上祐史浩個人の総括

2.教団復帰からアレフ脱会までの経緯について(1999~2007)

『教団復帰からアレフ脱会までの経緯について(1999~2007)』目次

【1】出所からアーレフ体制の発足まで(1999~2002)
・出所するまでの教団の状態
・アーレフ体制の発足
・アーレフ体制の表裏1:事件と謝罪・賠償
・アーレフ体制の表裏2:麻原の位置づけ
・アーレフ体制の表裏3:危険な教義の否定

【2】被害者賠償契約と教団の立て直し(2000~2001)
・被害者賠償契約の締結
・2001年までの教団の立て直し

【3】新たな宗教観の芽生え(2002年の代表就任~2002年秋まで)
・独自の宗教的な体験・思想の始まり、2002年6月
・2002年7月、続く印象深い虹の体験
・後から知った、インドの聖者ヴィヴェーカーナンダの教えについて
・アメリカ合衆国の独立に共鳴する
・2002年秋、宗教的な体験が続く
・宗教家が自己の体験を過大視する問題について

【4】教団改革の試みまで(2002年秋~2003年)
・さらに続くシンクロニシティの体験、乗鞍連峰の大黒柱
・神柱の如き、富士山での虹の体験
・諏訪の御柱、教団と日本の信仰文化が融合し始める
・十和田のストーンサークル
・インドの聖者にまつわるシンクロ体験
・宗教家が語る前生の問題について
・2003年、教団の改革の試みを始める
・事件の明確な否定と、微妙に変化した麻原の位置づけ
・一連の事件の関与を明確に認める

【5】改革等に対する反対で教団活動を停止した時期(2003年後半~2004年末まで)
・松本家の反対で、教団改革が停止される
・松本家と反上祐派の圧力について
・信仰と疑念のセットについて
・信仰と疑念、信者と非信者の分裂を超えた、21世紀の宗教・思想へ
・反上祐派の人たちの危険性の実態
・状況の変化と精神的な問題が心配
・あまり知られていない反上祐派の側面
・自分と同様に、彼らが変わること信じて
・事実は事実として
・反上祐派の批判や圧力の実態
・他者を「魔境・悪魔」と呼ぶ心の奥にあるもの

【6】葛藤・模索しつつ、代表派(上祐派)の形成へ(2003年末~2004年末まで)
・低迷する教団と元教祖の死刑判決を見て
・元教祖の最後の予言の不成就
・予言を信じる信者の心理について
・絶対視・過大視した背景要因
・元教祖の予言は、逆成就する皮肉
・予言の逆成就から学んだこと
・オウム信者を生んだ社会的な背景と、未来への懸念
・予言自体ではなく、予言ブームの存在に注目するべきでは
・従来の宗教の持つ無責任・甘えの問題を超えて
・元教祖の影響を払拭できず、精神的な葛藤が続く
・最高幹部らの変化で、教団活動に復帰する。
・反対の中で、教団活動に復帰し、代表派(上祐派)を形成する

【7】代表派(上祐派)の形成と、自立のための内的な闘い(2004年末~2005年末まで)
・代表派(上祐派)の形成と反上祐派の反発
・反上祐派幹部の過激発言の背景心理
・在家信徒に広がる代表派と、事件を陰謀とする反代表派の集会
・一歩一歩、増えていった代表派の活動拠点
・宗教的な見解の変化について
・一元論の思想について
・一元論的な思想がもたらした新たな見解
・神社仏閣・聖地を訪問し始める
・他の聖者の思想から学ぶ
・麻原の初期の頃の教えを見る

【8】独自の宗教性の探求と、新団体構想の発表(2006年の初めから夏まで)
・和をもって尊しとなす
・弥勒菩薩像との出会い
・神聖な象徴物という概念について
・弥勒菩薩像の前で感じたこと
・オウム信者の「霊的なエネルギー」という概念について
・霊的な体験と人格の違い
・オウムの霊的な体験は仮の体験であったと思われること
・オウム以上の霊的な体験がなかった信者達
・弥勒菩薩像の体験後に残った迷い
・二つのマイトレーヤ
・真の救済、真の智恵と力とは
・世界中の善悪二元論と武力行使への偏り
・真に必要な力とは何かを考える
・失敗から成功に至ること
・一元的な世界観によって、ついに迷いが晴れる
・反代表派の中の大きな変化が始まる
・反代表派が代表派を切り離し始める
・代表派の新団体の構想
・教団と松本家の関係について
・代表派の新しいセミナー
・密教の聖音法具について
・聖音水の誕生
・夏のセミナーで、聖地巡礼を行なう
・聖地での虹のシンクロ現象

【9】テレビ出演、アーレフの脱会、新団体の設立へ(2006年の秋~2007年まで)
・新団体の設立を公言する
・麻原への依存からの脱却の為の葛藤
・麻原の教材の一切の破棄へ
・年末年始のセミナー
・新団体の象徴仏:釈迦、弥勒、観音
・2007年3月アーレフを脱会、そして新団体の設立

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