団体総括(テーマ別)

3.心理学の「影の投影の理論」に基づくオウム真理教と日本社会

【5】麻原・オウムが批判した国家権力は、自分たちの暗部の投影

■麻原・オウムが批判した国家権力は、自分たち自身の暗部の投影であった

 麻原は、その詳細は麻原の人格分析のところで詳しく述べますが、幼いころから「政治家・総理大臣になりたい」と考えたり、宗教を始めてからは、「世界の教祖になること」を目指したりしたほど、誇大妄想的な過剰な自尊心を有していました。

 そういった麻原から見れば、社会とは、学歴・技能・金がなく障害者でもある麻原にとっては、自分の人生全体を通して、自分の欲求通りに自分が大きくなるには、絶えずその邪魔をする、障害ばかりをつきつけてくる存在である、という思いが強かった、と思われます。

 もちろん、これは「被害妄想」なのですが、誇大妄想的な欲求を持っている人は、それを妨害されると、そのために、被害妄想を抱く、という構造があります。

 よって、客観的には、日本社会において、自分の支配欲、権力欲を自分が思っているとおりには満足できない、といっただけの状況なのですが、その現状に満足するのではなく、その状態の裏側に、根拠もなく、「国家権力の陰謀・謀略がある」と解釈して、被害妄想的な敵対感情を強めました。

 89年に週刊誌などのマスコミに批判されては、「自分を衆議院選挙で当選させないための、創価学会・国家権力・フリーメーソンの弾圧だ」と主張し、その流れで坂本弁護士を殺害し、衆議院選挙に落選しては、「国家権力による投票操作による陰謀だ」と主張しました。

 そして、その後は、政治的手段ではなく、軍事的な手段で政権を取るために、教団武装化のヴァジラヤーナ活動に転じ、最後には、自分が毒ガスを作ってまいているにもかかわらず、アメリカを敵として、「米軍・CIAの毒ガス攻撃の被害を受けている」と主張しました。

 これらの麻原が唱えた国家権力の「陰謀説」の主張にはまったく根拠はありません。しかし、麻原は、それを強く主張し、彼を信じる信者は、その考え方に巻き込まれていきました(その背景事情は、別テーマの人格分析のところで詳細に述べます)。

 そして、これらの事実をよく検討すれば、麻原がなした国家権力の批判の内容は、実際には、麻原自身の「影の投影」である、ということができます。

 まず、既存の支配者である国家権力に対して、それに取って代わろうとする麻原であればこそ、それが「悪いもの」と見えた、ということがあります。麻原側に「支配欲」がなければ、何の争いはないのですから。これは、生まれつきお金持ちの人がいて、そのお金を奪いたいと思っている「強欲」な人が、お金持ちを「強欲だ」と主張するようなものだと思われます。

 そして、国家権力を「悪」と見た麻原は、その悪を倒すためには手段を選ばなくてよいという「ヴァジラヤーナの教義」を利用して、自分自身が、さまざまな陰謀・謀略・攻撃を行いました。選挙戦でのさまざまな選挙法違反、教団武装化、坂本弁護士など自分の敵対者を次々と殺害した事件、米軍の毒ガス攻撃を受けているという主張をしつつ、自分が行った二つのサリン事件などです。
 
 こうして、麻原が批判した、支配的で、攻撃的で、陰謀的で、悪魔的な国家権力とは、まさに「麻原自身の姿」を表現していたのでした。


■麻原の日本の破局予言は、麻原・教団に起こっただけだった

 そして、麻原の日本に関する予言についても、同様のことがいえます。先ほども述べたように、麻原は、「日本が、天皇制に戻り右傾化し、日米決戦で破局に至る」と主張しました。

 当然のごとく、この予言は日本においては当たらない中で、実際に起こったことは何かというと、その予言と非常に似たことが麻原とオウムに起こったのでした。

 日本が天皇制に戻るのではなく、麻原が「神聖法皇」と名乗り、教団の天皇、さらには日本の天皇になろうという意思を示し、日本が米国と戦争をするのではなく、教団が、「米軍に毒ガス攻撃されている」と主張し、「米軍の属国」と位置付けた日本国家にサリンをまくなどして、戦ったことでした。

 こうして、麻原が「日本社会に起こる」と予言した破局は、麻原・教団に起こった破局だったのです。これもまさに、麻原が批判した日本社会=麻原に見えた日本社会のあり方は、麻原自身の「影・暗部の投影」だったという根拠となります。

 他にも、同じような事実があります。麻原は、「97年や99年にハルマゲドンが起きる」と予言しましたが、97年には麻原の精神が崩壊し不規則発言が始まり、99年には教団に団体規制法が導入されました。ハルマゲドンは麻原・教団に起こったのです。

 同様に、麻原は2003年や2006年にも「核戦争や原爆投下」を予言しましたが、2003年には教団の分裂が始まり、翌年に一審の死刑判決が下って、2006年には分裂が確定し、麻原の死刑判決が確定しました。

 こうして、麻原は、自分の要素を日本の社会に見ていた、ということになります。社会が破滅するとの予言は、「自分が破滅する予言」だったわけです。すなわち、日本社会の破局の予言は、麻原自身の「暗部=影」、すなわち、彼自身の「狂気と破局」だったのでした。


■オウムの修行法における、強いプライドの問題

 また、弟子たちを含めて、教団が日本社会を敵視し、軽蔑視した背景の一つには、その根底に、「自分たちの方が優れている」という強いプライド、端から見れば、「妄想的な虚栄心」の問題があったと思います。

 まず、「煩悩をなくすこと」が修行の目標としてあり、「煩悩が多い者は悪い」という価値観がありました。これ自体は、煩悩が苦しみの因であることは仏教の教えの真理ですから、それを弱めていくことが私たちの幸福になっていくことは、まさに仏教思想です.

 しかし、「煩悩」は物欲などに限らず、精神的な煩悩として、自分と他人を区別し、自分が他人に優越していることを喜ぶ「プライド・闘争心」といったものがあります。このプライドが強くなりすぎると、自分の悪いところは見えず、他人の悪いところを見ては、自分が他人より優れているという優越感を満たすことになります。

 オウムの修行の特徴は、「自分たちは、修行者=真理の実践であり、修行してない者とは違う」といったプライドによって、それ以外の煩悩、すなわち物欲といった、プライドなどより低次元の煩悩を抑圧した面がありました。

 そのうちに、プライドが恐るべきほどに大きくなり、「悪なる社会が、聖なる教団を弾圧している」とか、「自分たちは、弾圧されるが将来は勝利する選ばれた魂である」といった選民思想的な誇大妄想にまでつながってしまい、それを背景として、一般の人たちに対する嫌悪が強くなりました。

 その結果として、仏教の基本的な戒律である「不殺生・不偸盗(盗みをしない)」の戒律を破るさまざまな犯罪行為をなし、松本教祖にしては、女性関係において、「不邪淫(邪淫・不倫をしない)」の戒律まで破り、個人としては物欲を満たすことはなくとも、団体としては、非合法に他人の財を奪うなどの、「物欲」まで満たすことになりました。

 この中では、煩悩の愚かさを本質的に取り除く修行ではなく、それを単純に強く抑圧して、自分は他人よりも優れた存在であるという「プライド」を満たすことが優位になっていた面があるようです(もちろん、そうではなく本質的に取り除いた、越えた面もあるとは思います)。

 実際に、煩悩の愚かさを本質的に理解すれば、煩悩は取り除かれますが、そうではなく、教団の特殊な価値観や体制の下で煩悩を「抑圧」していた面が多かったために、教団が破綻した後に、多くの信者が、以前よりも、煩悩を抑圧することができなくなった結果、以前よりも、煩悩を満たすようになりました。これは、それまでに、煩悩を取り除いた面だけでなく、「抑圧した=潜在化させた」面があった、ということができます。

 これが現実であるにもかかわらず、自分たちを「聖なる存在」で、一般人を「邪悪な存在」である、という教団の価値観・体制にはまり込むならば、それは、必然的に、自分の中にもある悪い部分=煩悩を自分として直視せず、抑圧したり、隠したりして、自分では認識できない、自分の「影」としてしまう、ということです。

 そして、その「影」となった汚れ(煩悩)を、一般の人や社会に見た場合に「それは自分たちにはない、彼らにだけあるものだ、と考えて、社会は汚れている、として蔑視し、嫌悪・敵対感情を持った、あるいは強めたのではないでしょうか。


■プライドや善悪の観念を活用できず、それに逆支配されたこと

 教団の中では、自分たちは修行者である、という「プライドの煩悩を使って、その他の煩悩を抑制する」という修行が肯定されていました。たしかに、自分の煩悩を抑制するために、自分たちは修行者である、という自覚を持たせ、いわば、自尊心・プライドを手段として使うことは、それが、自分自身で十分にコントロールできる手段であるならば、よいかもしれません。

 しかし、オウムの場合は、自分自身でプライドを手段として使うどころか、そのプライドにのめり込んでしまって、自分自身がプライドに逆に「支配」されてしまったように思います。手段として使うというのではなく、それが「目的」になってしまい、本来の目的である、プライドを含めた煩悩の総合的な止滅から離れてしまいました。

 また、どんな世の中・社会にも、善悪の観念があって、それ自体は、人を向上させる手段として適切な範囲で用いられれば、悪いことではないと思います。実際に仏教にも、「戒律」という善悪の観念があります。

 しかし、善悪の観念が、人を向上させる手段ではなくて、その善悪の観念に基づいて、自分を「善をなしている者」として、他人を「悪をなしている者」として、自分の優越感や他に対する蔑視・怒りを増長させるようになれば、人を向上させることはおろか、自分の問題点は見ることができなくなり、他の問題は実際以上に大きく見て、「過信・誇大妄想」と「被害妄想」にはまり込んでいきます(これは、「影の投影」の理論)の中で何度も説明したとおりです)。

 こうして、煩悩が悪であり、煩悩捨断が善である、という仏教的な「善悪の観念」は、それを人格向上のための一つの手段として用いられるのではなく、もっぱらプライドを満たすための手段に成り下がってしまえば、逆に煩悩的になり、仏教の教えに反する状態になってしまう、ということだと思います。

 こうして、オウムでは、「煩悩の捨断」というものについて、それをプライドを含めた総合的な欲望の止滅ではなくて、自分でも気づかないうちに、事実上、「プライドを満たすための」善悪の観念にすぎないようにしてしまったようです。

 こうした場合は、自分では、自分の煩悩をなくして、きれいな存在になることを目指しているように思っていながら、実際は自分は汚れている面があり、それにもかかわらず、他人を汚い・悪いものとして、排除することになる恐れがあります。

 しかし、そうして排除する他人に見える汚れ・悪(教団ではエゴ・煩悩)は、実際には、自分のそれの「投影」にすぎません。教団でいえば、物欲を中心にエゴを満たしている人に対して、物欲を抑圧して、プライドを中心にエゴを満たしている人が、それを軽蔑している状態にすぎないということです。

 ユングは、聖職者の家族に、聖職者の「影」を肩代わりしている例があることを報告しています。聖職者はきれいな者でなければならず、自分の汚れた部分を認めず覆い隠すことが多いので、その部分が「影」となるのです。オウム真理教という団体も集団でそれを行い、社会に「投影」して、社会は汚れている、と必要以上に嫌悪したのではないでしょうか。


■ヴァジラヤーナの教えも、プライドの充足のために利用された

 また、一連の事件で問題となった、目的のためなら手段を選ばないという「いわゆるヴァジラヤーナ」という教えですが、ヴァジラヤーナという言葉を使うまでもなく、自分たちが絶対的に正しい、と思っている人は、そのためには「何をやっても許される」と思ってしまいます。

