことにならないように今後も継続してしっかり考えていきたいと思っています。

 道場でもセミナー等でも機会あるごとに事件のことや、オウム真理教のどこがおかしかったかということを、たくさんきいてきました。

 また、2008年の大阪道場では吉田支部長やスタッフによる熱のこもったサリン事件をテーマにした勉強会がひらかれました。再度事件の詳細や(これは何回も教団でも聞いていますが)被害者の方々の人生をどのように狂わせてしまったか等々いろんな画面を使って、真剣に勉強会がなされていきました。

 これに参加して、私は、改めて二度とこのようなことを引き起こしてはならないと真剣に心に刻みました。見たくないものは見ないでそのまま放っておくのではなく、ちゃんと直視して心の整理をし、次は何をしていくべきかという姿勢を教えてくれました。

 昔から私は、日常生活でいろんな苦しみがあって、その苦しみをどう乗り越えたらよいか?という部分が多くて、その心のよりどころとして宗教に心が向かっていました。

 そんな中、ひかりの輪で日々の吉田支部長の勉強会や上祐代表の説法ではいろんなことを勉強をさせていただいています。旧オウムのように誰か一人を神として崇め、依存してついてゆくという考え方ではなく、一元の悟り(旧教団のように自他の区別をしない)がえられるように、また慈悲の心を培っていけるようにいろんな教材をつかったり、方便をつかったりして学びやすいようにしてくれています。

 上祐代表は、いろんな方便を使って、私たちに慈悲の心が芽生えるように導いてくれているように感じます。

 公安調査庁の報告では、ひかりの輪は「麻原隠し」をしていると見られているようですが、実際に私は道場へ足しげく通っていますが、そんな場面は一度も見たことはないし、聞いたこともないし、むしろ逆にいかに旧オウムの考え方が間違っていたかをいろんな角度から学びました。

 もっと本当のことをしっかり見ていただきたく思います。

 また私は、日ごろからよく道場に通っていますから、吉田支部長とはよく接していますが、吉田支部長の日ごろの言動を見ていても、いかに事件は間違っていたかの話を聞くことはあっても、今現在の吉田支部長が、麻原さんに対する帰依の心をもっているなどとは、とうてい感じることもありません。

 私は、もしひかりの輪が「麻原隠し」の団体なら、活動する気はさらさらありません。足しげく道場に通っていて、ひかりの輪をこの目でしっかり見ていますが、そんな「麻原隠し」とは無縁であると確信を持っています。もっと真実をしっかり見ていただきたいです。よろしくお願いいたします。

 以上
 

5.匿名 男性

 私は、ひかりの輪の在家の会員ですが、観察処分に関して、以下の通り陳述します。

 ひかりの輪の勉強会に参加したり、代表の説法を学んでいくうちに、私たちが日々生きていけるのは、多くの人の助けがあってこそであって、そのことに、私自身が感謝できていないことに気がつかされました。

 また、それと共に、オウム真理教の事件の大きさにも。胸が痛みました。2008年の3月20日のサリン事件の13年目にあたって、大阪道場では、この事件について改めての勉強会が開かれました。

 今まで事件のことは、ひかりの輪で詳しく勉強するまでは、あまり見ないように人事のようにしてきました。この勉強会以前にもいろんなところで沢山事件や、一人の人間を神として絶対視することは間違っているし、そうした間違いがこのような大変な事件をも引き起こしてしまうということにも気づかされていきました。

 改めて、この勉強会に参加して、事件の数も多いし、内容も酷いし、自分の知らないところでこんなすごいことがおきていたんだなと思いました。そして、私は、オウム真理教の教義が間違っていたんだなと思いました。

 麻原さんに帰依することは、結局自分が幸福になりたいとか、解脱したいとかいう自分のことばかり考えているエゴであり、他の苦しみが分からないようになっていたと思いました。

 そして、特集番組のビデオを見て、オウム真理教の事件が起こった際、病院関係者の人たちが、一生懸命被害者の命を救おうとしている姿を見て心を打たれました。

 私たちとどちらが素晴らしいかと考えたときに、当然このように自分を省みずに働いている人たちの方だと思いました。オウム真理教のしたことは、到底、許されないことで、早くオウム真理教はなくなったほうがいいと僕は思いました。

 事件のことは直接かかわってはいませんし、まさかオウムがやったなんて夢にも思ってなかったのですが、このような真実を知った以上は、自分も、かつてオウムに所属していたという事実がある以上は、これから事件の被害で苦しんでいる人に、心を込めて償っていかなければいけないと思いました。

 ひかりの輪では、釈迦の縁起の法から学んだこととして、全てはそのもの単独で存在することはなく相互依存によって存在しているということを学んで、自分たちは多くの人たちから支えや助けがあっていきているということに気がつきました。

 そして、身近な人、社会の人、すべての人から、学ぶことがたくさんあることに気づきました。本当は、目の前の、日常の、出会う人皆が、愛すべき人生の先生であったのです。ひかりの輪で学べば学ぶほど、その思いは深まっていくのです。

 オウム真理教の、松本氏を絶対神のように崇め従う、という教義から離れて、今、振り返ってみると、旧教団は自分たちは選ばれた魂でそれ以外の人たちは悪業多き魂と差別していました。その悪業多き魂を救わないといけないというある意味、見下したような考え方でした。

 麻原さんの説くその教義は、教団信者と、社会の人をひどく区別し、差別意識と傲慢さを生み出す教えであって、この信仰の行き着く先には、幸福はないと自分は経験者として、つくづく思います。

 それから、私が見ている限り、大阪道場の吉田支部長も、相当変わっていったと実感しています。

 まず、昔と違って、自と他の強い区別・差別をしていた麻原教から脱却しようと一生懸命にひかりの輪で学んだ一元の法則の実践をしようと努力しているのが良く伝わってきました。たとえば人の苦しみを聞くときも自分のこととして親身になって話を聞いてくれています。

 また、吉田支部長は、昔は「尊師一途」の人でしたが、そういう話や言動は全くかんじられないどころか、尊師ともよばす、麻原死刑囚とか麻原さんと呼んでいて、さらにはあの事件がどのように間違っていたかも話してくれています。

