対談「ニッポン越境問答 第3回 鈴木邦男×広末晃敏」(『月刊紙の爆弾』鹿砦社2010年11月号)
2010年11月30日
ニッポン越境問答 鈴木邦男第3回 広末晃敏(元オウム真理教信者/ひかりの輪副代表)
今回のゲストは、元オウム真理教信者で現在は「ひかりの輪」副代表の広末さんです。対談の前にご説明しますと、かつてのオウム真理教は現在二つに分かれています。
「Aleph(アー レフ)」と「ひかりの輪」ですが、このうち、かつてのオウムの教義をそのまま引継ぎ、麻原影晃を頂点とし、一連の事件はオウムが起こしたものではなく、陰 謀である、と捉えているのがアーレフで、そうではなく、麻原も間違いを犯したのだと捉え、オウムを母体とした新たな教団が、上祐史浩を代表とするひかりの 輪。ざっくり言うと、これでいいですよね?
ひろすえあきとし 1969年生まれ。1989年、天皇崩御に際 し、あまりのショックからオウム真理教(現アーレフ)に入信、出家信者となる。当時から鈴木邦夫を愛読する右翼青年だったという。出家後は、主に広報部・ 出版部で「奉仕活動」を中心に活動。2007年、上祐史浩らとともに、アーレフを脱退、新教団「ひかりの輪」を設立。オウム事件の被害者救済・賠償支払い などに応じる。
広末 はい。加えて、事件の被害者賠償に応じているのもひかりの輪のほうです。
鈴木 ひかりの輪のホームページを見ると、広末さんの入信の経緯と、事件を経て現在に至るまでの出来事や心境の変化が載っているよね。これによれば、九九年、上祐さんが出所してくるまでの一時期は、広末さんもずっと、事件は陰謀だと考えていたということだけど・・・。
広末 そうです。ずっと陰謀だと思っていました。そもそもすべての殺生を禁じ、蚊も殺すなって教えているのに人間なんて殺すわけない。だから陰謀だとしか。
鈴木 だって、テレビとか新聞とか見たらおかしいって思うでしょ。
広末 出家しますとね、テレビとか新聞とかは一切見てはいけない、外部との接触も一切断ちます。もちろんおかしいと思う気持ちはありましたが、自分がいったん は、合理的に納得いくもの、良いものとして受けとめ、全幅の信頼を寄せた以上、たとえそれが今の自分に理解し難かったとしても、それは自分に理解力が足り ないからで、いずれわかる時が来るのだと考え、無理矢理自分を納得させていました。
鈴木 みんなそうだったのかしら?
広末 みんなではないです。ほとんどの人は教団から離れましたから。十人中、八、九人は離れたんじゃないかな。
鈴木 広末さんは離れなかったんだ。
広末 はい。教団が正しいのだと自分に言い聞かせて、麻原が説いていた一九九九年の世界終末を待っていました。でも九九年には特に何も起こらなくて、起きたのは 教団に対する新しい規正法(無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律)の制定、つまり、破局は世界にではなくて、教団に訪れたのでした(笑)。
鈴木 それで信仰が崩れた?
広末 加えて上祐が出所してきて、事件の真相を話しだしたんです。事件は麻原以下、オウムが引き起こしたものだと。そして皆の意識改革を始めたんです。意識改革 といっても、当時はまだそんなスゴイことじゃなくて、教団で麻原の本を読めなくさせたりして、個人崇拝色を払拭せたくらいですけど、これに激怒したのが麻 原の家族、松本一族でした。上祐を魔境と決めつけ許さず、幽閉して迫害しだしたんです。
鈴木 迫害?
