団体総括(本編)

2.『アーレフ時代(2000~2007年)の総括』

【8】「2006年秋~2007年、アーレフの脱会と新団体設立へ」

■新団体の設立を公言する

 2006年の夏が終わり、秋になると、代表派は、ゆっくりとではありますが、新団体の設立の準備に入っていきました。それが加速したのは、同年9月に、松本智津夫死刑囚の死刑判決が確定した際に、上祐代表が、テレビ生出演をした時でした。

 その出演で、上祐代表は、麻原と旧教団の一連の事件に関して、このサイトで述べているように総括し、麻原を払拭した新団体を目指すことを明言しました。

■麻原に対する依存から脱却する上での葛藤

 その前後にも、聖地・自然でのセミナーを出家信者や在家信徒と繰り返しながら、その機運を徐々に形成していきました。

 この頃は、幹部の合宿なども行いました。その中には、深く根付いた麻原への依存を脱却するうえで苦労している者もいました。また、麻原への依存は無くなる一方で、宗教的な実践自体に、やる気を失う人も出てきました。

 実際に、2006年から2007年にかけて、この辺の意識転換における様々な問題は、一言では表現しがたいものがありました。

■麻原の教材の一切の破棄する決定

 さて、10月から11月にかけて、新団体に向けた、旧団体の教材破棄に関する話し合いがなされました。

 話し合いの当初は、新団体において、麻原が作成した教材でも、麻原個人の信仰に結びつくものでない教材でなければ維持しても問題ないのではないかとか、麻原ではなく、旧教団のスタッフが作成したものならば問題ないのではないか、といった意見が出ていました。

 しかし、話し合いが進むにつれて、自分たち自身の依存を断ち切るという意味や、自分が変わったことを理解してもらうためには、麻原をはじめとする旧教団が作成した教材は一切破棄するべきであるという考え方に、皆がまとまっていきました。

 そして、2007年の2月末をもって教材を破棄する改革を実行することに決定しました。

 言い換えるならば、この時期より前においては、まだまだ、麻原の教え・教材に依存している面が依然としてありました。これは、アーレフ代表派と、ひかりの輪との違い、ということができるでしょう。

■年末年始のセミナー

 そして、年末年始セミナーが行われ、この際は、出家信者と在家信徒が合同でセミナーを行うことになりました。

 巡礼する聖地には、京都の弥勒菩薩、観音菩薩、釈迦如来などの仏像で有名な寺院と、天照大神をまつる伊勢神宮が選ばれました。前に、弥勒菩薩像について書きましたが、この観音菩薩像や釈迦如来像にも、代表派の信者の多くが、それぞれの良さを感じたようでした。

 1000体もの観音菩薩像が立ち並ぶ寺院は、神聖で壮大なものであり、釈迦如来像にも、透明感のある神聖なエネルギーを感じた人が少なからずいました。

■新団体の象徴仏:釈迦、弥勒、観音

 なお、ひかりの輪では、釈迦牟尼を中心として、弥勒菩薩と観音菩薩を脇に置いた、釈迦三尊像が、祭壇に飾られていますが、2006年の夏と年末の聖地巡礼を通して、この三仏が、新団体の中心的な象徴仏として、固まっていきました。

 なお、ここで象徴仏という特別な言葉を使ったのは、以前述べた、「神聖な象徴物」と言う概念と関係しています。すなわち、象徴仏とは、私たちの中の仏性・ 慈悲の心を引き出す象徴としての仏、という意味です。その意味で、観音とか弥勒といった菩薩が実在しており、それを絶対として信仰しているという意味ではありません(そもそも、それは科学的に証明できることでありません)。

 しかし、古来から、仏教徒をはじめとして、多くの人々にとって、この三仏というものは、人々の仏性・慈悲といった神聖な意識を引き出してきた象徴であるということは事実であり、それをそのまま受け止めたものです。

 最初に、この三仏の概念が固まり始めたのは、奈良吉野の修験道の総本山である金峯山寺を訪れる前後でした。金峯山寺のご本尊は、修験道開祖の感得した金剛蔵王権現と呼ばれる三体の仏像ですが、これは、釈迦、弥勒、観音の三仏の権現(化身)であって、その三仏は、現在、過去、未来の三世の仏陀として位置づけられています。

■2007年3月アーレフを脱会、そして新団体の設立

 さて、年末年始セミナーが終わった段階で、上祐代表は、3月頭に脱会して、5月連休セミナーまでに新団体を立ち上げることにしました。

 依然として、教団全体を見れば、万全の準備ができているわけではないものの、2月に教材の破棄を終えることになっていたこと、新団体の早期の立ちあげを待ち望む人が少なくないこと、そして、様々な社会的な状況を勘案したものでした。

 そして、3月7日付で、代表派の出家信者が集団でアーレフを脱会し、被害者賠償を行う破産管財人や公安調査庁への報告、地域住民への説明会、記者会見などを行いました。

 また、在家信徒は、その後、集団で脱会を始めました。出家信者は、この前後に旧団体の総括と反省を行う出家信者の全体会議などを行いました。

 さらに、2007年の5月のゴールデンウィークの連休セミナーの際に、新団体「ひかりの輪」の設立の手続きや儀式を行なって、2008年4月の今日に至っています。

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