 よって、オウムの場合は、すなわち、ヴァジラヤーナの「教え」があって、ヴァジラヤーナの「実践」があった、のではなく、自分たちが正しいという「プライド」や、自分たちが優勢になるべきである(自分たちを妨害する者は排除したい)という「権力欲・支配欲」があって、それを満たすための手段として、ヴァジラヤーナの教えが「利用」されたのではないか、ということです。

 この意味で、善を求める、きれいなものを求めることは、それを純粋な思いでやることはいいのですが、プライドなどの「エゴ」が動機となって行われる場合は、自分の中の汚れが認められなくなり(気づかなくなり)、その一方で、汚れがあるとした他人を自分と類似した存在であるとは理解できなくなり、正確に理解できなくなって、「誇大妄想」と「被害妄想」に陥り、「傲慢・横暴」になってしまいます。


■過ちを繰り返さないために最も重要な謙虚さ

 このようにして分析していくと、人が何かをやろうとしているときは、純粋な思いもあるが、どこかに「利己的な動機」もあるのではないか、と考えることが重要だと思います。

 そして、実際に、それら二つが入り混じっているのが、人間という不完全な存在である私たちの実態ではないでしょうか。完璧に純粋な思いだけで行動している人がいるかどうかは、自分に謙虚になるためにも、他を盲信しないためにも、極めて慎重に考える必要があると思います。

 よって、自分が精一杯努力しているつもりでも、その自分に汚れが混じっていることを認識していることが、非常に重要であることがわかります。そうしていれば、自分が「何をやっても許される」とは思えないでしょうし、自分の汚れを見つけることもできて、謙虚になり、同じ汚れを持つ他を許すこともできるのではないでしょうか。

 しかし、逆に、善悪の観念と、それに基づいて自分と他人を区別する、善悪二元論が強いほど、「影」が形成されやすくなります。そして、それを「投影」して他に対する嫌悪が強まります。自分と他人の「区別」が強まるのです。他人蔑視が強まり、自分たちは絶対的善である、と思い込みます。そして、絶対的に正しい自分たちは、自分たちの正しいと思うことの実現のためなら何をやっても (どんな手段を使っても)、いいのだという「傲慢」な論理に陥ってしまいます。

 オウム真理教はまさにそうだったと思います。それが事件につながっていきました。非常に危険なことです。ですから、善悪二元論に陥ることなく、自分の中の「影」を認識していくことで、独善に陥ることなく「謙虚」になっていくことは非常に大切なことだと思います。


■アメリカに対する敵意に対して

 オウムは、日本社会をアメリカの属国に成り下がって、自分たちではものを考えられない無智化、家畜化された状態で、煩悩的で享楽的であると蔑んでいました。しかしながら、オウム信者自身は、プライドを中心とした煩悩や、グルに対する思考停止の無智状態に気づかず、社会に見たのは自分の「影の投影」でした。

 では、このアメリカに対する「敵対意識」は、どこから来ているのでしょうか? 麻原の場合、自ら世界を支配する人間となりたい、というほどのプライド、傲慢さ、支配欲・権力欲といったものを有していましたから、現実に世界を支配しているアメリカに対する「対抗心」が生じます。

 そして、自らが支配する「理想世界」を作る中で、その障害となる現象はすべて、「不当」なものであり、現在の支配者による「弾圧・攻撃」である、といった被害妄想が生じました。

 例えば、選挙に落ちると、投票操作による「陰謀」と主張し、マスコミで批判されると、その裏に「国家権力やフリーメーソン」がいると考え、最後は(教団内の健康被害を自分たちの問題とせずに)米軍の「毒ガス攻撃」によるものとしました。

 また、麻原も、日本人の一人として、日本人全体が持っている「暗部」である、第二次世界大戦のコンプレックスもあったのではないか、と思います。その意味で、日本全体が、アメリカに対する潜在的な「敵意・反感」を有しているのではないかと思います。

 それは、1990年代のバブルの崩壊の際に、それがアメリカに誘導されたものであり、マネー敗戦である、という説が、マスコミ、識者、政治家の間でも広がったことなどからわかります。

 そして、このコンプレックスの内実を見れば、大日本帝国が、アメリカに打ち勝ち、アジアを統治しようとして(=大東亜共栄圏思想)敗北した、という歴史に基づくものですから、それは、麻原の世界支配の「願望と失敗」に、本質的には、よく似ている面があるのではないかと思います。

 こうして、大日本帝国=日本の過去の亡霊の「復活したもの」としての麻原という位置付けが出てきますが、これについては別のテキストで述べましたので省略します。


■麻原の見たアメリカ・フリーメーソンも、麻原自身の暗部の投影だった
 
 そして、先ほども包括的に述べましたが、アメリカについても、麻原が批判したアメリカの問題は、まさに、自分自身の「暗部の投影」であったと判断できます。

 まず、麻原のアメリカに対する敵意は、自分自身の強い「支配欲、権力欲」に対して、アメリカが今現在の世界の実質的な支配的な立場にあるという事実から来ていると思います。

 そして、アメリカが世界を支配しようとしている、とか、自分たちの教団は不当な陰謀の下にあり、弾圧・攻撃されている、という「妄想、陰謀説」は、実際には、すべて麻原がなそうとしたことか、なしたことでした。

 実際に、麻原自身が、世界を支配しようと企み、ひそかに教団武装化を進め、さまざまな不当な犯罪行為で、教団活動を妨害する人たちや存在を排除し、それを疑われても、事実無根の宗教弾圧である、と激しく反論し、米軍の毒ガス攻撃を受けている、と主張しながら、自分で毒ガスを製造し使用する、といった「攻撃・陰謀・謀略」を繰り返しました。

 また、アメリカに加えて、世界を支配するフィクション的な存在である「フリーメーソン」や「ユダヤ」に対する敵対感情も、アメリカに対するものも同様でした。自分の世界支配願望に対する「障害物」に対する「反発・対抗心」です。細かい点を言えば、ユダヤ・フリーメーソンの批判については、麻原が共鳴したヒトラーの影響が多少あったかもしれません。

 そして、アメリカの場合と同様に、麻原が批判したユダヤ・フリーメーソンなるものは、まさに麻原の「投影」だったのです。

 実際に、麻原は、説法において、当時の世の中の混乱気味な状態を批評して、「これは、ユダヤ・フリーメーソンが、キリストがいることを信じて、世界をわざとぐちゃぐちゃな方向に持っていこうとしている」などと語ったことがあります(団体総括に掲載していますので参照ください)。しかし、それは、麻原自身が、教団武装化を通して、計画して実行しようとしていたことそのものだったのです。

 さて、麻原に加えて、弟子たちについてですが、アメリカ・フリーメーソンなどに対して抱いた敵対感情も、弟子たちが麻原に帰依する中で、麻原と同じような理由が土台となっていったと思います。その中で、教団の「情報操作」の影響が加わりました。

 例えば、『戦いか、破滅か』という題名のビデオなどが作られ、原爆の悲惨な状況や真珠湾攻撃の陰謀説などで、「アメリカ憎し」を植え付けられるとともに、教団を弾圧するアメリカと戦うか、このまま弾圧されたまま破滅するか、といった選択を迫る「情報操作」がなされたことで、いっそう培われたと思います。また、ユダヤ・フリーメーソンについても、教団の書籍(『ヴァジラヤーナサッチャ』)などで、同様の情報操作がなされていました。

【6】最後に――敵対する両者は、自分の暗部を相手に見る

オウムのような問題を二度と繰り返さないために、オウム真理教と、オウム真理教を生み出した日本社会との関係に着目して、それを心理学の「影と投影の理論」を軸に見てきました。

 ある時代に生じたものは、決して単独で他との関係なく、突然現れ出るものではなく、その時代の他の要素と「不可分」に関係し、さらに、過去とのつながりの中で生じた要素であったり、持ち越されたりした要素もあって、何重にも関係し合って、一つのものを生み出すのではないか、と思います。

 オウムとその事件も、日本社会が有している「大日本帝国の過去」や、社会不安などから流行した「ハルマゲドン予言ブーム」、それらを背景として、『宇宙戦艦ヤマト』『滅亡のシナリオ』などといったアニメ・映画・書籍といった情報が背景にあり、さらに、幼少時・青年時代の不遇もあって「ゆがんだ麻原の人格」と、日本社会の中で育った「弟子たちの潜在的な欲求」などが、縦横に関連し合った中から生まれてきたものです。

 そして、日本社会の過去の「暗部=影」として、「教団」が生み出され、教団が批判した日本社会は、教団の「影」でありました。このように、多くの場合は、「敵対する両者」は、実際には、自分の「影」を相手に見ており、それがゆえに激しく敵対する、という認識は、非常に重要ではないか、と思います。

 「敵対する両者」、あるいは自分が嫌悪するものは、自分の「影」を投影したものです。自分が忘れて見ようとしない本質、自分の償っていない過去、完全に清算されていない過去、この「投影」として他者は存在しています。

 または、自分が「未来」に犯す過ち、その潜在的な可能性の「投影」として、他人の問題があるという考え方。これは、「ひかりの輪」に当てはめなければいけません。

 教団と社会という、オウム真理教において最も大きな区別の対象であったものを、完璧に区切られた別のものと見るのでなく、「つながって」いる、「影の投影」をし合っているという見方をしていかなければなりません。それは善悪二元論を超えるものです。

 しかし、自分と他人が互いにつながっていて、似た者同士だという認識がなく、相手を悪魔のように冷酷で自分たちに危害を加えてくる、と思えば、そこに「戦争」が始まります

 アメリカがイラクと戦争をはじめたのも同じようなものではないでしょうか。また、ヒトラーがユダヤ人を「悪魔」と見ていたことも同じだと思います。善悪二元論は「被害妄想」になります。自分とは「別の」恐るべき他人、悪魔というものが設定されます。

 しかし、一元論の場合、自分の中の小さな「悪」の投影として他人を見ます。悪魔は自分の中にも他人の中にもいます。この見方によって、予言のシナリオの解釈も変わります。『ヨハネの黙示録』も『ノストラダムスの予言』も見方が変わります。

 『ヨハネの黙示録』の中の「獣」というのは、自分の中にいるのだと。「キリスト」というものも自分の中にいるのだと。「獣」に「キリスト」が打ち勝つというのは、自分の中の「自他の区別をする悪魔」に、自分の中の「自他を超越する智慧と慈悲」が打ち勝つということ、これが、本当に価値のある予言の解釈ではないでしょうか。

 こうして、この「予言のシナリオ」というのは、実際の世界における自分と他人の関係での戦い、ではなくて、「自分の内的な戦い」「仏性と煩悩の戦い」に昇華されてこそ、正しく解釈されたといえます。それが、一元論的な『ヨハネの黙示録』と『ノストラダムスの予言』の解釈であり、自分の「心の中」の描写として解釈します。

 そもそも、ヨハネが脱魂状態に入って、この善と悪の戦いのヴィジョンを見たのですから、それは、彼の「心の中」の戦いであって、外側の戦いと錯覚してはならないというのが、一元論的な予言解釈の考え方ではないかと思います。

 この点において、オウムは、仏教を説いているようで、仏教的ではなかった面がありました。自分の「悪」を見ず、他に「投影」して他が「悪い」とすることは、仏教が説いている「すべては自己の心の現れ」あるいは「すべては自己のカルマ(業)の現れ」という教え、カルマの法則とは違った考え方です。

