上祐史浩個人の総括

1.オウム真理教の違法行為・ヴァジラヤーナ活動について(1984~1995)

【9】1995年 ロシアから帰国した後から、自らの逮捕まで

 最後に、私が帰国して以来、自分が何を一の時点で知るなどして、広報活動などを行ったかについて、まとめておきたいと思います。

 私は、ロシアにいたときに、地下鉄サリン事件の様子がテレビ報道されるのを見ましたが、その時に、ロシアに来ていた早川が、「これは教団がやったのだろう」と言っていました。その後、私は、麻原と電話で話し、広報活動のために至急日本に戻ることになりました。

 戻った後は、上九一色村の教団施設で、麻原から改めて広報活動をするように指示を受けた後、村井幹部等と、教団のサリン事件に対する関与を否定するために、いろいろ打ち合わせをし、テレビなどに出演することを繰り返しました。

 私の記憶によれば、村井氏が直接的に私に、教団がサリン事件に関与したと明言したことはなかったと思いますが、サリンプラントである第7サティアンの施設をサリンではなく農薬プラントであるなどとして、事実を覆い隠そうとしていたわけですから、明らかに、教団が事件に関与していると思わせる状況の中に、私はいました。

 また、早川が、警察情報として、サリン事件に使われたビニールと同じものが、警察の強制捜査で教団施設内で押収された、という情報を入手し、村井幹部に対して「きちんと片付けていなかったのではないか」と問い詰め、それに対して、村井幹部が「片付けたはずだ(ないしは、片付けるように指示した)」などと答える場面にも同席していました。

 それから、村井が刺殺された後に、麻原は、「サリン事件は教団が悪いことをやった。今回(の村井の刺殺)は社会が悪いことをやった」と私に語ったことがあり、今から思うと、これが、麻原が教団のサリン事件の関与を明言した機会でしたが、その時までに、私は、教団の関与を推察する多くの事実を見聞きしていましたから、これについては、衝撃なく受け止めていました。

 こうして私は、広報活動において自覚的に事実に反する主張をしていましたが、それは、麻原・教団への帰依に基づいて、麻原・教団を守るためのものでした。

 なお、よく言われることとして、村井刺殺事件は教団によるものではないか、という点については、私には全く分かりませんが、麻原が私に話したことは、上記の通り「サリン事件と違って、教団ではなく社会がやった」ということでした。ただし、警察当局が、教団が関与した可能性も疑って捜査していたことも、同時に承知しています。

 また、国松長官狙撃事件も、麻原が私に個人的に話したことは、「あれは教団じゃないからね」ということでした。これについても、警察当局が教団関与の疑いを持って、近年関係者を逮捕したこと、および結果として不起訴になったことも、同時に承知しています。

 それから、麻原が逮捕される前後は、その逮捕を阻止するために、サリン事件以外にも、都庁爆弾事件や新宿青酸ガス事件といった、テロ活動が指示された、とされていますが、これについては、私は関与していないだけでなく、事前に知ることさえありませんでした。

 今思うと、村井が、時に、私と広報活動への対策を練っている中で、「指示してこなければならないことがある」と言って、どこかに出かけることがありましたが、それが、こういったテロ事件に関係していることかもしれません。

 自分が広報活動をしているにもかかわらず、問題を逆に大きくしていくような行為を教団が別のところで行っていたわけですが、これは、坂本弁護士事件の前に、私が広報活動を行なっていたときと、状況が似ていると思います。

 そして、私は、麻原が逮捕された後になりますが、石井久子などの幹部から、麻原が逮捕される直前には、「逮捕されたら奪還せよ」などといった、過激な指示があったことを聞きました。

 それもあって、私は、逮捕後の麻原と弁護士を通じて連絡を取り、「このまま、逃亡者や破壊活動が続くと、破防法が適用されるなどして教団がつぶれる」ということを伝えると、麻原は「破壊活動はしないように」という指示を出してきました。同時に、逃亡者に対しても、出頭するようにメッセージを出すこととなりました。

 そこで、私は、この麻原の指示・メッセージを公に発表すると共に、当時はまだ連絡が付く人たちもいたので、逃亡者に直接伝えるようにも指示しました。ただし、警察の追求を逃れんとする逃亡者は、既に散り散りバラバラの面があったと思いますので、全ての逃亡者に伝わったかを自ら確認はできませんでした。当時の自分の認識では、マスコミを通した公のメッセージもあり、その後は実際にテロ事件も発生しなかったので、大丈夫だろうと思っていました。

 なお、依然として、逮捕されずに逃亡している信者がいますが、教団と彼らが連絡が可能だったのは、麻原が逮捕された95年半ばくらいまでで、私の知る限りにおいては、その後の消息は教団側からは全く分かりません。

 最後に、以前お話ししましたが、この年の10月に私自身が、国土法違反事件の裁判に関する偽造・偽証の罪で逮捕され、その後に有罪判決を受けて、1999年の12月に出所するまで拘留されることになりました。

 以上をもって、とりあえず、私が旧教団オウム真理教で体験したヴァジラヤーナの違法活動に関する説明を終えたいと思います。

以 上

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