麻原の自己正当化のために作られたオウムの"妄想" 上祐史浩(「フラッシュ」3/30 第1090号)
2010年04月04日
麻原の自己正当化のために作られたオウムの"妄想" 上祐史浩
(特集 追跡!オウム幹部たちの今)
事件当時、「ああ言えば上祐」という流行語まで生んだ上祐氏(47)。教団の外報部長として連日テレビに出演し、オウムは事件に関与していないと論破して回った。
「教団の関与が濃厚なのは感じていましたが、オウムへの信仰のために、実際とは違うイメージを作ろうとしていた。
私自身、演技をしていてマンガのようでしたが、今思えば上祐ギャルとかマスコミのあおり方もよくなかった。あんなことやっている場合じゃなかったと思います」。
「別居家庭に育った私には、友達の家庭が明るく見えた。親への感謝の気持ちが薄く、それで自分が勉学などで勝ち組になることによって穴埋めをしようとしていたんです。
そして、今思えば、普通の人生を送るよりオウムに入ったほうが勝ち組になれるという、麻原の妄想的な世界観にはまってしまったのだと思います。
麻原自身、弱視であったうえ、親の愛を受けられない寂しい少年だった。彼は苦しみの中でゆがんでいった結果、それを正当化するような教団を作っていった」
が、麻原の予言ははずれ、その欺瞞性に上祐氏は気付く。'06年にアレフから脱会、「ひかりの輪」を立ち上げた。アレフから離れた信者が、完全に脱麻原になるのを助ける一種の「リハビリ施設」の役割があるという。
「ひかりの輪の信者が 『二十歳からの20年間』(宗形真紀子著・三五館)というノンフィクションを出します。教団内にいる人間が麻原から抜け出す過程を書いたもの。1つの脱却プロセスのサンプルになると思います」