 さらに、仏教的な見地から言えば、問題を他人のせいばかりにすることは、自分たち側の、自分たちの内部の問題点の理解を阻み、それが将来の苦しみを生み出すことにしかなりません。それは、自他ともに苦しめることになります。

 にもかかわらず、私たちは、自分を「正当化」し、他を「悪」に仕立て上げることを繰り返しています。稚拙な分析ではありましたが、ナチスをはじめ、大日本帝国、日本社会、オウムが、「その」過ちにより、悲劇を生み出したことの認識を深めるべきだと思います。

 そして、「ひかりの輪」では、こうした誇大妄想と被害妄想、善悪二元論に陥らずに、現実世界をありのままに見つめるように努めようとしています。過去の償いの意味も含めて、今後の社会に微力ながら貢献できれば、と考えております。

 仏教の根本の教えである縁起の法、すなわち「すべては、それぞれの心の要素を投影し合い、相互に関連し合い、生成し消滅している」いう現象の真実のありようを理解して、善悪二元論でものを見るのではなく、自分の中の悪と他人の中の悪の「共通性」を認識していくべきではないか、と思います。

 そして、この総括もそのための一部ととらえて、オウム信者や元信者の反省と、悲劇の再発の防止に貢献できるものとなれば、と願っております。

『心理学の「影の投影の理論」に基づくオウム真理教と日本社会』 目次

 ここでは、深層心理学者であるユングの「影と投影の理論」をもとに、オウム真理教、および教祖であった麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚(※以下「麻原」と表記)、そして事件を考察してみたいと思います(2008年8月作成)。

         目 次

【1】影の投影の理論

【2】ナチス・ヒトラーとオウム・麻原の関連性について
ナチス・ヒトラーとオウム・麻原の関連性について
ナチスのユダヤ人迫害に見られた「影の投影論」
影の投影は、被害妄想・陰謀論に発展する可能性がある
優秀なユダヤ人への恐怖と、貧しい流入ユダヤ人への軽蔑
優秀なユダヤ人も貧しいユダヤ人も、ドイツ人の影の投影
オウム真理教に見られた「善悪二元論」と影の投影
『わが闘争』の反ユダヤ主義
ユダヤ人陰謀論
麻原とヒトラー、『滅亡の日』と『滅亡のシナリオ』という2つの本

【3】麻原・オウムと大日本帝国の関係
麻原・オウムと大日本帝国の関係
大日本帝国の敗北と「宇宙戦艦ヤマト」の社会的な人気の原因
「宇宙戦艦ヤマト」人気と同じ心理が信者を『滅亡の日』に傾倒させた
麻原の未来予言は、大日本帝国の歴史を投影していた
麻原の日本の破局予言は、麻原・教団に起こった
オウム真理教と大日本帝国の類似点

【4】日本社会に残存する大日本帝国の要素の存在
日本社会に残存する大日本帝国の要素の存在
河合隼雄氏が見た現代日本に残存する大日本帝国的な信仰傾向
「自分はだまされていた」という心理状態が過去の払拭を妨げる
日本社会の一部とオウムに見られる陰謀論・謀略説の残存について
敗戦前後の日本人とオウムに共通する無思考状態

【5】麻原・オウムが批判した国家権力は、自分たちの暗部の投影
麻原・オウムが批判した国家権力は、自分たち自身の暗部の投影であった
麻原の日本の破局予言は、麻原・教団に起こっただけだった
オウムの修行法における、強いプライドの問題
プライドや善悪の観念を活用できず、それに逆支配されたこと
ヴァジラヤーナの教えも、プライドの充足のために利用された
過ちを繰り返さないために最も重要な謙虚さ
アメリカに対する敵意に対して
麻原の見たアメリカ・フリーメーソンも、麻原自身の暗部の投影だった

【6】最後に――敵対する両者は、自分の暗部を相手に見る

【1】影と投影の理論

■はじめに

 ここでは、深層心理学者であるユングの「影と投影の理論」をもとに、オウム真理教、および教祖であった麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚(※以下「麻原」と表記)、そして事件を考察してみたいと思います。
 このユング心理学の「影の投影理論」とは、河合隼雄氏(故人、京都大学名誉教授、前文化庁長官)らによって、日本でも普及されたものです。そして、河合氏が認めるように、このユング心理学やその影の理論は、大乗仏教の一元的な世界観の思想とつながる点があります。
 一元的な世界観とは、一見別々に見える、この世界の諸現象が、本質的には、相互に密接に関係していると見るものですが、それは、外界の物理的な現象と人の内面にある心理現象の間にも及ぶものです。
 さて、影とその投影の理論を考える場合は、そこに「悪」についての問題が出てきます。そして、いわゆる「悪」の概念は、この世界を善と悪に単純に二分化する、「善悪二元論」とも関係してきます。
■影と投影の理論

 まず、ユング心理学で言われる「影」とは、自分の中で、自分にあると認めたくないもの、劣等な部分やいわゆる悪い部分、あるいは、現状の自分と折り合いがつかない都合の悪い部分のことです(厳密にはそれらの人格化したものを「影」というが、わかりやすくそれらの要素を「影」としておく)。

 普通、だれでも自分の劣等な部分、自分に都合の悪い要素は、自分の中にあることを、なかなか認められません。「自分」というものが、ゆらぎ脅かされてしまうからでしょう。ですからそれに気付かなくていいように、潜在意識の中に強く押し込んで見えなくしてしまいます(この作業自体、無意識的に行ってしまう)。

 そうすれば、もう自分にその要素はないということになり、「自分」は安泰です。しかし、それで終わりでなく、自分が抑圧した自分の「暗部」は、他人に「投影」することになり、その他人がその要素を持っているとして、嫌悪や非難などなど、そこからさまざまな問題が発生することになるのです。

 自分は善で対象は悪である、自分に否がなく悪いのはあいつ、という構図ができあがります。もちろん、投影を引き受ける(投影される)側に、その投影内容(要素)が何もないかというと、そういうことはなく、その要素はあるのですが、事実以上に「悪」に仕立て上げてしまうことになります。

 このように、強い投影をしてしまう場合、自分の個人的な影の投影だけでなく、それに「普遍的な影」を付け加えて、「絶対的悪」としてしまいます。歴史上の悲惨な出来事として、中世ヨーロッパの魔女狩りや、ナチス・ドイツのユダヤ人虐殺などがこれに当たります。

 自分たちを「絶対善」と考えたオウム真理教は、当然そこに強烈な「影」を形成したことは、影の理論から考えて間違いありません。自分たちが「絶対的善」であればこそ、自分たちと違うものは「絶対的悪」にもなり、排除する気持ちも強くなるのです。オウム真理教が日本社会や、国家権力、アメリカ、フリーメーソンに向けた敵意は、それを集団で行ったものです。

 集団における影の投影の事例として、先にも挙げた、ナチスのユダヤ人に対する迫害と、中世の魔女狩りがよく挙げられます。この点について、ユング派の臨床心理学者の河合隼雄氏は『影の現象学』の中で次のように述べています。
集団の影の肩代わり現象として、いわゆる、生け贄の羊(スケープゴート)の問題が生じてくる。ナチスのユダヤ人に対する仕打ちはあまりにも有名である。すべてはユダヤ人の悪のせいであるとすることによって、自分たちの集団の凝集性を高め、集団内の攻撃を少なくしてしまう。つまり、集団内の影をすべて生け贄の羊に押しつけてしまい、自分たちはあくまでも正しい人間として行動するのである。
(中略)
 ナチスの例に典型的に見られるように、為政者が自分たちに向けられる民衆の攻撃を避けようとして、外部のどこかに影のかたがわりをさせることがよくある。ここでもすでに述べたような普遍的な影の投影が始まり、ある国民や、ある文化が悪そのものであるかのような錯覚を抱くようなことになってくる。
 そして冷たい戦争によっていがみあうことにもなるが、ユングがいみじくも指摘しているように、『鉄のカーテンの向こう側から西側の人に歯をむいているのは、自分自身の邪悪な影の顔なのである』(注:米ソ冷戦時代のこと)。自分の影を自分のものとして自覚することは難しいことである。

(河合隼雄『影の現象学』思索社、1976)

【2】ナチス・ヒトラーとオウム・麻原の関連性について

■ナチス・ヒトラーとオウム・麻原の関連性について

 ここでは、『わが闘争』のヒトラー・ナチスが犯した悲惨な歴史を、「影の投影」という観点から少し考察してみることにします。

 というのは、麻原・オウムを分析する上で、ヒトラー・ナチスは一つのキーワードになるからです。これは、麻原・オウムと、ヒトラー・ナチスとは、後ほど詳しく述べますが、麻原が、若き日にヒトラーを研究して、その研究が、一連の事件を引き起こした教団武装化の背景にある彼の終末予言思想と深い結びつきがあった、という事実があるからです。

 もちろん、オウムとナチス・ネオナチなどとは、一切の組織的つながりはありません。しかし、麻原は、自分なりに解釈したヒトラーの人生のあり方に深く共鳴したことは、ほぼ間違いないのです。よって、ナチスの問題を考察することは、オウム真理教の問題の考察にも役立つものと思います。
 
 例えば、その類似性を簡単に挙げるならば、

1自分たちが特別な人間であると説くナチスのドイツ民族至上主義とオウムの選ばれた民という考え方
2ユダヤ・フリーメーソンの陰謀説
3麻原とヒトラーのカリスマ性と独裁、および、それを民衆・信者が熱狂を持って支持したこと

などが挙げられます。


■ナチスのユダヤ人迫害に見られた「影の投影論」

 ここでは、いかに、当時のナチスドイツが、自分たちの「影の投影」であるユダヤ人を敵視していったかについて見ていきたいと思います。

 ドイツにおいてヒトラー率いるナチスが出現する前から、歴史的にヨーロッパにおいてユダヤ人に対する迫害は行われていました。19世紀後半からは、組織化された反ユダヤ主義運動が、ドイツ、オーストリア圏においても現れてきて、その運動の中から、ユダヤ人の職業選択・交際・居住・結婚の自由などの権利を奪う「人種的反ユダヤ主義」が登場してきました。

 ナチスは、それをさらに、普遍的な影の投影にまで推し進めて、ユダヤ人を邪悪な存在として「悪そのもの」であると規定し、悲惨な虐殺行為にまで及んだのです。

 ナチスは、もともとあった反ユダヤ主義の土壌の上に(=もともとあったユダヤ人への影の投影の上に)、自分たちの生活が苦しいのは、ユダヤ人のせいであるということをより強くドイツ国民に植え付け、より強い反感を多くの国民にもたせたのです(=普遍的な影の投影のレベルにまで及んだ)。

 そこには、ユダヤ人の金融界での活躍、エリート職業としての弁護士や医師、そして芸術、学問、ジャーナリズム界におけるすさまじい進出と活躍という事実がありました。

 そのことは、彼らのせいで自分たちはそれらの職業につけないという「被害妄想」となり、その上に世界征服を企んでいるという「陰謀論」も絡み、ドイツ市民の嫉妬や怒り、恐れを呼び起こすことになったのです。

 そして、強烈なユダヤ人迫害が展開されることになりました。


■影の投影は、被害妄想・陰謀論に発展する可能性がある

 「影の投影」は、悪いのは他人のせい、という見方です。そして、そこに怒りを生じさせることになります。悪いのは他人のせいという見方は、他人が自分の現状の悪さを引き起こしており、自分はその被害者であるという認識になります。