 みんなのことも思って賠償等が進むようにも頑張っていると思います。

 もしまだ心の中で少しでも麻原さんのことを信奉していたら、こんな勉強会を実践するなどを含めて、こんなにも変わることはできないと僕は、吉田支部長をよく知る者として感じています。

 これからもしっかりいろんなことを学んで皆と一緒に被害者賠償を含めた僕のやれる精一杯のことを頑張っていきたいと思います。

 以上


6.匿名 男性

 私は、大阪道場のひかりの輪の在家の会員ですが、このたびの観察処分に関連して、以下の通り陳述させていただきます。

 我々のひかりの輪の主要メンバーは、ほとんどが、オウム・アーレフ出身である為に、過去のオウム真理教の罪を背負っております。それゆえの観察処分なのだということならば、当然の処置ではありますが、公安調査庁の主張を見ると、明らかに事実誤認の部分がありますので、事実を知った上での処置をお願いしたく、以下の点を述べます。

 公安調査庁は、まず私達の団体を「麻原彰晃こと松本智津夫を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現することを目的とし、同人が主宰し、同人及び同教義に従う者によって構成される団体」と、このように言っておりますが、私個人は、そのような団体に所属しているつもりは全くございません。

 私は本来、仏教をやりたくてオウム真理教に入信しました。入信当初はオウム真理教が仏教の教えを信奉する団体だと思っていたのですが、事件を起こした1995年くらいには当初の仏教を勉強したいという思いが、いつの間にか麻原彰晃こと松本氏を信仰することに、目的が変わっていました。

 事件後数年はそのような状態が続いていましたが、松本氏の予言が外れ、多くの仲間が教団を離れ、松本氏自身も不可解な発言をするようになり、段々と自らの信仰の内容に疑問を持つようになりました。

 そのような思いが育っていく中で、教団内で上祐氏の改革運動が始まりました。その後、派閥というものが教団内でできるようになり、我々信徒にもその動きが伝わってくるようになり、教団では禁止されていましたが、思い切って上祐氏が大阪に来られた時に、会って自分の疑問を聞いてみることにしました。

 そして、上祐氏と話すことで、自分の目的が仏教を実践したいという当初の目的が、いつの間にか松本氏を拝むことに変わっていることに気づかされました。しかし、20年近くオウム・アーレフに所属していた私が、松本氏の影響というか、松本氏の教えから脱却するのにはそこから2年くらいの月日がかかりました。

 脱却の第一歩はひかりの輪で行われている、日本の神社仏閣等を訪れる聖地巡礼修行と言われるイベントでの体験でした。

 それまでは松本氏を拝むことによってしか得られなかった宗教体験が、日本の聖地といわれる場所を訪れるようになったことで、もたらされたのでした。

 これは、それを体験してみるまでは、私にとっては、松本氏なしではありえないはずの体験だったのです。この体験によって、私は

「ああ、もう松本氏を信仰する必要はないんだ。」

 という、解放感のようなものを味わうことができました。

 その後もこういう体験が繰り返されるようになり、自分の住む国である日本の中に眠る霊性の素晴らしさを感じつつ、また、上祐氏が行う説法の中でなされたオウムの信仰実践での間違いを勉強することによって、さらに松本氏への思いは小さくなっていきました。

 そして、個人的にもオウムの信仰実践での間違いを勉強することを始めました。林郁夫氏が書いた「オウムと私」、早川紀代秀氏が書いた「私にとってオウムとはなんだったのか」、加納秀一氏の書いた「カルトにはまる11の動機」、早坂武禮氏の書いた「オウムはなぜ暴走したのか」、高山文彦氏の書いた「麻原彰晃の誕生」等を読むことによって、自らの信仰を客観的に見つめられるよう努力し始めました。

 また、他の団体への勉強会にも参加したり、一般の仏教書等も50冊ほど読んで、教義面での比較、松本氏独特の教えからの脱却を図りました。

 さて、以上が自分の変化の経緯ですが、次に、スタッフの中でも、吉田支部長について、自分が知っていることをお話ししたいと思います。

 まず、吉田支部長は、最初は、まさに『麻原尊師教』のひとりでした。それが、ある時から、吉田支部長の心の中にも、(私と同様に)大きな変化があったように感じることがありました。ですから、それを少し述べたいとと思います。

 あれは確か2007年3月頃のアーレフ脱会直後のことでしたでしょうか、第一道場で修行していると、吉田支部長が入ってきたのです。そこで、いつものように雑談をしていた時のこと、支部長の口から驚くような言葉が出てきました。

 いつの間にか、松本氏のことを、いつの間にか「麻原さん」というようになっていたのです。うちの支部長は、アーレフ内でも有名なグル一筋の人だったので、その人が、崇め奉っていた人を、まるでどこか他所の人のように呼んだのです。

 宗教的観念を構築したことのない人は、なかなか分からないかもしれませんが、宗教を実践している人間にとって、こういったタブーを犯すというのは、心の変化がない限りは、決して出来ないものなのです。この何気ない言葉は、支部長の中で何か大きく変わりつつあるのを感じるものでした。

 その言葉は、まだまだ今のようには、オウム真理教の観念の抜けきっていなかった、当時の私には、ショックな言葉でした。そこで、思わず、「支部長までもが麻原さんって言うなんてショックやな~支部長もいよいよ変わってきたんやなあ」と言ってしまったことを覚えています。

 ところが、言われた本人の吉田支部長は、(心の変化の自然な結果なのか)。何がショックなのか全く分からなかったようで、「え?何が?」と私は言われてしまいました。

 ひかりの輪は、その前身であるアーレフ代表派が形成された頃、つまり、教団の分裂が始まったころまで遡れば、私自身を含めて、最初からオウム真理教からの完全な脱却を行おうという意図の元に始まったのではないことは確かです。

 しかし、私達みんなの全体の思いの流れから、アーレフを脱会し、新団体を設立して、先ほど述べたように、松本氏から解放され、脱却していくという、今現在の流れになっていきました。

 そして、この時の吉田支部長との出来事は、そのオウム真理教の流れから完全に脱却していく方向にいく、前ぶれのような現象だったと思います。

 我々の反省は、まだ始まったばかりで、まだ自分達で気づけていない至らない点もあるだろうとは思いますが、もはや、松本氏やオウム真理教から脱却したという、我々の主張、行動に嘘偽りはありません。

