動画・イベントレポート
12/13上祐史浩・鳥肌実ゲスト出演の「プチ鹿島・居島一平の思わず聞いてしまいました!!4」イベントレポート
2010年12月19日
13日に、新宿・ロフトプラスワンにて上祐代表出演のトークライブが行われました。
7月のネイキッドロフトでのトークライブ前半 後半 が好評だったためか注目度が高く、すでに前売り券は完売されていました。

開演1時間半前には、すでに当日券を求める方の長蛇の列ができていました。上祐代表が到着した19時頃には、会場はほとんど満席状態に見えましたが、さら
に50人もの方が来られたようで、結果、約170名前後のお客さんが来られて、大入り満員でした。これだけ入るのも珍しいことだそうです。

テーブル席はわずかで、あとは椅子がずらっと並んでいます。たくさんのお客さまが見込まれる時はテーブルを少なくして席を増やしているとのこと。
楽屋では司会のプチ鹿島さんと居島一平さんが控えていらっしゃり、簡単な打ち合わせ。ここのトークライブは打ち合わせはあってないようなもので、臨機応変と話し手の自由裁量で「何でもあり」なのだそうです(広末氏弁)。
さて、時間になると司会のお笑い芸人のプチ鹿島さん、自称「歴史軍人芸人」の居島一平さんが元気よく登場。芸人さんだけあって、最初から皆さんの笑いをさそう軽快なトークです。

そこに上祐代表が登場です。


メイン司会のプチ鹿島さんは、事前に
ひかりの輪の団体総括文や
上祐代表の総括文、
初出版の総括本 などをよく読み込んで勉強してきて下さったようで、上祐代表との間で適確な質疑を繰り返してくださいました。
さすがお笑い芸人らしく、ところどころで軽妙なお笑いを誘う一方で、きちんと話すべきところは話せるよう進行を導いてくださり、さすがにプロの仕事ぶりだと脱帽させられました。


テンポの良い進行のおかげで、会場のみなさんも、たいへん熱心に聞き入ってくださっているのが印象的でした。

そういうわけで、オウムの総括全般について上祐代表から話をさせていただくことができました。
あっという間に1時間半が過ぎて、第一部は終了。軽く休憩をはさんで、鳥肌実さん登場の第二部です。
この第一部だけは、ユーストリームなどでネット生中継され、今でも以下の動画で見ることができます。詳しくは動画をご覧下さい。
続く第二部は、右翼演説風のお笑いを芸とする、あの鳥肌実(とりはだ・みのる)さんが参加です。
楽屋では鳥肌実さんと上祐代表の初顔合わせが。
鳥肌さんは、たいへん丁寧な物腰の方で、カリスマオーラというのでしょうか、たいへん独特のオーラをはなっていらっしゃいました。
* * *
さて、いよいよ第二部で、鳥肌さんの登場。鳥肌さんと居島さんは右よりバッターとのことで、最初は北島三郎さんの君が代?斉唱を聞いてからお話になりました。
「歴史軍人芸人」居島さんと鳥肌さんの世情を切る過激なトーク(二部は中継なしという理由がわかりました)。鳥肌さんらしく北朝鮮や尖閣などのホットな政
治的な問題がテーマになりましたが、上祐代表は、そういった政治問題対して、いかに精神的に対応していくかという点で話していたのが興味深かったと思いま
す。

さすがに、鳥肌さんや居島さんが超右寄りぶっ飛び過激発言を続けていらっしゃいましたので、第二部は放送禁止――というかネット中継されなかったのもわか
る気もしますが、ここでもメイン司会のプチ鹿島さんが、うまく切り盛りをしてくださり、お互いの考えを円満(?)に話すことができました。時折、鳥肌さん
が立ち上がったりと暴走し(笑)、上祐代表も楽しい(困惑)表情もみられました(笑)

後半は、上祐代表と鳥肌さんのトークの後は、鳥肌さんの独壇場だったはずですが、最後まで上祐代表も参加の4人のトークとなり、22時頃にライブは無事終了しました。
後で聞いたところ、実は鳥肌さんはかなり緊張していらしたとか。楽屋ではお疲れさまの記念写真を撮らせていただきました。カメラを向けると一瞬で表情を作られるところは、さすが芸人さんです。

客席の方の熱心な様子から、事件から15年経ってなお、まだまだ知らない、わからない、知られていないことがたくさんあり、私たちのような関係者でない方は、真相と本音が知りたいと思っていらっしゃるのだなと感じさせられました。
今回は時間が短かかったこともあり、もっと聞きたかったという声も上がり、ロフト側より今回の上祐代表のトークショーも好評だったので、もしよければ近日中に再度上祐代表に出演してほしいとの依頼がありました。
オウムの問題は、相当に団体の中枢にいなければわからないことも多いので、ひかりの輪の総括が、こういった形でお話させていただけることに感謝しています。
企画してくださった方々、関係するすべての方々に心から感謝いたします。
※出演者:居島一平さん、プチ鹿島さんのブログでの今回のレポートがアップされていましたのでリンクしておきます。
12/13上祐史浩・鳥肌実ゲスト出演の「プチ鹿島・居島一平の思わず聞いてしまいました!!4」イベントレポート
2010年12月19日
13日に、新宿・ロフトプラスワンにて上祐代表出演のトークライブが行われました。
7月のネイキッドロフトでのトークライブ前半 後半 が好評だったためか注目度が高く、すでに前売り券は完売されていました。

