団体総括(本編)

2.『アーレフ時代(2000~2007年)の総括』

【2】「2000年~2001年、被害者賠償契約の締結など」

 教団は2007年7月に、オウム事件被害者への賠償金分配をしている破産管財人・阿部三郎弁護士との間で、被害者賠償契約を締結しました。それに先立つ5月に、破産管財人が教団を訪問して契約を提案された結果、そうなったのでした。

 教団の中には、それまでの考え方の影響もあって、巨額の賠償を支払う契約に対して否定的な見解を述べる人もいましたが、そうしなければ教団が潰されてしまうかもしれないという事情を理解した上で、ようやく団体としての合意が得られました。
 そういう意味では、被害者の方々に対する純粋な謝罪に基づく賠償とはいえず、自己保身のための賠償だったのですから、まったくもって申し訳なかったとしかいいようがありません。

 被害者の皆さんの中でも、賠償契約は教団存続の口実を与えることになるから反対との声があがったものの、実際に賠償を必要としている人たちもいるとのことで、破産管財人が皆さんの合意を取り付けられたと聞いています。

 そして、教団では賠償資力を確保するために、外部の方を経営者とするパソコンショップの設立・運営に参加しましたが、大手企業の参入や消費者の反発等があって収益は上がりませんでした。
 そこで、ハードからソフトへの転換を行い、ソフトウェア開発を通じて収入を得るようになっていきましたが、これも競争の激化や治安当局の圧力等があって、次第に収益力が低下していくことになりました。

 ですから、教団の主たる財源は、在家信徒からの布施と、出家信者の個人就労・アルバイトになっていきました。

 以上の通り、この時期は、社会への対応にも一定の変化が見られました。
 オウム真理教の時代と違って、
①表向きとはいえ、謝罪を繰り返したこと、
②賠償金の支払いを実行したこと、
③危険とされる教材を一定レベルは破棄し始めたこと、
④外部社会に対して刺激的・敵対的な姿勢を和らげたこと、
⑤観察処分を受け入れ、定期的な報告や立入検査などで、一定限度は協力したこと、
⑥上祐代表を中心として、幹部信者の中で、現実的な物の見方について話し合われることがあったこと、
などです。

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