 その点だけはご理解していただきたく思います。

 以上


7.匿名 男性

 私は、ひかりの輪の在家の会員ですが、ひかりの輪が麻原に帰依をし、麻原の指示にしたがってテロ等危険なことを起こす団体とは考えらません。

 もしそうならば、私自身が、この団体にかかわることなどは絶対しません。

 何が、麻原隠しと言われることなのかはよく分かりませんが、麻原への信仰は、確かに以前のアーレフ時代にはやっていました。

 しかし、新団体のひかりの輪になってからは、松本家への関わりがないことや、今までのいろんな場面をとおしての勉強会やセミナー等の内容からしても、まずありえないと思っています。

 もし、いまだ裏で麻原を信仰しているとしたら、上祐代表の説法においての発言とスタッフ、信徒の普段の意見に食い違いが生じるはずです。

 しかし、大阪のスタッフや吉田支部長の普段の言動等を見ていても全く麻原に帰依しているなど感じることもありません。それどころか、麻原の呪縛がとけていることをむしろ強く感じます。

 私は、オウムは既存の宗教の良いとこ取りで、ある意味で、20世紀の宗教の良い悪い部分を浮き彫りにした団体だったと思っています。

 ひかりの輪はそれを越えるために、そして21世紀において必要な新しい思想を体現することに努めていると感じています。

 私自身、アーレフの中で、まだ分裂騒動のあった時期には、アーレフが外道としている他の宗教、他の宗派の神社仏閣にいくことなどは、考えられませんでした。しかし、今はそれが修行に必要なプロセスの一部として実践することが当たり前になっています。

 むしろ、多くの神社仏閣の中にも学ぶべき素晴らしいところがあるという、オウム真理教とは全く正反対の考え方をもっています。

 それこそオウム真理教においての唯一絶対の存在である麻原に既にとらわれていない証拠だと言えると思います。

 また大阪道場では2008年3月20日にサリン事件についての勉強会がありましたが、そこでのスタッフや吉田支部長の勉強会は心に残っています。

 はじめに事件の概要を池田さんの方から詳細に説明がありました。事件当時の様子が画像で生々しく伝わってきました。十数年間も、私たちが見ざる言わざるで過ごしていた間に、事件の被害者となったこんなにも多くの人の人生を狂わせてしまった事実が、一人の独身女性のドキュメンタリーを当初の画像を見ることで、ずっしりと伝わってきました。

 また、事件当初、いかに大変な事態だったかが、プロジェクトXという番組が描いた聖路加病院の人たちの大変な苦労等を見ることによっても、伝わってきました。

 吉田支部長も、このとき言っていましたが、

 自分たちが、事件は陰謀だとか弾圧だとかいってる間に、こんなにも多くの人の人生を狂わせていたかということ、

 事件は知らなかったけど知らない間に多くの人を傷つけてしまったこと、
これまでに何にも真剣に事件等の事実に対して取り組もうとしてなかったこと、などを考えさせられてしまい、本当に申し訳ないという思いがつのり、二度とあのような悲惨なことは起こしてはいけない、と改めて、この勉強会によって、決意をさせてもらいました。

 また、被害者の一人の女性の人生を見て、こんなにも大変な人生を送っているのかとも感じ、これからは心を込めて被害者賠償をしていかなければいけないと考えるようになりました。

 もしひかりの輪が公安調査庁が主張しているような団体なら、このような勉強会や説法等はできないと思っています。

 吉田支部長やスタッフが以前と変わってないなら、こんなことを熱心にすることさえしないと思います。

 自分たちの心が変わっているからこそ、私を含めた、人の心も、このように変えることができるのです。

 以上


8.K 男性

 観察処分の期間を更新し、本団体の活動状況を継続して明らかにすることをしたいという公安調査庁の請求には、わたし個人としては、まったく異議も異論も反対もないものの、その必要があるとの根拠とされている理由には、まったく事実誤認があるので、これは問題であると思われます。

 私は、我々、オウム真理教の教義を一瞬たりとも信じたか或いは団体に属した経験を有する者に、潜在的に有する問題点は、何かということを、1995年以来考え続けてまいりました。

 そして最も最たる元凶が『盲信』『妄想』にあったと結論に辿り着いたのです。
この『盲信』とは何かといえば、麻原彰晃こと松本智津夫氏を聖者或いは偉大な魂とする教祖・創始者とするという、馬鹿げた信仰にあったということです。
これについて自覚的に気付いたのか、他覚的に気付いたのかは別にして、我々「ひかりの輪」の現存構成員の多く(すべてとは言いません)は、思索検討して気付きつつあるであろうと、推察しています。

 わたしは最愛の母が事故で喪ったとき、遠くに居た、そして母の葬儀に出ることをあきらめ断念せざるを得ない決断をした。これは信仰がさせた、わたし個人の決断ですが、2004年11月15日に死んだ母を、弔うことを、わたし個人で行なう決断をしました。

 わたしが葬儀に出席することによって惹起することになるであろう、いざこざに遭遇するより、母の冥福を、静かにわたし個人で祈る選択をしました。
しかし、本音は母の亡骸にすがりつき、母に対する親不孝の数々を詫びて泣きたかったが、それは現実化できなかった。(母の亡骸にすがりついて詫びても母に伝わるわけではありませんがね)

 これが我々が盲信した信仰をなした果報として受けるべき、苦悩であるところの偽らざる現実です。

 また葬儀は世俗的事柄であって、残された遺族がその死を縁として、より創造的生き方に如何に反映させられるかに意義があるのみでしょうから、親不孝者の私が、母の死を契機に生き様を適切化するように換えることこそ、亡母への大きな供養となることでしょう。

 この頃から、旧オウム真理教に含まれた松本智津夫氏の説いた教義を批判的に検討することに、より拍車がかかったように記憶しています。

 松本智津夫氏が立ち上げた宗教団体に属した事実からして、彼を宗教的指導者として認めたという過去の結果的事実を認めざるを得ないが、この事実に立って、事件発覚後は、真にあるべき宗教の姿を模索し続けてきました。