開演1時間半前には、すでに当日券を求める方の長蛇の列ができていました。上祐代表が到着した19時頃には、会場はほとんど満席状態に見えましたが、さら
に50人もの方が来られたようで、結果、約170名前後のお客さんが来られて、大入り満員でした。これだけ入るのも珍しいことだそうです。

テーブル席はわずかで、あとは椅子がずらっと並んでいます。たくさんのお客さまが見込まれる時はテーブルを少なくして席を増やしているとのこと。
楽屋では司会のプチ鹿島さんと居島一平さんが控えていらっしゃり、簡単な打ち合わせ。ここのトークライブは打ち合わせはあってないようなもので、臨機応変と話し手の自由裁量で「何でもあり」なのだそうです(広末氏弁)。
さて、時間になると司会のお笑い芸人のプチ鹿島さん、自称「歴史軍人芸人」の居島一平さんが元気よく登場。芸人さんだけあって、最初から皆さんの笑いをさそう軽快なトークです。

そこに上祐代表が登場です。


メイン司会のプチ鹿島さんは、事前に
ひかりの輪の団体総括文や
上祐代表の総括文、
初出版の総括本 などをよく読み込んで勉強してきて下さったようで、上祐代表との間で適確な質疑を繰り返してくださいました。
さすがお笑い芸人らしく、ところどころで軽妙なお笑いを誘う一方で、きちんと話すべきところは話せるよう進行を導いてくださり、さすがにプロの仕事ぶりだと脱帽させられました。


テンポの良い進行のおかげで、会場のみなさんも、たいへん熱心に聞き入ってくださっているのが印象的でした。

そういうわけで、オウムの総括全般について上祐代表から話をさせていただくことができました。
あっという間に1時間半が過ぎて、第一部は終了。軽く休憩をはさんで、鳥肌実さん登場の第二部です。
この第一部だけは、ユーストリームなどでネット生中継され、今でも以下の動画で見ることができます。詳しくは動画をご覧下さい。
続く第二部は、右翼演説風のお笑いを芸とする、あの鳥肌実(とりはだ・みのる)さんが参加です。
楽屋では鳥肌実さんと上祐代表の初顔合わせが。
鳥肌さんは、たいへん丁寧な物腰の方で、カリスマオーラというのでしょうか、たいへん独特のオーラをはなっていらっしゃいました。
* * *
さて、いよいよ第二部で、鳥肌さんの登場。鳥肌さんと居島さんは右よりバッターとのことで、最初は北島三郎さんの君が代?斉唱を聞いてからお話になりました。
「歴史軍人芸人」居島さんと鳥肌さんの世情を切る過激なトーク(二部は中継なしという理由がわかりました)。鳥肌さんらしく北朝鮮や尖閣などのホットな政
治的な問題がテーマになりましたが、上祐代表は、そういった政治問題対して、いかに精神的に対応していくかという点で話していたのが興味深かったと思いま
す。

さすがに、鳥肌さんや居島さんが超右寄りぶっ飛び過激発言を続けていらっしゃいましたので、第二部は放送禁止――というかネット中継されなかったのもわか
る気もしますが、ここでもメイン司会のプチ鹿島さんが、うまく切り盛りをしてくださり、お互いの考えを円満(?)に話すことができました。時折、鳥肌さん
が立ち上がったりと暴走し(笑)、上祐代表も楽しい(困惑)表情もみられました(笑)

後半は、上祐代表と鳥肌さんのトークの後は、鳥肌さんの独壇場だったはずですが、最後まで上祐代表も参加の4人のトークとなり、22時頃にライブは無事終了しました。
後で聞いたところ、実は鳥肌さんはかなり緊張していらしたとか。楽屋ではお疲れさまの記念写真を撮らせていただきました。カメラを向けると一瞬で表情を作られるところは、さすが芸人さんです。