広末 まあ、イジメですね。上祐だけでなく、上祐に与した者も同じようにイジメにあいました。それで私も気づいたんです、これはやはりおかしいと。考えの違う他者を迫害することのおかしさを。
鈴木 それでアーレフをでた。
広末 はい。上祐を代表として教団を作ることになりました。ひかりの輪です。

ホーリーネームは"文章によって解脱する者"
――ひかりの輪設立当事に聞いた女性信者の言葉が印象的でした。「みんな本当はうすうすはわかっている、でも自分を変えるのは面倒くさい。麻原が正しいって思ってこのまますごすほうが楽」。
広末 事件以後、教団を離れた人もいますが、仕事も何も捨てて多額の寄付をして出家した人や、家族と絶縁状態にある人、出家してもう何十年も立っちゃうと、戻るに戻れない。社会復帰も難しい。もうここで生きていくしかないというのがホンネという人もたくさんいました。
鈴木 新しいことをするより、そのまま流されているほうが楽?広末さんは、上祐さんの出所を経て、オウムは間違っていたと思うようになったわけでしょう。その時点でやめようとは思わなかったの?新教団設立なんてせずに、やめればいいじゃない。
広末 やめるわけにはいかないですよ。だって、こうなってしまったからには同義的責任があるじゃないですか、被害者はもちろん、信者に対しても、です。私はオウ ム時代、広報部におりまして、坂本弁護士を殺害したのはオウムではない、麻原に帰依せよって内容のオウム本も書いていました。青山弁護士の「真理の弁護士 が頑張るぞ」って本のゴーストライターしたのも私です。そんなわけで私の書いたものを見て信者になった人、実はたくさんいるんですよ。
でもね、私も本当にそう信じ込んでいたし、サリンのことも一連の事件もまったく知らなかったんです。報道を見たときは寝耳に水でした。とはいえ間違ったことを書いて煽動していた以上、責任とっていかなくちゃならないでしょう。
鈴木 オウムで物書き。そんなことしていたんだ。
広末 はい。出家後、麻原が私にくれたホーリーネームが"ラフチッタヴィナヤパデーナムッタ"、ってこれ、サンスクリット語なんですけど、軽薄な心を除去し、文章によって解脱する者、っていう意味なんです。
鈴木 麻原ってサンスクリット語に堪能なの?
広末 いえ、側近でね、詳しい人がいて、麻原が内容を伝えて彼がサンスクリット語に訳すんです。
鈴木 麻原にはそういう才があるんだ。人を見通して、その人の良さを引き出してあげるようなそんな才。
オウムという失敗を経て
鈴木 ところで、ひかりの輪は被害者賠償に応じているけれど、あんな莫大な金額、どうやって支払うの?
広末 信者のお布施です。出家しゃであれば、バイトして。元オウム・現ひかりの輪の出家者に正社員の職なんてないですから。こうした寄付金で返済しています。でも何億って金額なので、全額返済は遠いですが。とはいえ、自分達のした悪行を償うのが仏教の教えでもありますから。
でも悪いことばかりではないのです。オウムという失敗を経てこそ、学ぶことができたこともたくさんあります。いい御縁もあり、不思議な縁を感じることもたくさんありました。
た とえば、松本サリン冤罪事件の河野義行さんと初めて会ったとき、河野さんが言ったんです、「あなたがたが事件に関与したわけじゃないんだから、不当な弾圧 には頑張りなさいね」って。これを言われたときは、本当に自分たちが恥ずかしくなったし、「ともかく責任だけはきちんと果たさないと」と思いました。今で も河野さんさ、団体への賠償請求はしていないと聞いています。
鈴木 いい人だね、河野さん。
広末 はい。親鸞が説いた仏教の言葉で「悪人正機」というのがあるんです。これは、自分のことを「自力では到底救われないほどの悪人だ」という自覚を得た人の方 が、阿弥陀仏の救いに近いという意味。オウムと自分の悪事に気づき挫折感のどん底にあって、どうしようもなかったとき、仏をみたような気がして、私も少し その意味がわかった感じがしました。
鈴木 とはいえオウムについては国家賠償もあるでしょう、しかも広末さんたりは実行犯ではないし。そんなに自分たちを追い詰めなくてもいいと思わない?
広末 そうは思わないです。被害者の方々を苦しめた分、私たちも苦しまなくてはならないと思いますから。それに・・・・一連の事件は麻原ひとりのせいじゃないというか、信者が麻原を作っていったという面も否めないと思うのです。
鈴木 信者が麻原を作った?
カラシニコフも自分たちで作りました
鈴木 信者たちが、世界の終末を待望していて、それを叶えるために、麻原が事件を起こしたとか、そういうことかな?
広末 それもそうですし、何か目には見えない力を感じることが多かったんです。たとえば私は二・二六事件にものすごく魅かれていたんです、これは小学生のころか らで、事件を引き起こして乱れた世を変えたいと思った人たちに深く共感し、その場に生きていたら自分もそうしただろうと思っていました。
そした ら、九六年ごろでしたか、サリンで逮捕された早川紀代秀が「事件は二・二六事件をモデルに引き起こした」という供述をしたという記事を見たんです。そのと きすごい衝撃を受けました。ああ、実は麻原に私の心が通じていたのかなと。つながりをみたんです。そういう不思議なつながりを感じたことはほかにもありま した。
鈴木 うーん・・・。ところで当事のことを聞きたいな。事件後の教団のこと。広末さんは、オウムではいかなる殺生も禁じていると言ったじゃない。でもなんで人を殺害するのが許されるの?その辺の矛盾は思う?