 その結果、わたし個人が到達した宗教的信念は、「摂受」、或いは、「受容」こそ真価であろうと思うようになっています。

 「摂受」、或いは、「受容」

 この要素は少なくとも旧団体である「オウム真理教」の教義には、まったく欠落していた要素です。

 どうしてこのようにみなせるかについて、わたし個人が考察した過程は以下です。

 最初の頃1989年より以前に、麻原彰晃こと松本智津夫氏が書籍で或いは直接言葉で語っていた内容にシンパシーを感じ、入信をした動機は、悟り・解脱に速やかに到達し、多くの他者の苦悩からの解放を手伝いたいという切なる願いに共感したからでした。

 ところが、我々在家信者は、1995年に起こった事件に遭遇するまでは、松本智津夫氏の指示に基づく凶悪事件を起こしているとは明示的にはまったく知らされていませんでした。
ここから我々在家信者は、自らその旧オウム真理教に隠されていた事実を抉り出す作業が始まることになりました。

 しかし、この初動においては、団体構成員がすべての凶悪事件に関与したという虚心坦懐な自団体関与を認める言質が教団から得られることはいつまでもありませんでした。それは2005年になるまで、団体構成員の指導的立場の者から具体的かつ明確に認めるような話がされることはありませんでした。

 時期が不鮮明であるが2003年2月頃に、上祐氏が埼玉県の当時のアーレフ施設で、方針転換・すなわち、松本智津夫氏を宗教的指導者として自他共に推奨することを止めようというセミナーを開いたことがあったと記憶している。

 その後、間もなくその年の内に、上祐氏は、我々在家信者と直接相見えることができないようなアーレフの構成員の多くの者によって幽閉状態に置かれる状態になったようです。

 わたし個人が、松本智津夫氏を宗教的指導者として意識していた時期と、こんなことをまったく意識しなくなった時期について簡単に概要を表現すれば以下のようになります。

 私自身の盲信は、松本智津夫氏に、まんまと騙されていたのか、或いは、わたし個人が信じてしまったのか、どちらかによって、松本智津夫氏を、悟り・解脱に速やかに導き、多くの他者の苦悩からの解放を手伝うことを実践している宗教指導者とみなしたことに端を発したことからスタートします。

 既にここから錯誤が始まっていたのです。

 松本智津夫氏という一人の人間を、悟り・解脱に速やかに導き、多くの他者を苦悩からの解放を行ない得るただ一人の宗教指導者とみなした、その想いにこそ、既に間違いがあったのです。

 どうして宗教指導者とみなしたことが間違った想いであるのか?
これは説明しなければならないでしょう。

 特定の一人の人間を解脱・悟りを与えてくれる絶対的存在とみなすことを、手段として弁えているならばいざ知らず、生身を有する人間或いは過去生きた人間をそのまんま、解脱・悟りを与えてくれる絶対的存在と思い込むことがいかなる結果を惹起するかといえば、生身を有する人間を絶対的存在と思い込めば、増上慢をその指導者に備えさせまったく相互信頼と相互影響を与え合う関係でなくなってしまう可能性が極めて大きくなるのです。

 その指導者が増上慢を抱くことを避ける努力をしているなら、場合によってはこの手段・方便であるグルイズムも巧く機能する可能性がまだ残っているのかもしれませんが、松本智津夫氏のような未熟な人間の場合これは大きな誘惑になって巧く行きませんでした。

 わたしのようなさらなる未熟者が、松本智津夫氏を未熟な人間と評するのは如何なものかとは、じくじたる思いがあります。

 しかし、少なくとも、1995年から現在に至るまで、松本智津夫氏は自己の非を認めていませんが、我々は自己の非を認めることを学びました。この自己の非とは何かといえば、ひと言でいえばそれは、松本智津夫氏に依存する妄想心が私達の間違いであったということです。

 松本智津夫氏に依存する妄想心が私達の間違いであったことを容易に分かりやすく説明するのは困難ですので専門的表現を使わざるを得ません。

 親鸞は『弥陀仏というは、自然(じねん)の様を知らせんための料なり』

 と言い残しています。あれほど念仏行を推奨しておきながら、弥陀仏は自然の様を知らせんための料(手段)なりという真意は、弥陀仏すら解脱・悟りを与えてくれる絶対的存在と、けっしてみなしてはならないということでしょう。

 これはとりもなおさず、松本智津夫氏を含む誰であっても特定の他者を安易に解脱・悟りを与えてくれる絶対的存在と捉えることが、根本的に『妄想』・『盲信』に基づくことであることを教えています。

 この『妄想』・『盲信』に基づくことでは、到底『悟り』も『慈悲心』も忽念生起することは不可能です。
『現代を生きる仏教』(秋月龍眠 著 平凡社)より引用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

では、ずばり仏陀の「悟り」とはなんでしょうか。禅者は、みずからの生の悟り体験に即した「根本句」として、それを「自我がなければ、すべてが自己だ」といいます。自我を空じて無我になったとき、そこでは「〈空〉とは〈自他不二〉」で、「天地と我と同根、万法と我と一体」です。そのとき他己--「無相の自己」ですから、その「不二」の相として「自己・他己」というのです--の痛みは、そのまま自己の痛みとなります。

そこに、他己の痛みに同苦する「うめき」声がおのずからにして発します。この「同苦のうめき」が「大悲」(絶対愛)です。

いったん仏となっても、涅槃に住まらず(不住涅槃)に、仏が菩薩となって「衆生無辺誓願度」という「願行」に精進せずにおれなくなる「悟りの働き」(本証の妙修--「般若」の自発自展)が、そこから発するのです。

我々は、「四諦」の法門の背後に、このような人間実存の自覚構造を見ます。そのとき、「縁起」の説に、いま一つの光が当てられています。

それは単に「無明があるから人生苦がある。無明がなければ人生苦はない」という冷たい理法だけのことではありません。

「自我がなければ、すべて自己だ」というとき、「〈空〉とは〈自他不二〉」というとき、人間同士の"自他不二"になる"関係性"という実存の原事実としての「縁起」が"万法のあり方"(「場所」の構造--空間縁起)が、そこに見えてくるのです。