 それは、やがて、「被害妄想」にもつながっていきます。そして、事実以上の「悪そのもの」にその他人を仕立て上げてしまい、「自分に被害を与えるヤツは許せん!」ということになるのです。

 そして、自分たちが被害を受けているという現状の妄想だけでなく、この先、害を被るのではないかという不安・恐怖も生まれてきて、その結果、被害妄想は、「陰謀論」の成立にもつながっています。そして、彼らを根絶しようという意思にまで発展してしまうのです。


■優秀なユダヤ人への恐怖と、貧しい流入ユダヤ人への軽蔑

 また、一方で、流入ユダヤ人の貧困、不潔、異様な身なりに、嫌悪と侮蔑と拒絶の反応を引き起こして、下流のユダヤ人に対して「劣等な者」という差別意識を生じさせ、迫害へと導きました。

 これらは、「普遍的な影」とも呼べる状況であり、それは、その集団・国民のほとんどの人が感じる「悪」、「嫌なもの」と考えたらいいでしょう。ですから、たやすく投影しやすいのです。

 ナチスがユダヤ人を殺戮する前に、優生学的発想から行った多くの精神障害者や身体障害者を一酸化炭素ガスで「安楽死」させたという事実も、劣等なものに対する嫌悪から生じています。

 こうして、ナチス・ヒトラーには、弱者・劣等な者に対する嫌悪・憎悪というものがあったと思われます。「嫌悪」というのは、自分の中の暗部(影)が引き出されることに対する恐れから生じる反応であり、影の投影には、「嫌悪」はつきまといます。

 影の投影は、先にも書きましたが、その裏側に、「善悪二元論」があります。

 反ユダヤ主義の裏には、ドイツ民族主義があります。自分たちの優位性=善を主張し、他方でユダヤの劣等性=悪を主張する。これは、裏表の関係にあります。

 自分たちが人種的に優位であることの証として、人種的劣等性を「ある者たち」に押し着せることになります。これは「影の投影」です。そして、劣等性を背負わされた者は消滅させられるべき存在にされてしまうのです。先の精神障害者や身体障害者の虐殺も、これに当てはまります。そして、ユダヤ人に対しても、これがなされました。


■優秀なユダヤ人も貧しいユダヤ人も、ドイツ人の影の投影

 ここでまでのところをよく検討してみますと、めざましい活躍を見せる優秀なユダヤ人の姿は、自分たちの職業を奪うとして、敵視しながら、その一方で、優秀なドイツ人として、ユダヤ人の職業ばかりか、生命を奪っていった、ということになります。

 これは、当時のドイツ人が、優秀なユダヤ人たちに感じていた性質は、実際には、ドイツ人の中にある要素だったことの証明です。すなわち、(ドイツ人がとらえた)優秀なユダヤ人の姿は、ドイツ人の自分の中の「悪=影の投影」だったということです。

 さらに、ドイツ人が嫌悪していた貧しい流入ユダヤ人の姿は、第一次世界大戦に敗れた後に、戦後賠償の負担を含め、経済的な苦境にあり、多くの人が苦しい生活を送る中で、優秀なユダヤ人に職業を奪われることを恐れていた、ドイツ国民の「投影」だったのではないか、と思います。


■オウム真理教に見られた「善悪二元論」と影の投影

 この「善悪二元論」と「影の投影の理論」をオウム真理教に当てはめてみると、

オウムの善悪二元論とは、
1真理を実践している自分たちの優位性=キリストに選ばれた素晴らしい魂である=「善」、
それに対して、
2一般人(凡夫)の劣等性=真理を知らない無智な哀れな魂=「悪」という構図でした。

 この世界観の中で、後で詳述しますが、オウムは、自分の中にもある「悪」を一般の人におし着せたのでした。すなわち、実際には、オウムが一般の人に見た悪というものは、「自分の中の悪=影の投影」だったとういことです。

 しかし、麻原の場合は、この汚れきった世の中において、悪業多き凡夫を救済するには、「ポア」するしかない、という考えにまで行き着いてしまったのです。これは、自分たちは正しく、その絶対的に正しい自分たちが、絶対的に正しい救済をするにあたっては、何をしても許される、「殺人も救済」である、ということになってしまったのです。


■『わが闘争』の反ユダヤ主義

 ナチスのユダヤ人虐待のバイブルとなったのは、ヒトラーの『わが闘争』です。ここで、『わが闘争』の内容を少しみてみることにします。

 『わが闘争』の中で最大の章は人種政策についてです。その中で、第一次世界大戦のドイツ敗北の最大の原因がユダヤ人そのものにあるとし、ドイツ崩壊の邪悪な病原体であると、指弾しています。

 さらには、悪性の疾患にかかった個人=社会(民族)は、その汚染源=悪の張本人を根絶することによってのみ救われるとする。国民の肉体の病は、自然に反する思想と行動(民族精神の売春化=ユダヤ化)の結果であり、自然の法則、つまりは優勝劣敗によってはじめて社会は治癒回復することができるという。

 『わが闘争』の中では、ユダヤ人は殲滅されるべき絶対的な敵に変貌させられ、この闘いを望まない者も生きるに値しないとされている。ヒトラーが考える究極の世界は、「我々=民族共同体だけが生き残ることが許され、あとはユダヤ人=悪魔か、生きるに値しない者」であったのです。

 先に、ユダヤ人の陰謀論について少し触れたので、もう少し詳しく陰謀論の出現をみてみます。


■ユダヤ人陰謀論

 1920年代初めにユダヤ人陰謀論の書である『シオンの賢者の秘密』という偽書がドイツに出回っていました。のちに世界規模で反ユダヤ主義を広めたものとして悪名高いこの書は、ユダヤ人の世界支配を企む「陰謀」が存在する決定的証拠とされた、ということです。フリーメーソンが影で動き、ユダヤ人秘密政府による世界支配樹立計画が行われているというものです。

 もともとこの偽書は、19世紀末、ロシア人によって『シオンの長老の議定書』として作られましたが、当初は人々の関心を引くことはなかった、ということです。しかし、第一次世界大戦後、ロシア革命やドイツ革命といった大きな社会動乱が起こると、不安を抱く多くの人の心をつかむようになったのです。

 ドイツ語版『シオンの賢者の秘密』は、特にドイツの民族至上主義者や反ユダヤ主義グループの間で頻繁に回覧・増刷された、といいます。ヒトラーも『わが闘争』の中でこの書について言及しており、また、国会向けの演説の中で、ユダヤ人の陰謀という『シオンの賢者の秘密』の論理をそのまま引き写して語っているといいます。

 こうして、ユダヤ人は「悪魔」そのものに仕立て上げられ、虐殺という悲劇が生じたのです。自分たちの影(暗部)を他に投影するということは、このような歴史の事実から見ても、非常に危険で、悲惨なことであることがわかります。

 そして、オウム真理教でも用いられた、ユダヤ・フリーメーソンの陰謀論の元が、ここにあるのです。そして、後に詳述しますが、麻原、オウム真理教においても、「影の集団的投影」が行われたのです。


■麻原とヒトラー、『滅亡の日』と『滅亡のシナリオ』という2つの本

 麻原とオウム真理教は、ヴァジラヤーナ活動と呼ばれた、武力・軍事力を行使することによって、自分たちの真理の国・世界を作る活動に入っていきましたが、その活動を正当化する根本経典とも考えられるほど、大きな役割を果たした書籍があります。

 それは、『滅亡の日』(1988年12月出版)、『滅亡から虚空へ』(1989年5月出版)と呼ばれる二つの本ですが、その中で、麻原は、「ナチス、ヒトラー」について言及しています。それも、一般的な見解とは違う見方をしているのです。

 それはともかくとして、まず、この二冊の書籍は「ヨハネの黙示録」の予言を解読したもので、「ヨハネの黙示録の封印を解くようシヴァ神から示唆を受けて解読した」という主旨のことが、『滅亡の日』の冒頭に書かれています。

 そして、先ほども触れましたが、オウムが、ハルマゲドン・終末論をより明確に打ち出したのが、『滅亡の日』およびその続編である『滅亡から虚空へ』なのです。

 そして、『滅亡の日』の中には、武力でよい国家を建設する、という考え方が明言されており、それに基づいた『滅亡から虚空へ』において、悪に弾圧されたキリストの勢力が、聖なる戦いを行って、悪に打ち勝ち、キリスト千年王国ができる、というシナリオが明示されています。こうして、これらの書籍は、オウム真理教における「ヴァジラヤーナの根本教典」と言ってもいいものです。

 ところで、驚くべきことに、この二冊の書籍には元本があるのです。それは、麻原の本ではなく、若き日の麻原が熱中したとされる一般の方の本です。

 それは、川尻徹という精神科医が著した『滅亡のシナリオ』という書籍です(1985年9月出版)。この『滅亡のシナリオ』という本は、ヒトラーがノストラダムスの予言を実現すべく、第二次世界大戦を起こし、さらにわざと敗北したという内容が書かれています。

 『滅亡のシナリオ』という本のタイトルは、ヒトラーが、ノストラダムスの予言を自分のなすべき行動計画=シナリオと見立てた、という解釈からです。

 この書籍の中では、ヒトラーは、自分がノストラダムスの予言に登場する人物であり、予言通りになるように行動したという内容が書かれています。そして、実は、第二次世界大戦後も、ヒトラーは生きており、優秀なゲルマン民族の中で選ばれた者たちが、やがて、「第四帝国」を設立して、世界を統治する計画を実行していた、という、ヒトラーのノストラダムス計画が書かれています。

 そして、この本の著者によれば、若き日の麻原は、この著者と何度も文通までするほど、この本に心酔したということです。もちろん、この書籍は、まったくのフィクションですが、後の麻原の行動を考えると、麻原は、それをフィクションではなく、「現実」であると妄想してしまったのではないかと思われます。

 まず、麻原の『滅亡から虚空へ』には、川尻氏の『滅亡のシナリオ』にあるナチス、ヒトラーに対する見解の影響を受けたと思われる記述があります。

 それは、ヒトラーがわざと負けたとか、自殺していなくて、第二次世界大戦後も生きていたということや、ネオナチとして、ハルマゲドン時には、ドイツ第三帝国の亡霊(第四帝国ということ)がヨーロッパを制するなどの記述です。

 その上で、麻原が、ヒトラーが、ノストラダムスの予言に登場する人物であるとして、その実行に当たっていたのと同様に、「自分自身も、予言に登場する人物である」と解釈しています。そして、実際に、「ヨハネの黙示録」および「ノストラダムスの予言」の解読を行っていきました。

 さらに、麻原の『滅亡の日』と『滅亡から虚空へ』という書籍の題名も、明らかに、川尻氏の『滅亡のシナリオ』に影響を受けたものと推察できます。また、麻原は、側近の幹部信者には、「予言というのは、(予測ではなく)計画である」と語っていましたが、これも、予言=シナリオ=計画という川尻氏の『滅亡のシナリオ』の世界観です