客席の方の熱心な様子から、事件から15年経ってなお、まだまだ知らない、わからない、知られていないことがたくさんあり、私たちのような関係者でない方は、真相と本音が知りたいと思っていらっしゃるのだなと感じさせられました。
今回は時間が短かかったこともあり、もっと聞きたかったという声も上がり、ロフト側より今回の上祐代表のトークショーも好評だったので、もしよければ近日中に再度上祐代表に出演してほしいとの依頼がありました。
オウムの問題は、相当に団体の中枢にいなければわからないことも多いので、ひかりの輪の総括が、こういった形でお話させていただけることに感謝しています。
企画してくださった方々、関係するすべての方々に心から感謝いたします。
※出演者:居島一平さん、プチ鹿島さんのブログでの今回のレポートがアップされていましたのでリンクしておきます。
動画・イベントレポート
【動画】「プチ鹿島・居島一平の思わず聞いてしまいました!!4 上祐史浩にとことん聞いてみよう!(ロフトチャンネル2010/12/13)
2010年12月19日
2010年12月13日、ロフトプラスワンのトークショーに上祐史浩がゲスト出演した
「プチ鹿島・居島一平の思わず聞いてしまいました!!4
上祐史浩にとことん聞いてみよう!」
のアーカイブが、ロフトチャンネルでご覧いただけます。
大物文化人をお迎えし「耳年増」プチ鹿島と、「歴史軍人芸人」居島一平がとことん聞いてしまうザ・トークショー第四弾。上祐史浩が、オウムの総括について語っています。
イベントの写真レポートはこちら
動画・イベントレポート
メディア掲載(2010年)
上祐氏が語る「刺殺の動機」と「麻原の正体」(『FRIDAY(フライデー)』2010年12月3日号)
2010年12月03日
オウム真理教・村井刺殺事件(95年4月23日発生)
上祐氏が語る「刺殺の動機」と「麻原の正体」阪神・淡路大震災から約2ヶ月後の95年3月20日。東京で地下鉄サリン事件が発生した。直後に警視庁が麻原彰晃(55)を教祖とするオウム真理教の強制捜査に着手。メディアは連日、オウムを取材し、東京・南青山の教団本部前にも取材陣が24時間態勢で張り付いた。
サ
リン事件から約1ヶ月後の4月23日、取材陣の前で再び衝撃の事件が起きた。サリン製造の中心人物だった教団幹部・村井秀夫(当時36)が、暴力団の準構
成員のA(当時23)に刺殺されたのだ。13cmにもおよぶ右脇腹からは腸が飛び出し、腎臓と大動脈は完全に切断されていた。死因は出血性ショックによる
急性循環不全だった。
「テレビを見ていて犯行を思いついた」Aは逮捕直後にこう供述したが、公判前には「暴力団幹部Bの命令によるもの」と変転した。Bは「事件にまったく関係はない」と全面否認し、裁判で無罪判決を受けている。懲役12年の実景判決を受けたAもすでに刑期を終え出所している。
誰が何の目的で村井氏殺害を指示したのか、2人の供述からは明らかにされず、オウム事件の「謎」の一つである。
これまでに挙げられた説はいくつかある。覚せい剤取引などで関係の深かった暴力団が刺殺した口封じ説。村井氏が生きていれば第2、第3のサリン事件が起きる可能性があったために、当局が起こした謀略説などだ。

当時、教団幹部で、オウムの広報担当だった上祐史浩氏(47・現ひかりの輪代表)が語る。
「ど
の説も確たる証拠があるわけではないが、私はオウム真理教による自作自演説の可能性があると感じている。教祖だった麻原はサリン事件の3日後、このような
予言をしています。『神々が、この教団の弾圧は1ヶ月後に終わる(と言っている)』。この予言の1ヶ月後に刺殺事件が起きている。麻原の求心力は予言の的
中などで支えられていました。
予言を実現させるために事件が起きた可能性もあると思います。事実、この事件の直後、教団に同情する声も起き、弾圧もやわらぎましたから」
自作自演だとしたら、麻原はこの予言の時点ですでに村井氏をターゲットとしていたのか。それについては上祐氏は首をかしげる。
「実はこの予言後、4月に入って早川(紀代秀死刑囚)が、『村井が施設に残したビニール袋が強制捜査で発見され、サリン製造の証拠となった』と麻原に告げています。このことによって村井さんが狙われた可能性も考えられます」
上祐氏は07年に麻原の呪縛から脱却し、別教団「ひかりの輪」を設立した。
「麻原は人の心を読む感受性は強かった。いわば超能力のようなものは確かにあった。その頃の私は、ムーやトワイライト・ゾーンなど不思議なものへ憧れる気持ちがあり、惹かれていった。
しかし足が早い人が人格も優れているとは限らない、超能力も人格とは別。麻原は能力と人格が一致しない人物だったのです。麻原の根源は、逆恨みと被害妄想。弱視だった子供時代からの逆恨みを社会に広げた人物なのです。
私はサリン製造も知っていたし、教団がおかしいとは思っていた。しかし、批判できなかったのは、麻原に『ポア』されるのが恐ろしかったからです」
ハルマゲドンを説き、時代の暗部の寵児だった麻原影晃は、死刑判決を受けた現在、正気を失っている。
(麻原彰晃は「第3次世界大戦が起こる」「最終的には米国と戦争になる」などと予言。終末思想を説き若者の信者を獲得した。その予言を実現させるためにサリンなどを撒いて、社会を混乱に陥れた)

取材を受ける上祐代表
(講談社・『FRIDAY(フライデー)』(2010年12月3日号)より許可を受けて転載)