釈尊はいわれました。
「友よ、ここに二つの葦束があるとする。それら二つの葦束は、相依っているとき、立っていることができる。それと同じように、これがあるからかれがあるのであり、かれがあるからこれがあるのである。だが、もしその二つの葦束のうち、一つの葦束を取り去れば、他の葦束また倒れるであろう。それと同じく、これがなければかれはないのであり、かれがなければこれもまたないのである」(『相応部-葦束』、『雑阿含経-葦』)。

我々はこの言葉に、「自他不二」という人間実存の原事実に対する仏陀の徹見を見ます。
仏陀の「葦束」の喩えは、「我と汝は区別できるが、切り離すことはできない」ですから「私はあなたを愛して初めて真に私であり得る」という「自他不二」なる人間存在の底に働く「大悲」なる実存の原事実を道破した言葉として、改めて見直されてくるのです。この意味の「関係性の原理」としてなら、仏陀の「悟り」を「縁起」として見て、なんの不可もないでしょう。
(引用終わり)
 このような四諦の法門と「関係性の原理」よる大悲の発露こそ、真に我々が今現在模索し追求している宗教のあり方です。 我々はこの「仏教」という宗教の核心を「仏法には無我にて候」という言葉で押さえたいと考えているのです。

 私達はかつて「盲信」・「妄想」に基づく信仰に陥ったが故に、多くの他者を傷つけ、恐怖させ、同朋は殺人さえ起こした。幸か不幸か判りませんが私個人はその凶悪事件に直接関与はすることはありませんでした。

 しかしながら、同じ信仰の同朋が犯した過ちは、私達もそのポテンシャルとして備えていたと考える反省を1995年以来、遅々とした歩みですが、進めてきました。

 松本智津夫氏という独りの人間を、悟り・解脱に速やかに到達し、多くの他者の苦悩からの解放を手伝いたいという切なる願いを抱いている者と感じるのは自由であろう。
また、松本智津夫氏という独りの人間を、悟り・解脱に速やかに到達させ、多くの他者の苦悩からの解放を手伝える唯一の導き手と見るグルイズムは、手段(方便)としては、有効に作用する場合があるのかもしれません。
 しかし、それは手段(方便)として自覚する者によって活用される場合に限定されることであって、けっして我々のような依存資質による楽をして解脱・悟りに速やかに到達したがる「盲信」・「妄想」を有する輩には不向きな手段です。それが松本智津夫氏に依存する「妄想」ということです。

 そもそも「宗教」のあり方として、"おおもとの教え、人生における根本の教え、無くてはならぬ一つの教え"を模索しようとする本来の宗教にあっては、

 「仏法には無我にて候」、「我と汝は区別できるが、切り離すことはできない」ですから「私はあなたを愛して初めて真に私であり得る」という「自他不二」なる人間存在の底に働く「大悲」なる実存の原事実を、自覚することこそにあるべきだったのだと遅蒔きながら、やっと気付くようになったのです。

 旧団体の主たる偏向は、その団体の教義が正しく、教えを信じて実践するものが聖なる存在であって、これらの教えが正しいとも信じることも、実践することもない者は、すべて邪なる存在として見下す分別をした強健な偏向を備えていた誤った宗教を実践していました。

 ところが本当は教えを知っていようがいまいが、また正しい教えを信じていようがいまいが、「本然・自然」の現成(現前成就)が、法(ダルマ)・教えです。

 「如来が世に出ようが出まいと法は法である。如来はその[本然・自然の]法を悟ったのである」

 このことを適切に弁えることが出来ずに、松本氏に依存し安易に悟り・解脱に至りたいという間違った願望によって、我々旧団体に属した経験のある者は、松本氏を絶対視するという罠・落とし穴に陥ってしまっていたのです。

 「法」(教え)は生滅する無常なものであって、ただ単に「無我の我」を悟るための手段・方便でしかありません。

 その手段の一つとしてグルへの帰依をいう手段を使う他の宗教団体もあるでしょうが、手段・方便としてあるべきものが、目的化した過ちに落ちたのが松本氏とその信者によって共謀されてつくられたグルイズムの誤用だったのです。

 よって我々は手段・方便としてあるべきものと自覚してもグルイズムを取らない宗教活動を模索し続けているのです。

 旧団体の過ちは、グルイズムをその手段・方便として自覚して活用するのではなくて、「無我の我」を悟る手立てとしてではなく、その手段である「グルへの帰依」が目的化して誤って使われてしまったところにあったと受け止めたのです。

 手段である「グルへの帰依」が目的化して誤って使われてしまった結果、松本氏の増上慢を、誰一人として諫めたり、松本氏の指示に対してまったく従わない意思表示をする者がいなかったことが、結局多くの人を死なせ、多くの人を恐怖させ、多くの人を苦しませる、凶悪事件を惹起させる主因となったと反省したのです。

 ここから我々「ひかりの輪」の構成員は出発しています。よって「麻原隠し」などと誤解される事実が認定されようとしていることははなはだ心外なことなのです。

 多くの教えを聞く「多聞」は「無我の我」を悟る為の手段ですから行ない続けるでしょう。しかしそこには当然取捨選択がなされます。

 松本氏が語った教えに最大の問題があったのは、人間を絶対者と同一視させるようなグルイズムにあったのであり、人を神として絶対視してしまって人間である要素を見ないようにした過ちにあったのです。

 その上に胡座をかいた松本氏は増上慢の心からあらゆる不法の指示を出し、それに盲信した信者が凶悪事件を惹起させたことにこそ問題があったといえるでしょう。

 その増上慢の松本氏は今現在に至るまで、少なくとも2005年死刑判決確定後も、我々及び被害者の方々に対して、自分の過ちを認める言葉を発したことはないでしょう。

 かつて自分達の主張(教え)が正しく、他者(外道)の主張は邪道であるというような教義に嵌ってした我々が、その当時普通の生活をしておられる方々を悪業多き人達として蔑んだ見方をしてしまった、という過ちに陥っていた時期がありました。
 まさにこれと同じ構造が今回の観察処分の継続申請された公安調査庁の文書に顕われていると考えられます。
 諸法無我・諸行無常を学び、「無我の我」を現成しようと努める我々にとって、公安調査庁の「麻原隠し」という「ひかりの輪」に対する評価は、昔我々が多くの一般民衆に向けた「悪業多き魂」と見てしまった「業」が返ってきているのだと受け止めたいと思います。