 そして、著名なジャーナリストである立花隆氏も、麻原と『滅亡のシナリオ』の関係を重視して、以下のように述べています。
「なぜ(麻原は)ハルマゲドンを自ら起こそうとするなどという無謀な試みをしたのか。そのことがずっと謎だったのですが、最近一冊の本を読んで、謎がやっと解けた思いがしました。
 それは川尻徹という精神科医が書いた『滅亡のシナリオ』というヒトラーについて書かれた本です。麻原はこの本の熱心な読者でした。この本によると、ヒトラーの行動はすべて、ノストラダムスの予言を実現するために意図的になされたもので、第二次世界大戦を起こしたこともそうなら、戦争に敗北したことも、予言実現のためにわざとそうしたというのです。
 ナチスだけでなく、ノストラダムスの予言を実現すべく動いてきた人々が歴史の陰にずっと前からおり、その人々の努力によって、ノストラダムスの予言はかくも当たりつづけているというのです。(中略)
 麻原はどうもこの説を信じてしまったようなのです。上九一色村のオウムの子どもたちがみんなヒトラーを偉大な人物と信じており、しかも死んだというのは嘘で、実はまだ生きていると信じているという話を驚きをもって報じられました。
 オウムとヒトラーがどこで結びつくのかわからなかったのですが、この子どもたちが教えられている説が、川尻説と同じなのです。
 もう一つあります。麻原がヨハネの黙示録とハルマゲドンについて論じた『滅亡から虚空へ』という本がありますが、その本の一章がヒトラーについてさかれています。それがほとんど川尻説の受け売りなのです。オウムが強烈な反ユダヤ思想のとりこになっていることも、ヒトラーの影響と考えれば納得がいきます。
 麻原が書いたものをずっと読んでくると、麻原が本気でノストラダムスの予言を信じているということがわかります。ヒトラーもそうでした。
 本気で信じていたから、その予言通りの行動を取ったのだと川尻説は言います。麻原もそうだったのではないでしょうか。
 自分の予言が外れるとこまるからハルマゲドンをおこそうとしたのではなく、ノストラダムスがそう予言したからには、歴史はその通りに動くに違いないし、また自分は、歴史をそのように動かす歴史的使命を与えられていると思い込んだのではないでしょうか。

(「週刊文春」平成7年7月27日号より)」
 この立花隆氏の分析には納得がいきます。

 ただし、麻原の『滅亡から虚空へ』には川尻説とは違う部分もあります。それは、川尻説と違うのは、ハルマゲドン後、最終的に勝利するのは、ナチス系帝国(『滅亡のシナリオ』ではナチス第四帝国)ではなく、麻原をキリストとした救世主の一団であり、それは、ナチス系帝国は誕生するものの、救世主の一団に敗れる、としているものです。

 それはともかく、立花隆氏の指摘で重要なことは、麻原とヒトラーの類似性であり、繰り返しになりますが、以下の部分です。
「オウムが強烈な反ユダヤ思想のとりこになっていることも、ヒトラーの影響と考えれば納得がいきます。」「麻原が書いたものをずっと読んでくると、麻原が本気でノストラダムスの予言を信じているということがわかります。ヒトラーもそうでした。本気で信じていたから、その予言通りの行動を取ったのだと川尻説はいいます。麻原もそうだったのではないでしょうか。」
 実際に、麻原の説法の中にも、ヒトラーを予言者と認めて、ノストラダムス、ヨハネ黙示録の予言と共に、並べてたてているものがあります。また、社会が教団を弾圧していると主張した上で、自分(麻原)が「ヒトラーと似た運命」をたどらなければならないのかもしれない、といった内容の説法もあります(ただし、最終的な結論は、ナチスと違ってキリスト=自分は勝つという内容)。

【3】麻原・オウムと大日本帝国の関係

■麻原・オウムと大日本帝国の関係

 こうして、麻原・オウムとヒトラー・ナチスの間の関係・類似性に言及しましたが、次に、麻原・オウムと大日本帝国の関係について言及したいと思います。

 大日本帝国とヒトラーのナチスドイツが同盟関係を結び、ともにファシスト体制の国家であったという共通点があります。そして、麻原のオウムと大日本帝国を比較してみると、(最初に誤解がないようにお断りしていますが、昭和天皇と麻原の人格や役割は、非常に大きく違っていますが)その他の点においては、共通点が多々見られるのではないか、と思います。

 ただし、その比較をする前に、麻原やオウム信者の世代が大きな影響を受けた人気アニメの中に、麻原の『滅亡の日』と『滅亡から虚空へ』に示されたシナリオと非常によく似た構造を持ったものがあったことを指摘しておきたいと思います。

 それは、『宇宙戦艦ヤマト』です。『宇宙戦艦ヤマト』は、1974年10月からテレビ放映され、劇場映画が公開される1977年ころには、社会現象ともいえる大ブームになりました。では、両者がどのように構造が似ているかという点を説明します。
 
 まず、麻原の『滅亡の日』には、麻原ら日本人を中心とした聖なる教団が、ハルマゲドンが起こる前後に、米軍の毒ガス攻撃などを受けて苦境に陥るが、その後、たった一教団にもかかわらず、悪に対して聖なる戦いを行ない、最終的には、復活したナチスと戦って勝利して、キリスト千年王国を作って、地球を悪から救う、という筋書きになっています。

 一方、『宇宙戦艦ヤマト』は、日本人ばかりの乗組員の乗った戦艦大和から復活した宇宙戦艦ヤマトが、ヒトラー・ナチスがモデルであるデスラー・ガミラスの攻撃を受けて、放射能ガスによって、地球がハルマゲドン状態にある中で、たった一艦でガミラスと戦って勝利し、地球を救う、というものでした。
 
 そして、オウムには、実際に、「進めオウムよ、ヤマトのように」という教団の歌があり、外部からの(ヤマトの放射能ガスならぬ)毒ガス攻撃に対して、ヤマトで出てきた「コスモクリーナー」という名の空気清浄機を使っていたことは、95年の一連の事件の発覚時に、テレビなどでもよく報道されました。オウムはヤマトの世界を採り入れていたのです。

 両者は、日本から出た救世主の一団が、ハルマゲドンの人類滅亡の危機に際して、孤軍奮闘して、ナチス(が象徴する西洋人)と戦って勝利し、世界を守る(統治する)という点でよく似ています。

 その意味で、麻原の『滅亡の日』は、アニメの『宇宙戦艦ヤマト』と川尻氏の『滅亡のシナリオ』をミックスしたようなところがあり、この『宇宙戦艦ヤマト』がブームだった頃に思春期を過ごして影響を受けた人たちが、オウムを作っていったのでした。


■大日本帝国の敗北と「宇宙戦艦ヤマト」の社会的な人気の原因

 ここで『宇宙戦艦ヤマト』が大ヒットした理由を社会心理学的に分析してみたいと思います。なぜならば、それが、麻原とオウム信者に影響を与えている面があるからです。

 日本は、開国、明治維新を経て近代国家の道を歩んできました。日本が目指していたものは、富国強兵によって、列強をしのいで世界の一級国になることでした。明治維新以来、欧米に追いつけ、追い越せと日本国民は一生懸命国家を作ってきました。

 なお、『宇宙戦艦ヤマト』に強い影響を与えたと言われている、戦前の日本のSF冒険活劇の古典として『海底軍艦』というものがあります。この『海底軍艦』もそうですが、戦前のSF冒険活劇は、どれも新発明によって、日本が世界一強い国になって、悪い外国勢力をやっつけるという、当時の軍国の国策宣伝に沿ったものでした。

 同じように、よく言われるように、『宇宙戦艦ヤマト』にはナショナリズムの香りが漂います。地球の全人類を代表する宇宙船であるはずのヤマトなのに、乗組員は日本人ばかりで、敵対する宇宙人は外国をモデルにしています。日本を象徴する「ヤマト(=大和=日本)」が、悪い外国勢に勝つという構図を持っています。

 これを分析すれば、『宇宙戦艦ヤマト』が人気を博した背景には、日本人の深層心理に存在する、第二次大戦の敗北に対する「コンプレックス」と、それに対する「リベンジ・反撃」の思いがあるのではないでしょうか。

 一般論として、フィクションであるアニメや映画が大きな人気を博す場合は、多くの人たちが現実の世界では満たすことができない潜在的な欲求・願望を仮に充足されるからであると言われます。

 表面的には、現代日本は、大日本帝国の戦争を反省しているとはいえ、国民の深層心理の中では、第二次世界大戦に敗れたことは、「悔しい思い・傷」として残っていることは推察できます。それは、当然のごとく、戦争体験者だけでなく、その子供たちの『宇宙戦艦ヤマト』の世代にも伝わっている、と思います。

 それと似た例としては、戦後の日本で、空手チョップでアメリカ人レスラーをやっつける力道山が、あれだけ大人にも子どもにも人気を博したことを考えればわかる、と思います。戦争で負けた悔しさ(さらにその奥にある明治維新以来の欧米に対する劣等感)を晴らしてくれるものとして痛快であったことでしょう。
 
 『ヤマト』の場合は、対象がアメリカではなく、ナチスドイツのメタファーのガミラスですが、アメリカ人とドイツ人も、日本人から見れば、同じ欧米人であると考えることができます(実際に、『宇宙戦艦ヤマト』の敵役をアメリカしていれば、大きな外交問題になっていたでしょう)。また、違った解釈として、第二次世界大戦で敗北した日本とドイツが、このアニメの中では、太陽系宇宙の覇権をかけた決勝戦に望む勝者となり、日本が優勝する、という解釈でもいいかもしれません。

 こうした戦争に負けた「悔しさ」、できれば「今度は勝ちたい」といった欲求が、日本社会の潜在的な欲求として存在しており、その欲求の「投影」が、当時の日本の最高の技術の象徴であり、同時に戦争の敗北の象徴でもある戦艦大和の復活である『宇宙戦艦ヤマト』の勝利を描いたアニメだったのではないでしょうか。

 また、『ヤマト』が受けた理由として、敗戦の悔しさの投影だけでなく、1970年代の世相を反映していたということもあります。

 この1970年代には、終末論の書籍が増えました。背景には右肩上がりのバラ色の社会の期待が失われたことがあります。赤軍派による「よど号」乗っ取り事件、1972年の浅間山荘事件、1973年はオイルショック、そういった世相を反映したこともあってか、終末論の書籍が増えました。

 五島勉の『ノストラダムスの予言』に加え、小松左京の『日本沈没』も出版され、ベストセラーになり、高度経済成長に陰りが見え始め、不安が増大し、1974年には、石油ショックで経済成長率が戦後はじめてマイナスになり、倒産する会社が増えました。一方、その中で、ユリ・ゲラーを初めとする、超能力ブーム・オカルトブームが起き、学生運動の内ゲバが激しさを増しました。

 こうして、今までのものが崩れていく中での不安の増大と、超常的なものに対する関心の高まりが、「終末論、超能力・オカルトブーム」として現われました。1975年になると、完全失業率100万人を突破(不況の深刻化)、高度経済成長に陰りが見え始めてきました。

 この時代にヒットした『ヤマト』は、終末論的な雰囲気を取り入れつつ、潜在意識にある愛国主義的な情熱をうまくミックスしていたのではないでしょうか。


■「宇宙戦艦ヤマト」人気と同じ心理が信者を『滅亡の日』に傾倒させた

 そういう日本人の潜在的欲求と時代の雰囲気をミックスさせた『宇宙戦艦ヤマト』を思春期に体験した者たちが、それと非常によく似た構造のシナリオ(『滅亡の日』)を麻原から提示されて、それにはまっていったのではないか、と思われます。

同じように、日本人としての潜在的な欲求(最後に日本が勝つという欲求を満たしてくれる『滅亡の日』のシナリオを好み、それを受け入れたい、という思いです。

 もちろん、そこには、救世主の集団・軍団に、「自分が選ばれた」という自我(自己愛)を満足させる甘い誘いもあります。『ヤマト』などのアニメでは、主人公の若い男性・女性が(多くの人たちの中から選ばれて)特別な活躍をします。そういった「特別な存在」になりたい、という欲求は、いつの時代にもありますが、アニメなどで強く刺激された現代人には特に多いかもしれません。

