【3】「2002年、上祐代表就任とその新たな宗教的活動の始まり」
2002年1月、上祐代表は、それまでの村岡達子代表と交代する形で、教団代表の地位に就きました。と同時に、出所後に形式的に返上していた「正大師」の宗教的ステージも回復させました。出所してから2年経ち、状況が落ち着いてきたことと、村岡氏の負担が大きかったこと、周辺の勧めがあったこと等が要因でした。
まもなくして、上祐代表に様々な霊的な体験や心境の変化が生じ、新しい宗教観が芽生えていったのですが、詳細は上祐代表個人の総括をご覧下さい。
その新しい宗教観が、後の教団分裂の要因の一つとなっていきます。
8月には、高いステージの修行者のエネルギーを注入するシャクティパットという儀式を上祐が実施し、多くの信徒が霊的体験をするようになりました。
このような状態の中で、どの宗教団体にも当てはまることですが、信徒の教化においてはカリスマを欲するという動機を背景として、上祐代表が見た珍しい虹の体験やシャクティパットの霊的な現象などをきっかけに、上祐の位置づけを単なる代表という存在以上のものにしようという流れが徐々にできはじめました。
10月には、上祐代表が、「(上祐代表は)21世紀の大黒柱」という啓示的なヴィジョンを見て、それにまつわる不思議な出来事が続きました。その中で、上祐代表は、乗鞍連峰や諏訪大社、十和田湖周辺などの霊的なスポットを訪れました。
こういった出来事の連続が、上祐代表の位置づけをさらに高める傾向を加速しました。
しかし、ここには重大な問題が潜んでいます。宗教家が、自己の神秘的体験を過大視・絶対視してしまうがあまり、自分自身をも絶対視してしまい、それを取り巻く人たちも、その宗教家を一緒になって絶対視して持ち上げていってしまうという問題です。
今現在、上祐代表を中心とするひかりの輪の指導部は、たとえ珍しい神秘的現象が存在するとしても、それを絶対視したり、体験した人物を神格化したりすることは間違いであると考えています。そうすると、自己を神格化するなどの誇大妄想に陥ってしまい、本当の悟りからは離れてしまうからです。
麻原とその信者の場合、麻原が示した一定の霊的能力によって、麻原を絶対神の化身にまで神格化してしまいました。
この麻原の時代とは程度において大きな違いがあるとはいえ、当時の上祐代表とその周辺の人たちにも似たような心の働きがあり、麻原不在の穴を埋めたいという気持ちがあったのは間違いありません。
現に、布教を担当している部門からは、教団には上祐代表のようなカリスマ的人物を置いて、それを前面に強く打ち出した方が、インパクトがあってよいとの声が上がっていました。
また、信者は重要な修行の一つとして懺悔(自己の悪行を告白して罪を浄化すること)を行いますが、この懺悔はグル(霊的指導者)に対してしか行えず、麻原が逮捕されてからは懺悔ができない状況でした。ですから、代わって懺悔を聞いてくれるグルの代理的存在として、信者らが上祐代表を求めたということもありました。
その結果として、上祐代表は、いくつかの著作を出版することになったのですが、その中でも、特に、『覚醒新世紀』と題する本については、この傾向が強くあらわれていました。この本は、麻原の著作とうり二つであり、上祐代表が麻原に成り代わろうとしているとの批判を後から受けるものでした。
もっともこれらの体験は、後の上祐代表やその周辺の者が、変化していくきっかけともなりました。