 我々が現実の事実をありのままに認知することができず、多くの一般民衆を「悪業多き魂」と見てしまった結果、我々は多くの苦悩を享受しなければならない経験をしてきました。

 要するに、事実誤認を他者に向けた果報は、必ず我が身心を事実誤認される業として返ってくるという自業自得の事実を経験させていただいています。

 自らが正しく、他者が間違っているという視点は、一時的に自らを楽しませてくれるところはあります。これは慢心です。

 この喜びの享受している間はよいのですが、いずれ自らに謬りがあり、他者が正しいことを思い知らされることとなり、この時の苦悩はとても大きなものとなり、抜け出すには大変な努力を要することになり、今も更正に努力しているところです。

 事実は事実として正しく認め受容し摂受することがない限り、いずれ苦悩を惹起するものです。今我々は一般民衆の身口意の行ないを見て、「悪業多き魂」とみなすことは止めました、変わりに、仏法に則し、正しくありのままに受容し摂受し、そのとき善行者を見れば尊敬し感謝する帰依の対象とみます。
 そのとき悪行者を見れば、ああっ、私と接し遭遇する縁ある人であるから、私の過去や未来の汚れを教えてくれる先生として、感謝し尊敬する努力を行なっています。

 出来ることならば、公安調査庁の方も、事実は事実として正しく認めるようになって頂きたいものだと切に願って已まない気持ちです。

 以上


9.匿名 女性

 事件の少し前に、オウムの出家生活が嫌になって還俗したので、事件を知り、「なぜこんなことになったのだろう。」と、まともに受け止めることができず、一部の関係者が犯したことだから自分とは関係ないと向き合うことから避けてきました。

 しかし、代表派時代の度かさなる上祐代表の話や事件の真相に触れていくにつれ、麻原氏が弟子に指示し、それに無思考で善悪考えずに従い事件を犯してしまう...という恐ろしい事実を知り、それは想像以上で、とんでもないことであるという思いが生じてきました。それによって、そういうことをした麻原氏に帰依する気持ちは薄れていきました。その後も、オウム真理教の教義の間違いなども多く聞き、少しずつ帰依の気持ちは薄れていきました。

 また、自分自身も似たような傾向があり、過去において家族を傷つけてきたことがあったということをふりかえる度に、反省することがあります。

 麻原氏への帰依はなくなっているのですが、輪廻転生のことなどで麻原氏以外救ってくれる人はいないなどということは、ひょっとしてそうかもしれないという思いがまだ、少し出てくることも以前はありました。

 今後は、麻原氏などの特定の誰かを絶対とし依存するのでなく、自立し、どんなことに遭遇しても全て自己責任で誰かのせいにするのでなく、調和して生きていきたいと思うようになりました。

 以上


10.匿名

 私は、ひかりの輪の会員です。

 今回、公安調査庁が観察処分更新のために出してきた内容に対して、いつもひかりの輪を見ている者として、事実と違うので述べさせていただきたいと思います。

 まず、ひかりの輪でやっていることは普通の仏教です。最近に至っては、浄土真宗の内容にも近いと感じます。事件の反省も含めていかに旧教団が間違っていたかを反省しているため、旧教団の教材は一切使っていません。旧教団の教義は一切ひかりの輪では、学んでいません。

 去年の年末年始(2007年)のセミナーでは、サリン事件の現場に皆で赴き、慰霊もおこないました。そこで、実際に人ごとではなくて、自分ごととして考えることもできました。

 自分がこういう目にあったとしたら、当然許せないことであろうとつくづく思いました。やはり、事件については、しっかり反省しなくてはならないとあらためて思いました。

 また、一緒に行った人たちも、真剣そのもので、胸が詰まり涙をこらえている人もいました。あのような悲惨な事件が二度と起きないようにするためには、個々人が一人ずつ総括していき、反省を深めていく必要があると思いました。今現在もひかりの輪では、それを継続してやっていると思います。
私は、説法会や日曜日のイベント等によく参加しておりますが、そこで聞いたり見たりする中で、松本氏に対して帰依しているとか、信奉しているとか、一度も感じたことは全くないし、公安調査庁が言っているような松本氏の意思をくんだ『マハームドラー』の修行をしているなどと、到底考えることも認めることもできません。

 実際に道場に通う者として、それは、一番肌で感じるものですが、まったくそのようなことはありません。どうかしっかり真実を見ていただけるよう、よろしくお願い致します。



11.匿名 男性

 私は、在家の会員で、出家を希望している者ですが、今回の観察処分の審議に関連して、以下の通り述べたいと思います。

 公安調査庁は、無差別大量殺人のみを強調して、それがオウム真理教の教えとしていますが、それは筋違いと考えます。また、ひかりの輪はアーレフやオウム真理教と同一と見なしておりますが、それも大いなる筋違いと考えます。それは、各信者が求めているものが、事件とはまったく違っているからです。

理由1)時代的な変遷

 一概にオウムと言っても、時代によって様々な側面があり、信者が求めていたものも、それぞれ異なります。好き好んで事件を起こしたい人なんて、おそらく誰もいません。
 少なくとも、ひかりの輪にはいないと思います。そういう危ない人は、逆に出家できなかったはずなのです。出家は、解脱・悟り・衆生済度(救済)を求める人が対象だったからです。私が考えるには、大きく分けて下記の5つの時代区分があると考えています。

1.オウム神仙の会時代

在家中心のため、戒律らしきものがない。
超能力や修行、解脱を求めていた信者が多い傾向。
出家制度は途中から発生するが、戒はあっても律はない状況。
出家して家族や社会とは隔絶する形になるものの、社会的に大きな損害を与えるような団体ではない。
出家自体は、他の宗教でも存在する。
ヒナヤーナ(小乗)中心。

2.前期のオウム真理教(タントラ・ヴァジラヤーナを説く以前)時代

心の平安を求めていた信者が多い傾向。
教団内の殺人事件がまだ発生していないときで、グルは絶対だと言っても口だけ、もしくは想像の範疇で済んでいた。
マハーヤーナ(大乗)中心。