 そして、『滅亡の日』には、ヒトラーも登場しますが、このヒトラーも、当時の精神世界においては、よく登場する人物であり、その世界では、一種の「超人」として描かれています。

 実際に、五島勉氏の著書に、1988年10月に出版された『1999年以後 ─ ヒトラーだけに見えた恐怖の未来図』という書籍があります。なんと、『滅亡の日』が出版される2ヶ月前です。

 この書籍は、ヒトラーの予言をあつかったもので、「超人、神人」など選ばれた者が残るということが書かれていて、川尻氏の『滅亡のシナリオ』に通じるところがあります。もちろん、麻原の『滅亡の日』にも、麻原と弟子たちが「超能力者」と位置付けられています。

 こうしてみると、麻原の世界観は、日本社会の突然変異体ではなく、同時代のさまざまな書籍・アニメその他の文化と連動して生まれた面があるのではないでしょうか。

 少なくとも、そうでなければ、多くの信者は、麻原の世界観にはまることはなかったと思います。というのは、多くの信者が、麻原のハルマゲドン予言を信じた背景として、その前に、「ノストラダムスの予言」などの影響があったことを挙げています。

 すなわち、麻原が、個人のカリスマの力だけで、その予言を信じさせたのではなく、むしろ、日本社会に生きていた若者の潜在的な欲求が前提にあって、それをくみ上げていたのが、麻原の世界観だったのではないか、と思います。

 しかも、それは、麻原が、自分では信じていないのに、信者の心を操るために、意図的にやったというのではなく、立花隆氏が分析しているとおり、彼自身が、日本社会の中に生きて、まず「信じ込んで」しまい、信者がそれに追随した構造だった、と思われます。

 こうして、社会のさまざまな要素が、互いが互いを呼び合い共鳴し、多くの人に共通する潜在意識の要素が顕在化していったように思えますが、これが、いわゆる「時代精神」というものなのかもしれません。これは、仏教でいえば、すべては相互に関係し合い、つながって生じている、という大乗仏教が説く縁起の教えの解釈に通じるところがあります。

 麻原が説いた、「救世主が日本から登場する」という内容も、ハルマゲドン思想のアニメ・書籍にはよくありました。『宇宙戦艦ヤマト』、五島勉氏の『ノストラダムスの大予言スペシャル・日本編――人類の滅亡を救うのは「日の国」だ』、『ノストラダムスの大予言・残された希望編――世界破滅を防ぐ日本の使命』などもそうです。

 やはり、日本は「神国」であってほしい、という思いが、日本人には潜在的にあるのでしょうし(それは、かの大日本帝国の時と同じものと言わざるを得ません)、それらに影響を受けていた人たちの中には、日本の中のだれかを救世主・神の化身として受け入れる(期待する)素地ができていて、その中でオウムの信者になった人が出てきました。

 もちろん、麻原の場合は、その救世主が「自分」である、というところが、その人格における異常性・問題点ですが、これについては、麻原の人格分析のところで検討することにして、ここまでの結論としては、麻原・オウムの予言の世界観は、麻原の独力によって形成されたのではなく、大日本帝国の敗北にまでさかのぼる日本社会に生きる若者たちの潜在的な欲求と結びついた形で、生み出されていったのではないか、ということです。


■麻原の未来予言は、大日本帝国の歴史を投影していた

 さて、麻原・オウムと大日本帝国の関連性を示す、他の事実があります。それは、麻原のオリジナル予言です。『滅亡の日』は、予言書であるといっても、「ヨハネ黙示録」などの解釈書にすぎませんが、それ以外にも、麻原は、さまざまな予言をしています。

 そして、その予言をよく分析してみると、驚くべきことに、それは、大日本帝国の要素が多く詰まっていたのです。わかりやすく言えば、未来を予言しているようで、実際には、過去の大日本帝国時代の歴史を未来に「投影」した形になっていたのです。

 たとえば、麻原は以下のような予言をしています。

1996年        天皇制・右傾化
1997~2000年前後 日米決戦
2005~2006年   広島に核が落ちる

 といった予言がありました。

 これらの予言は、当然のこととして当たりませんでした。実際に、日本が再び天皇制になって、アメリカと戦争するなどということは常識では考えられないものでした(ただ、その時代の信者の中には、もしかしたらと信じていた人もいたと思います)。

 しかし、これをよく見れば、まさに第二次世界大戦前後の歴史であることがわかります。天皇制が強化されたのは、第二次世界大戦前であり、日米決戦も、広島に原爆が落ちたのも、第二次世界大戦のことでした。

 さらに興味深いことは、歴史は繰り返すと言いますが、大澤真幸氏(京都大学助教授)が提唱したように、日本の近代には、一種の「60年周期説」と呼べる現象があり、それを元にして考えると、麻原の予言は、大日本帝国の歴史に60年をプラスしただけのものであると解釈できます。

 まず、大沢氏の60年周期説をここですべて解説することは不可能ですが、大沢氏が挙げた60年周期の例としては、たとえば、1941年の第二次世界大戦(太平洋戦争)の始まりと2001年の911テロ事件と対テロ戦争の開始、1935年の大本教事件と1936年の2・26事件を合わせたものと、1995年のオウム真理教事件といったものがあります。

 そして、これを麻原の予言に当てはめてみると、

2005~6年に広島に原爆 
      → 1945年の広島に原爆の投下
1996年の天皇制・右傾化
      → 1936年の2・26事件後の右傾化
1997~2000年前後の日米決戦
      → 1937年の日中戦争を遠因として1941年に日米戦争が勃発

 という具合になります。
 
 こうして、麻原の予言は荒唐無稽ではあったものの、それは単純に非現実的だったのではなく、日本人としての過去の記憶が「投影」されたものだったのではないでしょうか。それは、日本の未来を語っているようで、その根っこは日本の過去にあったのです。

 より具体的に言えば、彼が、日本人として潜在意識に持っていた、過去の「アメリカとの傷、復讐感情」だったと言えるかもしれません。

 実際に、麻原は、日米決戦が起こるという予言をしながら、説法その他において、アメリカを敵視する内容を語り、さらには、米軍の毒ガス攻撃を受けているとまで主張し、教団を武装化して、日本の新たなる王となって、アメリカと戦う妄想を抱いていました。


■麻原の日本の破局予言は、麻原・教団に起こった

 そして、この麻原の日本に関する予言は当たらない中で、実際に起こったことは何かというと、麻原が「神聖法皇」と名乗り、教団の天皇、さらには日本の天皇になろうとしたことであり、日本国家を「米国の属国」と位置付けて、戦ったことでした。

 こうして、麻原が日本社会に起こるとしたものは、麻原・教団に起こることになりました。

 麻原は、97年や99年にハルマゲドンが起きる、と予言しましたが、97年には麻原の精神が崩壊し不規則発言が始まり、99年には教団に団体規制法が導入されました。

 麻原は2003年や2006年にも核戦争や原爆投下を予言しましたが、2003年には教団の分裂が始まり、翌年に一審の死刑判決が下り、2006年には分裂が確定し、麻原の死刑判決は確定しました。

 こうして、麻原は、自分の要素を日本の社会に見ていた、ということになります。社会が破滅するとの予言は、「自分が破滅する」予言だったわけです。

 そして、ここまでの結論を言えば、麻原・オウム真理教とは、日本人の潜在意識に潜んでいる、「日本人の」暗部=影である、過去の大日本帝国の要素を「投影」した側面があったのではないか、と思われます。そして、前出の大沢助教授も、「オウム真理教は、日本社会の暗部を極大投影したものではないか」と述べています。

 その一方、麻原が、日本社会について見たもの、すなわち、日本社会の破局の予言は、「麻原自身の」暗部=影、すなわち、「彼自身の」狂気と破局だったのでした。


■オウム真理教と大日本帝国の類似点

 そこで、大日本帝国とオウム真理教の構造の類似点を列挙したいと思います。

(日本)              (オウム)

大日本帝国        ・・・・  太陽寂静国
天皇陛下が現人神     ・・・・  麻原=神聖法皇が神の化身・キリスト
日本は神国、神の国    ・・・・  教団は、神の僕の聖徒の集団
日本民族の優性思想    ・・・・  教団信者は選ばれた魂
大東亜共栄圏思想     ・・・・  麻原の予言思想
日本はアジアを統治すべき ・・・・  教団は世界を統治すべき
大本営発表の情報操作   ・・・・  教団上層部の情報操作
米国が敵         ・・・・  米国とその属国の日本が敵

こうしてみると、戦争を主導せず、戦後に人間宣言をなして日本の民主化に貢献された昭和天皇が、その責任・言動・人格において、麻原と大きく異なっている点は別にして、その他の構造については、よく似ている点があるのではないか、と思います。

 その意味では、オウム真理教は、日本社会が、戦後、アメリカの支配の中で、抑圧して否定した、「大日本帝国的なもの」の亡霊といった側面があるように思います。

 ここで、前もって、誤解がないようにしておきたいのですが、私たちは、麻原・オウム真理教が悪いのではなく、日本社会が悪い、という主張するつもりは毛頭ありません。当然のこととして、オウム真理教の問題の最大の責任は、麻原とオウム信者にあることは明白です。

 ただし、事実として、麻原も、「日本人」であり、日本人の親の下、日本の環境で育てられた人間であって、信者もまた(ロシア支部などの信者は別にして)すべて同様に「日本人」であり、現実として、オウム真理教と日本社会の間には、明確な境界はなく、前者は後者から生み出されました。

 一方、現実として、一般の方の中には、麻原やオウム信者を、「日本社会が生み出した、日本人」であるとは認めたくない、といった反応があったと思います。たとえば、事件発覚後の地域住民の反対運動では、「オウム信者に人権はいらない」というスローガンが掲げられて、住民票の不受理などが行われたことがありました(結果としては、裁判所が違法を認定し、住民票の受理と賠償が行われましたが)。

 これは、オウム信者自身が、自分と日本社会を強く区別し、いわばオウム国・オウム人として、日本社会に対する愛国心を失って、一連の事件に至ったのですから、まったくの自業自得であろう、と思います。

 また、一連の事件の被害の甚大さを思えば、事件発覚後も信仰を続けるオウム信者を見るならば、彼らを日本人と認めたくない、というのは、人間として自然な感情である、と私たちは受け止めるべきだと思います。

 しかし、ここで考えていただきたいのは、オウム信者を日本人とは認めたくない、と感じたり、異星人か、突然変異体のように感じたことがあったとして、それは、本当に、日本社会とオウム信者にまったく共通点がなかったからか、そうではなく、ある意味で、その反対に、日本人として最も見たくない、日本社会の最も暗い部分の要素をオウムが「拡大投影」したからだったのか、ということです。

 そして、信者と非信者の区別なく、すべての日本人のために、今後最も重要なことは、日本社会に、「再びオウム的なものが現れないようにすること」だと思います。そのためには、その原因の分析は、理性に基づいて、なるべく厳密に行ない、それを未来のために役立てる必要がある、と思います。

 そして、未来のことを考えるならば、オウム真理教の一連の事件の根本原因として、麻原が、オウム真理教と日本社会を「別のもの」であると唱え、それに信者が惹きつけられていった、という事実は、重要なことだと思います。すなわち、自と他、善と悪を強く「区別」する世界観の危険性です。

 ともかく、この総括は、何がオウムをあのような事件に走らせたかの原因を分析することによって、二度と同じようなことが社会に起こらないようにするために行っているものであり、そのための分析であることをご理解いただけるようにお願いいたします。