広末 はい、それなんですけど、私も最初は矛盾していると思いましたが、ポアいうのはね、より高い世界に送ってあげるっていう意味なんです。つまりこの人はこのままでは地獄に堕ちてしまうから、今殺害してあげることで、その人をより高い次元に送ってあげる、それがポア。
鈴木 ではサリンで無辜の人を死に追いやったことは、どう説明するの?
広末 多分、それをした人たちの、(当事の)理屈からすれば、巻き込まれた人も、何か悪事のカルマによってそうなったのだろう、だから許されるのだという理屈な のだと思います。でも、私も、事件のことはまったく知らず、これは私の憶測であり、ひかりの輪も、そんなこと、まったく思ってないし、決して許される理屈 でないと思っています。
鈴木 上九一色村の施設に初めてテレビカメラが入ったときの広報担当も広末さんなんだよね。
広末 はい、そうです。これが第7サティアンですって案内してまして、そこに大きな仏像が置いてあるんですけど、実はその背後にサリンプラントがあったんです。僕も全然しらなかった。・・・オウムってね、サリンも自分たちで作ったようすべて自前でやるのが原則なんです。
鈴木 と言うと?
広末 教団の施設も自分たちで設計して、資金も自分たちで用立てし、自分達で建設します。サリンも自前、武器も自分たちで作りました。自動小銃もね、1000丁つくろうということで、カラシニコフを1個輸入、それを元に、自分たちで作ったんです。
鈴木 エー!1000丁作ったの?
広末 さすがに1000はできませんでしたが、モデルで1個つくりましたよ。事件のあとね、サティアンに公安が入った時、感心していました。「あんたたち、よくこんなの作ったね」と。
出家信者の真相に迫る!
――ところで、ここで出家信者達の生活に迫りたいと思います。出家の人は、今、千歳烏山や全国の施設で全寮生活していますよね。どんな生活なんですか?
広末 特に明確にこれをせよとかいうのはないですよ。単に共同生活をしながら在家信者の指導をしたりしています。お布施や寮費、賠償金をはらわなくてはならない ので、各々働いて、といってもほとんどがフリーターですが、残りの時間が修行です。修行は瞑想とか、色々です。オウムのころはヴァジラヤーナって、自分を 痛めつける修行もありました。自分の体を棒で打ち、耐える修行です。今はしていませんが。修行は各々の自主性に任されています。
鈴木 修行しないと無官地獄に陥るとか?(笑)
広末 オウムではそういう教義もありましたが、死後のこととか、生まれ変わり、前世のことについては、ひかりの輪では、それはわたしたちにはわからないこと、と捉えています。あるのかもそれないし、ないのかもしれない。
鈴木 酒もタバコも女もやらないんでしょう。
広末 はい、そうです。出家者は結婚してはいけないです。
鈴木 お寺のお坊さん、結婚しているじゃない。
広末 日本の仏教は本来の仏教戒律に反して妻帯しています、だからいい加減で嫌だったんです、日本の仏教は。タイとかスリランカとか、あちらの仏教はもっと真面 目で純粋です。だから私は魅かれたんです。私、大学は仏教大学でした。お寺の跡取りとかがくるんですけど、みんないい加減。そのころ、オウム真理教を知 り、皆、仏教に真面目に取り組み、禁欲を貫いていることにも感銘を受けました。そんなところに魅かれ入信したんです。
鈴木 でも麻原は結婚しているじゃない。しかも複数(笑)。
広末 麻原は厳密には出家じゃないんです。彼は在家信者なんです。在家は独身でなくてもいいですから。
鈴木 うーん・・・。ところで広末さん自身は41歳で童貞なんだよね。童貞捨てたいって思ったことないの?そういう衝動に駆られたりってあるでしょう。
広末 ええ、それは、まあ、ないわけじゃないですが・・・。今はそれよりも、やらなければならないこともありますので。
鈴木 今度ぜひその辺の話を聞かせてくださいよ。オフレコにしますから。
(『月刊 紙の爆弾』鹿砦社2010年11月号より ※転載許可済)