3.後期のオウム真理教(タントラ・ヴァジラヤーナを説いて以降)時代

一部の人間だけが秘密ワークと称して、宗教的に好ましくないワークに従事したりするも、好き好んでやっていたものはほとんどいないと思われる。
関係者以外の出家信者には、そういった情報は一切知らされることがないため、ほとんどのメンバーは平和な教団だと信じている。
また、秘密ワークが複数あった場合でも、関係しているワーク以外のことは知ることはない。
タントラ・ヴァジラヤーナを説いてはいても、ヒナヤーナやマハーヤーナも平行して存在している。
坂本事件が発生し、教団関与の可能性を疑われたため、平和だと思い込んでいるメンバーは、迫害と勘違いすることになる。

4.前期の宗教法人オウム真理教(1993年まで)時代

教義的にはヴァジラヤーナを説いてはいるものの、事件性のあるワークに関与していない出家信者は、平和な団体だと堅く信じている状態。

5.後期の宗教法人オウム真理教(1994年以降)時代

上からの指示で、一部の信者が破壊活動をやってしまった。
個人が率先して、破壊活動ができるわけがない。
通常の出家信者の所持金は最低限で、経理上の決済権も限られた人間で、上限も決まっていたようです。
上限がないのは、教祖のみ。
ほとんどの出家信者は、教団が無差別大量殺人事件を起こしたと思っていませんでした。
殺人事件以外の違法行為に携わってしまったメンバーですら、あそこまではしないと思っていたのではないでしょうか?

 公安調査庁は、「5」の事件関係者の部分ばかりを強調してオウムとし、ひかりの輪も同じと考えています。
しかし、実際はひかりの輪のメンバーは、ほぼ無関係だと思われます。ヴァジラヤーナ活動に、一部関わってしまった代表も、サイトで公表しザンゲしております。
 オウム真理教も含めて、一度でも罪を犯してしまった人間や団体を、更正しないと断定し、永久に観察処分を続けるのであれば、刑務所のシステム自体に意味がないということにもなりかねません。

理由2)平安を求めるメンバー

 アーレフのメンバーもほとんどは事件を知らなかったメンバーで構成されているようですが、その中でもひかりの輪のメンバーは温和なメンバーで構成されているように思われます。
タントラ・ヴァジラヤーナなんか実践したくないから、アーレフを脱会しているわけです。純粋に平和と思えた、オウム神仙の会~マハーヤーナ時代までのオウム真理教が好きだったメンバーがほとんどだと思います。
 マハーヤーナまでの教えであれば、社会に迷惑をかけることはありません。しかしこの場合は、対外的にアーレフと一緒にされてしまうため、一般的に普及している宗教をベースにしていることになります。それでもだめと言うのであれば、すべての宗教も対象になるはずです。

理由3)今さら事件を起こす可能性がほとんどありえない

 割高な家賃、少ない信徒、損害賠償による出費等の条件下で、やっと存続しているような状態です。わざわざテロ活動するための施設もお金も技術もありません。
 その一方で、社会全体がおかしくなっており、無差別殺人事件が一般人の間で発生しています。暴力団が社会に溶け込み、ヤクザマネーが流通しています。振り込め詐欺のような悪質な犯罪も、犯罪当事者は悪気がないようです。日本経済も落ちるところまで落ちて、一般人による暴動がいつ起きても不自然でない状況です。
 そんな中で、ひかりの輪に対して観察処分を続けることが、果たして、バランスの取れた政策なのか、大金をかけてやるようなことなのか疑問であり、より有益な使い方があるように思います。

理由4)絶対的な帰依があって、すべてを捨てられるか?

 教祖の写真を1枚でも捨てたら悪業と考えていたわけです。出家信者は、オウム真理教、アーレフ時代に教団から多くのものを支給されました。少なくとも、ひかりの輪の出家信者は、それをすべて処分しています。教祖の写真を捨てることは、地獄に落ちるほどの大悪業と考えていたのです。すべてゴミにするということが、生半可な気持ちでできるわけがありません。公安調査庁の言い分は、言いがかり以外の何物でもありません。

理由5)被害者か加害者か?

 教団には属していても、事件のことは一切知らなかった者は、果たして加害者と言えるのかどうかです。教団で衣食住をしていたので、関係がないとは言えません。その運営費は、元々は各自のお布施によって成り立っていました。全財産をお布施して出家して、知らないうちに事件を起こされてしまった。これは、ある意味で被害者と言えなくありません。そういう人たちで構成されている団体「ひかりの輪」に対しても観察し続けるということは、虐め以外の何物でもありません。旧教団の物はすべて廃棄して、元教祖への帰依を捨てているからです。

理由6)アーレフと同じ団体なんて無理

 ひかりの輪では、教材等をオリジナルで作っています。ひかりの輪のサイトでも、事件のことも含めてかなり詳細に文章化しています。それどころか、あからさまにオウム真理教を批判している部分も多く見受けられます。それは、誰でも閲覧できます。代表による新たな説法でも、旧教団とは違うことを頻繁にうたっています。

 在家信者は、アーレフを脱会して、ひかりの輪を信じて付いてきています。それを、観察処分がなくなった時点で、「本当はアーレフと同じなんだ」なんてシナリオがどうしてうまくいくのか理解に苦しみます。信徒さんも、人によっては旧教団から買った物を大量に捨てているはずなのです。

 旧教団の教材を捨てるという決心をするのにも、各自の意識改革として、大幅な時間を要しているはずです。それをまた元に戻すとなると、再び大幅な意識改革が必要であり、簡単にいくはずはないのです。それは、出家、在家に関わらず言えることです。

以上



12.匿名 男性

 私は入会はしておらず、一般の者として、時々、大阪道場をのぞいているようなものですが、自分が知る限りにおいて、今回の観察処分に関して、以下の通り、述べたいと思います。

 まず、基本的に、旧団体が、どんな教義を展開していたのか、自分は詳しい事は、分かりませんが、自分が「ひかりの輪」に出会う前は、とあるスピリチュアル団体にいました。

 当初は、そこの教義に惹かれましたが、その後、「与える者は、与えられる」からと、MLM(ネズミ講)に手を出して、「面白い話があるからと、友達を誘ってみれば?」といった具合で、勧誘指示が自分にも来るようになりました。