【4】日本社会に残存する大日本帝国の要素の存在

■日本社会に残存する大日本帝国の要素の存在

 それでは、私たちが、自分たちになりに、オウム真理教と日本社会、そして、その過去である大日本帝国を研究した上で、なぜ、オウム真理教という形で、日本社会の暗部が噴出してしまったかについて述べたいと思います。

 まず最初に結論から言えば、それは、日本社会では、依然として過去の大日本帝国の要素が十分には断ち切られていない、という面があるからではないかと思います。

 その前に、誤解がないように申し上げておきますが、断ち切られていないと言っても、それは、単純にそれが悪いことであるという善悪を論じているのではありません。どの国にも、その過去の歴史が伝える良き伝統があって、健全な愛国心を育むことは素晴らしいことだと思います。これを前提として、以下のことを述べたいと思います。

 まず、識者の中に、日本は戦後、ある意味で、過去の戦争について顕教と密教の二重構造であったと主張する人がいます。

 すなわち顕教においては、すなわち表向きは、アメリカの戦後統治もあり、過去の戦争を否定したが、密教においては、すなわち裏では、本当には過去の戦争が間違いだったとは考えておらず、場合によっては、正しかった、聖戦だったと思っている人たちがいるということです。

 たとえば、日本社会のリーダーである政治家においても、軍国主義的な傾向に荷担していた人たちの中にも、公職追放が解かれた後に、政界入りした人は多く存在しています。

 最近についても、2000年当時の首相の森氏が、「日本は天皇を中心にした神の国」という発言をして、大きな波紋を呼んだことは記憶に新しいことです。

 現在でも、長老の部類の人たちの中には、戦前の教育を受けた人が存在します。彼らの中で、心の中では、先ほど述べた密教的な考え方を維持している人が少なからず存在しているのではないか、という見方は無視できないと思います。

 しかし、「神の国」という考えは、日本神道の中心的な考え方であって、この点を宗教的にどう処理していくのかを考えなければ、「国家神道」の再発を周辺各国が懸念するのも自然だと思います。
 
 ひかりの輪では、オウムの過去を乗り越える上で、似たような問題を経験しました。そして、オウムが、自分たちの教祖・教団を神格化して、外部社会を否定し傷つけたことを反省して、「すべての人々を神の現われとして尊重する」という思想を掲げました。

 この改革は、日本文化でいうならば、すべての衆生に仏性(仏陀になる可能性)を認める大乗仏教的な思想であって、また、その大乗仏教と神道を融合させた神仏習合の伝統思想にあたると思います。しかしながら、この神仏習合の思想が破壊されたのが、明治維新後の「廃仏毀釈」であり、その後の国家神道の体制だったと思います。

 というのは、神仏習合の思想では、日本に限らず、中国にも、朝鮮にも、日本にも、仏の権化(化身)として、その国々の神が現れている、という考えになり、日本だけが「神の国」であり、アジアを統治すべきである、という発想にはならないからです。

 そもそも、仏教は、中国・朝鮮を経て日本に伝来し、最澄や空海などの日本の僧は、中国の高僧から教えを学んだという大恩があり、その恩人の国を傷つけたり、支配したりすることは道理にかないません。さらに、遣唐使・遣隋使などで、中国に学び、尊重していました。中国人や朝鮮人を今のように自分たちの下に見るようになったのは、明治以来の悪習慣ではないかと思います。

 そして、実際に、日本人が、神道文化の中で、自分たちの国が「神の国」である、という思想を持っているように、中国や朝鮮も、その国の人たちは、自分たちの国が「神の国」だと考えていると思います。中国などは「中華思想」があり、皇帝は、神・天の祝福を受けた、神の権化と位置付けられてきたのではないでしょうか。

 この意味では、日本国家が、本当の意味で、自分の国が神の国である、という神道文化を維持しつつも、それが二度と戦前の国家神道のように暴発しないするためには、大日本帝国時代に、日本だけを「神の国」とした思想を明確に「過ち」と位置付け、「すべての国が、神・仏の国である」という宗教・思想を強調することが考えられます。

 それは、たとえば、日本の古き良き伝統である、神仏習合型の思想を現代に合わせた形で再創造する、という方法もあるし、他の方法もあるでしょうが、すべての国々・人類全体を尊重するための宗教的な基盤を再創造することが必要だと思います。
 
 言い換えれば、二度とオウムのような大日本帝国の亡霊を復活させないためには、大日本帝国やオウムを生み出した、「自分たちだけが神の集団である」という独善的で非現実的な宗教思想を払拭した、21世紀のグローバル時代にもあった、宗教思想を創造する必要があると思うのです。

 それは、大日本帝国の問題の根底に、宗教思想・世界観・問題があるために、それを乗り越えるためには、新たな宗教思想・世界観が必要である、ということで、宗教の問題は、宗教で解決する必要があります。

 しかしながら、大日本帝国の後、戦後日本は、国家神道を否定したものの、それに代わる、それを乗り越える、新しい宗教思想が生まれておらず、アメリカの統治や周辺国の政治的な圧力の中で、表面的には、国家神道を否定しつつも、裏では、潜在的には、それが「残存」している、という中途半端な状態になっているのではないか、と思います。

 それは、表面的な意味で、すなわち、政治的・外交的な意味ではなく、本当の意味で、すなわち、宗教的な意味で、大日本帝国と過去の戦争を反省できるか、ということだと思います。

 しかし、本当の意味で、心から、それを否定して反省するためには、それよりも次元の高い宗教思想が必要です。すなわち、肯定・否定、善と悪というものは、あくまで相対的なものですから、過去の宗教思想を明らかに上回った新たな思想を持ってのみ、過去の思想が過ちであったと考えられ、それから離れられるのではないでしょうか。

 これは、私たちは、オウムを脱会し、ひかりの輪の新しい思想・宗教を創造していく上で、感じたことです。


■河合隼雄氏が見た現代日本に残存する大日本帝国的な信仰傾向

 では、次に少し視点を変えて、現代日本に残存する大日本帝国的な信仰傾向について、紹介したいと思います。それは、著名な心理学者であり、文化庁長官であった河合隼雄氏(故人)が、その著作集の中で述べていることです。
「東洋の宗教や哲学においては、『真の自己』という考え方がある。これは私流に言えば、日常意識ではなく、深層意識によって把握された自分ということになろうが、それを到達可能な一点として理解し、それを完成した個人の存在を安易に設定すると問題が生じてくるように思う。
 それが到達可能と思うことによって、それに至る『段階』が考えられ、それが日常意識と結びつくと、宗教的世界にまったく日常的な階級が出現してきたりする、あるいは、極めて強力な『最高位』の人間が出てきたりもする。
 ここで問題をますます難しくするのは、その『最高位』の人は絶対に正しいということになり、議論が不可能となる点にある。中心としての『自己』イメージを実存する人間や組織に投影すると、人間は『文句なし』に何かに盲従してしまうことになる。
 日本人は戦争中にそのようなことを経験したにもかかわらず、現在でもまだまだその傾向を保持しているのではないだろうか。」

(『現代人の宗教性』と題した一文から一部引用)
 この本の出版は1994年であり、地下鉄サリン事件より前です。おそらく、河合氏は、まだオウムのことは知らなかったと思います。題名である「現代人の宗教性」からして、現代の日本社会全般の精神的な傾向について述べたものだと思います。

 しかし、この前半部分は、まるでオウム真理教そのものです。
「東洋の宗教や哲学においては、『真の自己』という考え方がある」
 →オウムで説かれたヨーガで説かれる真我、最終解脱の状態。

「それを到達可能な一点として理解し、それを完成した個人の存在を安易に設定すると問題が生じてくるように思う。」
 →最終解脱者として完成した個人として麻原を安易に設定した

「それが到達可能と思うことによって、それに至る『段階』が考えられ、それが日常意識と結びつくと、宗教的世界にまったく日常的な階級が出現してきたりする、あるいは、極めて強力な『最高位』の人間が出てきたりもする。」
 →オウム真理教では、修行にステージ=段階を設定し、最高位に麻原を置いた

「ここで問題をますます難しくするのは、その『最高位』の人は絶対に正しいということになり、議論が不可能となる点にある。中心としての『自己』イメージを実存する人間や組織に投影すると、人間は『文句なし』に何かに盲従してしまうことになる。」
 →まさにオウムの問題。

 そして、河合氏は、最後に、「日本人は戦争中にそのようなことを経験したにもかかわらず、現在でもまだまだその傾向を保持しているのではないだろうか。」と述べて、日本人が、戦争中に経験した精神的・宗教的な傾向を払拭できていない、としています。

 ひかりの輪でも、オウム真理教を乗り越える上で、この問題にぶつかり、結論として、「人を神としない」という原理・原則を掲げました。人は不完全であって、神ではなく、それゆえに、他から学ぶことは重要だが、絶対視せずに学ぶ、という方針です。

 この意味で、昭和天皇がなされた「人間宣言」は非常に重要な価値を持っていると思います。日本神道の教義が厳密にどうなのかはわかりませんが、大日本帝国の国家神道の思想の中では、天皇は「現人神」、すなわち、生きた神とされましたが、昭和天皇は、架空のものとして、それを否定したのでした。

 ところが、戦後社会の多くの日本人にとっては、昭和天皇の「人間宣言」が、素晴らしい叡智であって、宗教思想的にも重要な進化につながるものとしてではなく、アメリカGHQ統治下によって、強いられた政治的なものであり、自分たちの誇りとしてきた神聖なものが傷つけられた、と受け止められた面があるのではないでしょうか。

 しかし、人を神とした体制であったオウムを経験し、それを脱会して、ひかりの輪を創造してきた私たちには、昭和天皇の人間宣言は、アメリカの政治的な圧力の産物であろうとなかろうと、人類史上最も長く続いてきた王制の長である日本の天皇が、人は人であって神ではない、という、当然ながらも、非常に重要な事実を確認したものであって、たとえば、人類が繰り返してきた多く宗教思想の絡んだ紛争の根本原因を解決するために役立つ、普遍的で重大な価値を有する叡智だ、と感じます。

 その意味で、日本社会が大日本帝国の残像を本当の意味で払拭するためには、この天皇の「人間宣言」が、当時の政治的・世俗的な目的に合致した行為として肯定するだけではなく、宗教的な紛争に苦しんできた人類にとって、その根本原因の解決に関係する、重要な叡智として、積極的に受け止めるべきことではないか、と思います。

 なお、誤解がないようにしておきたいと思いますが、ひかりの輪では、すべての人々、生き物を神の現れとして尊重する、ということと、特定の人を神としない、という双方の教えを説いていますが、これはまったく矛盾しません。
 
 後者の特定の人を神としないということは、河合氏が言うように、特定の人物を絶対視し、その人に盲従することをしない、という意味です。

 一方、前者のすべての人々を神の現われと見る、という教えは、いろいろな側面がありますが、その一つは、大乗仏教が説く仏性の思想のように、すべての人々は未来において仏陀になる可能性がある、というものであり、たとえば、すべての人々は何かしらの良いところがあって、それは、その人の中の潜在的な神仏の性質の現れである、と見ることです。すなわち、だれかを今現在の仏陀=完成者・絶対者と見ることではありません。

 また、別の側面では、他人の良いところは、自分の見本として、悪いところは自分の反面教師とすることで、すべての人々の善悪から学ぶならば、すべての人々が神仏の与えた自分の導き手と解釈することができる、という意味であり、これも、何人も絶対視する思想ではありません。

