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メディア掲載(2010年)

上祐史浩氏に聞く 社会が変わらなければ"オウム的なもの"が形を変えて出てくる(『週刊金曜日』2010年3月19日No.791号)

01.jpg 「『週刊金曜日』2010年3月19日No.791号」


 

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――地下鉄サリン事件から三月二〇日で十五周年を迎えます。あの事件を今、どう総括していますか。

 ひかりの輪(注1)は事件の総括を続けてきました。(注2)。最近は、「オウムの教訓サイト」をリニューアルしたり、当団体役員の宗形真紀子が外部の出版社の依頼で『二十歳からの20年間』(三五館)という書籍を出すなど、今まで団体内部で行っていた反省や総括を外部に公表するようになってきました。


団体規制法の立入検査で勇み足もあったのでは

――上祐さんが、麻原彰晃氏の教えで最も疑問を感じたのはどこですか。

 麻原の教義の根幹は、教団は聖なる存在で社会は邪(よこしま)なる存在。キリスト教の終末思想の善悪二元論による誇大妄想です。その結果、1997年にハルマゲドンが起きると予言しますが外れます。その他にも日米戦争が起きるとか、広島に原爆が落ちるといった予言もありましたが、悉(ことごと)く外れてゆきます。

 そして教団は日本社会とは別の聖なる存在ではなくて、むしろ日本の「暗部」と連動した存在と思うようになったのです。麻原に対して、単なる疑問ではなく、確定的な否定に入っていきました。

――三月二〇日には、ひかりの輪で慰霊を行なうのですか?

 団体として大々的に慰霊を行なうと周囲に迷惑がかかるので、少人数が犯行現場の霞ヶ関に出向き献花を行ない、翌二十一日には東京本部で慰霊集会をする予定です。

――ひかりの輪は一連のオウム事件への贖罪(しょくざい)を強調していますが、昨年12月末、ひかりの輪への団体規制法の適用が再延長されました。公安審査委員会が「まだ危険な実情がある」と判断したわけです。どう考えますか?

 「まだ危険な実情がある」と判断されたのは、主に2005年ぐらいまでの事実に基づいています。ひかりの輪の設立は07年で、改革を実行してから日が浅いこともあり、それはある程度は予想していました。

――公安調査庁からの日常的な監視やチェックをどう受け止めていますか?

 東京本部のあるマンション敷地の入り口には、いつも警官が立ち、会員は名前を言ってから入ることになっています。また、私が出かける際には行き先を告げています。しかし概(おおむ)ね合法的に、法の枠組みの中で行なわれていると思います。

 ただ、昨年10月頃、仙台で行なった説法会で、説法の途中に大人数の公安が乗り込んできました。
 何人かの会員が会場を出ていったので説法が終わったと勘違いしたようですが、宗教活動を必要以上に侵害しないという団体規制法の趣旨からすると、今までなかったことであり、勇み足だったのではないでしょうか。


秋葉原事件の犯人も本質的には麻原と同じ

――ひかりの輪に新たに入ってくる会員のうち、若者はこの15年の間にどう変わったと感じていますか?

 若者について言えば、少し弱々しくなったという感じがします。ニートや引きこもりに象徴されるように、闘う気力が萎(な)えている気がします。つまり、かつてのように宗教団体や左翼のような集団に結集し国家権力と闘うというより、一人ひとりが病んで、周辺の弱者を傷つける形になっている印象を受けます。それが、あの秋葉原の事件に顕著に出ていたと思います。秋葉原の事件では7人が死亡しましたが、あの事件は個人による弱者に対するテロ、つまり「パーソナル・ソフトターゲット・テロ」でした。社会全体に対する反発、逆恨みです。それが今の若者にはひどくなっている、と思います。

(社会に対する個人の恨みは)本質的には麻原の時代からあったと思います。さっき言った「暗部」です。麻原自身、親子関係が悪く親をすごく憎んでいました。それは、彼が幼少期に弱視のために全寮の盲学校に入れられた経験などによるものですが、その延長上に社会全体を否定的に見ていたのです。麻原の中に、親や社会への復讐という本質があったのではないかと思います。

――40代~60代の中高年についてはどうですか?

 実は、ひかりの輪の会員は、若者より中高年が増えています。比較競争の社会でいったん挫折したり苦しんだりしている人が多く見受けられます。戦後の日本経済を支えてきた60代以上の人たちは、天皇や父親を深く尊敬していた戦前の思想が戦後に崩れ、何が正しいかわからなくなり、物質主義と比較競争社会のなかで精神的支柱がなくなりました。そのため不満や欲求が強く、感謝の気持ちがないように感じられます。戦前がいいとは言いませんが、戦後に本当の宗教や精神性が失われていき、単なる物質的な競争に入ったことによる精神崩壊が今、出ていると考えています。

――根底には何があるのでしょう。

 幼少の頃から形成される感謝の不足と反発、逆恨みだと思います。秋葉原の事件も(犯人は)挫折して親や社会に逆恨みを持っていた。麻原と本質的には同じです。ただ、精神的な歪(ゆが)みは今の方がより衝動的かつ情緒的になっていると感じます。親子関係も今の方が歪んでいます。比較競争社会のなかで「勝ち組」に抱く感情が変形して、パーソナル・ソフトターゲット・テロになる。そういう人は90年代よりも21世紀の方が多いと思います。40代、50代の会員の娘さんでも、不登校、ニート、引きこもり、仕事につけない、ついても派遣切り。そういうものが鬱積して、親に象徴される社会への憎しみがたまっているのではないでしょうか。

――昨年は、作家・村上春樹氏の『1Q84』と髙村薫氏の『太陽を曳く馬』によって、「オウムなるもの」が文学にとりあげられましたが。

 作品自体は読んでいません。ただ、「オウムなるもの」が出てくるのはよくわかります。比較競争の社会において、苦しみ心が歪んだ青年が社会への反抗を企てたのがオウム真理教による一連のテロだったとすると、麻原が悪かったのは確かですが、では、彼を作ったのは誰かということになります。

彼は日本人であり、日本の社会で育ちました。オウムが社会から生まれたとわかれば、社会が変わらなければ麻原だけを排除しても、オウム的なものは形を変えて出てくると気づきます。それを、(村上)春樹さんのように感覚が鋭い人は捉えているのではないでしょうか。

今後、オウムのような宗教の形はとらないけれど、セカンドオウムというか、ニューオウムといった社会を傷つける存在が現われるのではないか、と心配しています。

2月25日、東京・世田谷区のひかりの輪本部にて。

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(注1)ひかりの輪は、2007年5月、上祐史浩氏らが設立した団体。本部は東京都世田谷区南烏山。支部は、全国に7ヶ所(仙台、長野、千葉、東京、横浜、名古屋、大阪)会員数182人(2010年1月末現在)。

(注2)オウム事件の総括は、オウムの教訓サイト(URL http://hikarinowa.net/kyokun/)参照。
「1.麻原の教義・言動の変遷」においては、「麻原は、自己中心的で誇大妄想的な性格であったところ、時を経るにつれて被害妄想的になり、社会と教団に著しい害悪を及ぼし、教団を破滅に導いていったと総括しています」と記されている。

写真撮影/編集部
聞き手・まとめ/野村昌二(ノンフィクション・ライター)
(「週刊金曜日」掲載許可済み)

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