 「与える者は、与えられる」、そんな教義は、そのスピリチュアル団体に限らず、どこでも、言ってることでもあるが、幾らなんでも、「面白い話があるからと、友達を誘ってみれば?と」言って、MLM(ネズミ講)の話をいうのは、おかしく、やり過ぎじゃないか?と、そんな疑問もあって随分と悩でいましたが、その末に出会ったのが、ひかりの輪で説く戒律でした。

 ひかりの輪の教義では、そんな類の勧誘は、「不妄語の戒」に反するものとされており、それに出会い疑問が晴れました。

 その後、ひかりの輪において、他になしたことは、自分に返るというが、欲しいものは有限であり、なにか自分が得したとき、必ず、誰かが損をしており、これが、他を傷つけた業となって、結局、自分に返るなどといった教えを聞きました。

 その教義のポイントは、どちらかと言えば、自分の罪を自覚するところにあって、それによって、同時に、相手(他)の立場に立つことで、それを教義を基本として、出来るだけ他に恩返しするなどを説きます。

 今一般には、(自分が)幸せになる方法といったものばかりが流行ってる中で、これは、精神的に高度な教義であって、また、正しい生き方じゃないかなと感じました。

 また、既存宗教の教祖など、特定の人を神と見る教義でもないので、オウム真理教で言えば、麻原だと思いますが、ひかりの輪に行って、説法を聞いても、「麻原に帰依しろ」、などと命令されたことは全くありません。

 また、大阪道場の支部長である吉田さんや、スタッフの人からも、一度も聞いたこともありません。

 むしろ、オウム真理教がいかに間違っていたかとか、人を神にすることが間違いだとかそんな反省をしていることはいろいろ聞いています。

 

13.Y.T 男性

 私は、ひかりの輪の在家の会員です。この度、観察処分の件について、公安調査庁の記者向けの要約を読みました。まず強く感じた事は、この内容が事実と違っているので違和感をとても感じたことです。

 A派とM派に分れて以来、私は、上祐氏に説法やセミナー、個人面談等によって接してきましたが、上祐氏にオウム真理教教祖麻原に対する帰依が残っているとは到底思えません。
 また、オウム事件全般の総括を聞き、その他お世話になったスタッフの方達にも麻原の影響を伺い見る事は出来ません。
 私は大阪支部所属であり、個人面談等で支部長である吉田部長から何度も事件の話を聞きましたが、事件の発端や麻原の行状等詳細に説明して頂きました。

 私見としては、オウム事件はでっちあげであるか、オウムのサマナが行ったのか、葛藤や迷いもしばらくはありましたが、吉田部長の話を聞き、やはりオウムの犯罪であると承知する事が出来ました。

 もし吉田部長が少しでも麻原に対して帰依が残っているのなら、このように多くの会員に対して事件の真相を語ることもできないし、アーレフをやめさせることもできないと思います。

 多くの会員に真相を語ることによって麻原に対しての信頼をなくさせてしまうことにつながるからです。少しでも麻原に対して信奉なりしていれば、絶対にこのようなことはできないと思います。

 私は事件を反省し二度と過ちは繰り返さないというひかりの輪の代表や担当部長の声を間近に聞き、ひかりの輪であれば安心して支部に伺う事も出来ると確信しています。

 私の感じた更新請求書に対する違和感の正体を見るならば、団体に欺瞞性があると書かれている事でした。

 実際には、スタッフは真摯に事件についても語り、代表以下事件の総括もしっかり行っています。その言動に裏表があるとは私は思いません。

 審査委員会において正当な調査が行われる事を願ってやみません。

 以上


14.匿名 男性

 私は、ひかりの輪に正式に入会はしておりませんが、その活動には参加することがあるもので、その立場から、観察処分の更新請求に関して、以下の通り陳述します。

 まず、公安調査庁の言い分では、
<引用>
一方、「ひかりの輪」の名称を用いて活動する構成員は、タントラ・ヴァジラヤーナの具体的な規範である結果のためには手段を選ばないとの教えを背景に、従来の活動形態を変更してでも麻原の意思を実現することこそが麻原に対する真の帰依であるとの信念に基づき、麻原が、かねて教団の維持・発展のために麻原の影響力を隠した「別団体」を組織して、「別団体」との間で役割分担しながら活動することを求めていたことを重視し、麻原の意思の実現のためには.「別団体」を組織することによって観察処分を免れることが必要であるとの認識から、「マハームドラーの修行」の実践として、「ひかりの輪」の設立表明を始めとして、麻原の位置付けを変更したとする規約等の作成、「オウム真理教」、「アーレフ」時代の教材廃棄など、外形上、麻原の影響力を払拭したかのように装う、いわゆる「麻原隠し」を殊更に展開している。
<引用終わり>
 このように、ひかりの輪が、「麻原隠し」をしていると指摘していらっしゃいますが、実際に隠された「麻原」、及びその隠された思想は、「ひかりの輪」のどの部分に見出される(隠されている)のでしょうか?

 私は、非会員なので、深い部分については分かりかねる所があるとは思いますが、少なくとも見聞きした内容の中に、『麻原の意思を実現するための「マハームドラーの修行」の実践として行われたものであり、麻原が説いた「日本シャンバラ化計画」や悪業を積む者の殺害を勧めるタントラ・ヴァジラヤーナの教えなどを依然として保持し、実践している。』と感じさせるものは、全く含まれてはいませんでした。

 確かに仏教やヨガの思想をベースとしている部分は共通していますが、物事に対する見解は「オウム真理教」では善と悪にニ分して捉え、自分たちだけが絶対的に正しくそれ以外は悪で救済が必要とし、一方の「ひかりの輪」では、すべての中に善と悪が含まれており、対立させて捉えるべきではなく、善い部分を見て手本とし、悪い部分を見て反面教師としていて、他に働きかけるというよりは内面の向上を目的としているという大きな違いがあると思います。

 よって「ひかりの輪」が『麻原が説いた「日本シャンバラ化計画」や悪業を積む者の殺害を勧めるタントラ・ヴァジラヤーナの教えなどを依然として保持し、実践している。』とは到底思えません。

 以上


(2010/02/25 上記は、オウムの教訓ウェブサイトへの掲載にあたり、改行調整、誤字脱字修正をしています。※提出時文章からの内容・意味の変更はありません。) 

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