 まとめれば、いかなる人物も絶対視せずに、すべての人物を神仏と結びつけつつ尊重していく、というのが、ひかりの輪が、21世紀に向けて提唱する、宗教・思想上の改革と言うことができると思います。


■自分はだまされていたという心理状態が過去の払拭を妨げる

 次に、日本人の戦争責任に関する意識の問題を考えてみたいと思います。日本人にとって、敗北に終わり、間違った侵略戦争とされている、第二次世界大戦は大きな傷であり、心理学的に言えば、「自分たちの見たくない問題点=暗部」となっています。よって、その戦争に対してだれが責任があったのか、という問題は、さらに触れたくない「暗部」です。

 もし、戦争に対する真の反省があれば、大日本帝国の要素は断ち切れていき、その結果、安直なリベンジ願望は存在し得ないでしょう。しかし、実際には、日本人は第二次世界大戦に対して、どのような感情をもっているのでしょうか。

 多くの若者たちが、お国のためと死んでいったことの悲劇、広島・長崎に原爆が落とされたことの悲劇、悲惨さについて、毎年記念日が繰り返され、二度と起こさないようにすべきである、という主張は、よく聞かれます。

 しかし、自分たちが「加害者」としての議論は、あまり聞かれません。その背景を研究してみると、一般国民は被害者である、だまされていたのだ、という感情が働いているようです。少なくとも、国内では、一般国民は「被害者」だ、という印象を受けることばかりが聞かれるように思います。

 しかし、問題が、オウムのことになると、日本社会は、オウムの信者も麻原にだまされていた被害者である、というよりは、麻原に加担した加害者側に置く傾向が多い、と思います。同じように、日本社会を外部から見ている周辺諸国の人たちは、日本の一般国民を「被害者」だとは見ていないように思います。

 こうしてみると、戦争に対する日本の一般国民も、事件に対する一般のオウム信者も、自分たちの被害に焦点を当て、自分たちの加害行為の部分は、なるべく見ないようにしたい、という心理が自ずとはたらいているようにも思えます。そこは、触れたくない部分なのではないでしょうか。見たくない「暗部」なのではないかと思います。

 しかし、この自分はだまされていたという考え方は、過去の問題の払拭を妨げているのではないか、という視点があります。以下は、伊丹万作という戦前の有名な映画監督が戦後、「戦争責任者の問題」という一文として、雑誌に載せたものです。先ほど述べたように、戦後の日本社会だけでなく、事件発覚以後のオウムの信者や脱会した元信者にも、当てはまる論点だと思います。
「さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知っている範囲ではおれがだましたのだといった人間はまだ一人もいない。
 ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなってくる。多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はっきりしていると思っているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。
 たとえば、民間のものは軍や官にだまされたと思っているが、軍や官の中へはいればみな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほうへ行けば、さらにもっと上のほうからだまされたというにきまっている。
 すると、最後にはたった一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かったにちがいないのである。
 しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なく繰り返していたので、つまり日本人全体が夢中になって互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。
 このことは、戦争中の末端行政の現われ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といったような民間の組織がいかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである。
 たとえば、最も手近な服装の問題にしても、ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないようなこっけいなことにしてしまったのは、政府でも官庁でもなく、むしろ国民自身だったのである。中略)
 少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇ってくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といったように、我々が日常的な生活を営む上において嫌でも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であったということはいったい何を意味するのであろうか。
 いうまでもなく、これは無計画な癲狂戦争の必然の結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きていけない状態に追い込まれてしまったためにほかならぬのである。そして、もしも諸君がこの見解の正しさを承認するならば、同じ戦争の間、ほとんど全部の国民が相互にだまし合わなければ生きていけなかった事実をも、等しく承認されるにちがいないと思う。
 しかし、それにもかかわらず、諸君は、依然として自分だけは人をだまさなかったと信じているのではないかと思う。
 そこで私は、試みに諸君にきいてみたい。「諸君は戦争中、ただの一度も自分の子にうそをつかなかったか」と。たとえ、はっきりうそを意識しないまでも、戦争中、一度もまちがったことを我子に教えなかったといいきれる親がはたしているだろうか。
 いたいけな子供たちは何も言いはしないが、もしも彼らが批判の眼を持っていたとしたら、彼らから見た世の大人たちは、一人残らず戦争責任者に見えるにちがいないのである。
 もしも我々が、真に良心的に、かつ厳粛に考えるならば、戦争責任とは、そういうものであろうと思う。
 しかし、このような考え方は戦争中にだました人間の範囲を思考の中で実際の必要以上に拡張しすぎているのではないかという疑いが起る。ここで私はその疑いを解くかわりに、だました人間の範囲を最小限にみつもったらどういう結果になるかを考えてみたい。
 もちろんその場合は、ごく少数の人間のために、非常に多数の人間がだまされていたことになるわけであるが、はたしてそれによってだまされたものの責任が解消するであろうか。
 だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえ言えば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
 しかも、だまされたものが必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。
 だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からもくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持っている。 これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばっていいこととは、されていないのである。
(中略)
 また、もう一つの別の見方から考えると、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかったとしたら今度のような戦争は成り立たなかったにちがいないのである。
 つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。
 そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。(中略)
 そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。(中略)
 我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣に反省しなかったならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。
 「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人人の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。
 「だまされていた」といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによってだまされ始めているにちがいないのである。
 一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。」
 こうして、伊丹氏は、「「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人人の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。「だまされていた」といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによってだまされ始めているにちがいないのである。」という懸念を抱いていました。

 そして、この伊丹氏の懸念は、戦後からちょうど半世紀、50年後に、オウム真理教という問題で、現実のものとなってしまったとは考えられないでしょうか。いや、よくオウムと比較される連合赤軍などの事例も、共産主義思想の絶対性を安直に信じて(ないしはだまされて)、さまざまな悲惨な事件を起こしたケースとしては、同様だったかもしれません。

 また、伊丹氏が、「この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。」という指摘は、非常に重要なものだと思います。

 よって、ひかりの輪では、だました側とされがちな麻原を憎むのではなく、信じた自分たち側の問題点を十分に掘り下げることによって、自分たちを改革・進化させて、新しい思想・宗教を創造しようと考えています。

 実際に、だまされたとして、麻原を単純に憎んだとしても、信じた自分たちの問題が解決するわけではなく、同じ間違いを犯さない人間になることができる保証はありません。また、宗教団体としても、何の本質的な進歩もありません。

 そして、オウムの事件に関わらなかった信者たちも、この文章を読むことはたいへん有益であると思います。自分たちの事件の責任を考える場合、麻原を「キリスト」として認めた弟子たちの責任は避けられませんが、事件後、オウムを脱会した在家・出家の信者の中には、単に「だまされた」といって辞めていき、今でもそうである人が、非常に多くいると思います。

 これは、戦後の国民の様子を見ていて、伊丹万作氏が書いた文章ですから、それが、オウムの元・現信者にも通じる内容であるということは、少なくとも、この点において、戦後の日本社会と、その後のオウム信者に類似点がある、ということができるのではないでしょうか。

 この文章を読むと、当時の国民は責任を感じていなかったことがわかります。責任を感じなければ、反省もしないでしょう。そこにあるのは、被害者としての自分でしかなく、その被害の原因であるアメリカというものに、潜在意識において「復讐感情」を持っていたとしても不思議はありません。そして、その潜在意識が現れたものとして、オウム教団というものが生じてしまった側面があるのではないでしょうか。


■日本社会の一部とオウムに見られる陰謀論・謀略説の残存について

 私たちが脱会したオウム・アーレフ教団の中には、今でも、教団の一連の事件に対する関与を認めない人たちがいて、その中には、全体から見れば多くはありませんが、教団は陥れられたという「陰謀論」を説いている人たちがいます。

 そして、同じように、日本の中にも、「日本は謀略によって戦争に巻き込まれたものであり、自衛のための戦争であった」と主張している、かなり大きな団体があることは、よく知られています。
 
 彼らは、1994年に、時の首相・細川護熙が訪中した際、過去に行った侵略戦争に対する謝罪表明に反発し、新聞に意見広告を掲載したり、小冊子を配布したりして、謀略説を主張しました。国内すべての都道府県に地方本部を置いており、公称会員数は120万人などと言われています。

 しかし、こういった自分の暗部を見ない姿勢を続けていると、その暗部が継続するために、同じ過ちを犯す可能性が増大することが心配です。


■敗戦前後の日本人とオウムに共通する無思考状態

 もう一つ、当時の日本とオウムの類似性がわかるものを引用します。『敗戦前後の日本人』という本の中で著者の保阪正康氏は、昭和10年代の日本社会のゆがみをこのように表現しています。
「(当時の日本人は)現実を見ない、客観的な分析に関心をもたない、精神力ですべてが成る、という。現実に存在しているものはすべて意思の力でどうにでも改変できると考えている。相対化してみるという姿勢を軽侮し、その姿勢は日本精神に反しているといいだす。自己陶酔にふけっている限りにおいて、それはそれなりに心理的充足感を生む。快感も得られる。都合の悪いことはすべて忘れることができる。自分を批判する者は、つねに「悪」であり、「善」はいつも自分の側にあると考えて譲らない。」
「例によって、(国民を)騙されていたい、酔っていたい、そして考えることを放棄したい、というもっとも安易な精神状況にひきずりこむ・・・」
 保坂氏が昭和10年代の日本人に見たこれらの現象は、先の伊丹万作氏の文章とまったく同じように、オウム・アーレフにも、非常によく当てはまることでした。それは、95年までもそうですし、私たち、現在ひかりの輪のメンバーが、オウム・アーレフを脱会するきっかけとなった、教団の分裂の際にも顕著な現象でした。

 そして、保阪氏はこう書いています。
「昭和10年代の日本社会の歪みは、われわれの国の文化的特質としての宿痾なのか、それとも一時的な現象なのかということについて考えなければならない。」
と。

 こうして保坂氏が心配し、また、伊丹氏が心配したように、大日本帝国時代の日本人と、オウム信者は、時代を超えて、どこかでつながっているのだと思います。それは、オウムが、日本社会にとっての突然変異体ではなく、まさにその内部から生み出されたものであることを現しているのではないでしょうか。

 よく、歴史は繰り返すと言います。過去と現在、未来が「輪」のようにつながっている。それを理解してこそ、同じ問題が繰り返される、「輪」から抜け出すことができるのではないでしょうか。

 私たちは、元オウム信者として、一連の事件を含めて、真剣に、オウムの反省をなし、生まれ変わっていきたいと思います。そして、その原因を真剣に探求する中で、単にオウムに入信した後の自分ではなく、入信する前の日本人としての自分の中にも、その後にオウムに加担してしまった要素を見いださざるを得ません。

 仮に、オウムが、現代の日本社会によみがえった、大日本帝国の亡霊として、日本の過去の問題を繰り返した存在だったとしても、私たちが少しでも免罪されることは、毛頭あり得ません。私たちが望むのは、二度とあのような事件が繰り返されないための十分な原因の分析と解決策の適用に他なりません。

 今後とも、一連の被害者遺族の方々への賠償などを継続して罪を償うとともに、このような視点から、同じような原因による同じような過ちが、次世代によって繰り返されないように、生涯をかけて、努力していきたいと思います。

 では、次に、オウムが日本社会の暗部を投影したと思われるだけでなく、オウムにとっても、オウムが「悪」として否定した日本社会が、その暗部の投影だった、と思われることを述べたい、と思います。
 
 そして、それを考察するにあたっては、教祖である麻原および、その弟子の人格分析をしていくことが必要と思われます。

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