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メディア掲載(2011年)

麻原彰晃3月死刑説が蔓延「上祐史浩が激白したオウム事件―16年目の真実」(日本ジャーナル出版『週刊実話』2011年3月31日号)

麻原彰晃3月死刑説が蔓延

上祐史浩が激白したオウム事件―16年目の真実―

" 戦後最大のテロ"と呼ばれた「地下鉄サリン事件」。あの悪夢から今年3月20日で16年を数えるが、その最中に「麻原彰晃3月死刑説」が流れ出した。その 噂と一連の事件の謎を解明するために、本誌は元「オウム真理教」幹部だった上祐史浩氏(現・ひかりの輪代表)を直撃した。


高まる"麻原死刑"の機運


インタビューを行ったのは、東京・世田谷区にある『ひかりの輪』の第二道場。

作務衣姿で現れた上祐氏は、事件当時の攻撃的な表情とは打って変わった柔和な顔つきで、記者らと対座した。

 

――「麻原(松本智津夫死刑囚)3月死刑説」が流れていますね。

 

「噂でしょう?でも考えると、3月以降、機運が高まる可能性は無くもない。

今『アレフ』(元オウム真理教)が、足立区に本部移転しようとしていますからね」

 

――「死刑説」と『アレフ』の動向に関係が?

 

「今回の足 立区移転と同じように、'90年の熊本県波野村への移転の時にも反対運動が起こりましたが、警察が施設を強制捜査したために、そこに教団武装化の拠点を作 る計画が駄目になったのです。だから、今回の噂も麻原が収監中の小菅拘置所に近づこうとするアレフの動きを牽制する、ないしは無意味にするためとも考えら れる。

 我が国には、共犯者が未決だと執行しない習慣があるから、執行すれば異例だが麻原ならいいという見方もあるかも。後は、近づく選挙の損得まで考えた政治的判断が関係してくるかもしれませんね」

 

――もしも執行されたら、『アレフ』はどうなる?

 

「『後追い自殺者が出る』という声もありますが、徐々に脱会者が増える気がする。

幹部は『(キリストのように)肉体が死んでも絶対的存在』と説くでしょうが、一般信者が全て納得して付いて行くかは微妙ですね。いずれにせよ、死刑執行に向けたステップが始まっていく、という感じはします」

 

 死者13 人、負傷者6300人を数えた「地下鉄サリン事件」は"戦後最大の無差別テロ"と呼ばれるが、『オウム真理教』が関与した事件は枚挙に暇がない。挙げ連ね ただけでも、「坂本堤弁護士一家殺害事件」('89年)や「松本サリン事件」('94年)、目黒公証人役場事務長だった「仮谷清志さん拉致監禁死事 件」('95年)と続いて行くのだ。

 さらに「国松考次警察庁長官銃撃事件」(同)や教団幹部の「村井秀夫刺殺事件」

(同)に関しては、いまだ疑惑が渦巻いている。いったい、その裏にはどんな

"狂気"が渦巻いていたのか?

 

――一連の事件が教団の仕業であることは、上祐さんも知っていたんじゃないですか?

 

「僕は麻原に忌避されたのか、当時ロシアに行っていましたから。

『サリン事件』に関する情報は、後に聞いたものばかりなんですよ」

 

――忌避とは?

 

「オウムに対する批判が強まった頃、『ポア』(=魂を救済するための殺人)という言葉を使い出した麻原に、『それは危険で教団の利益にならない』と発言したら、幹部会議から閉め出された。その後、坂本弁護士殺害事件が起こったのです」

 

――でも、上祐さんはテレビ出演の際にフリップを投げて教団の関与を否定したり、「陰謀説」を声高に主張していましたよね。

 

「それは、当時麻原を盲信していた私にとって、麻原に従い、教団を守ることが、悟りに至る『帰依の修行』とされていたからです。北朝鮮のテレビのアナウンサーが声高な口調で日米を批判するのと同じで、彼らの行動の背景・気持ちはよく分かる気がします」

 

――一説には、「地下鉄サリン事件は隠蔽工作だった」、「阪神大震災がなければ起こらなかった」との指摘もありますが。

 

「私も後か ら裁判などで知ったことですが、当時、教団では『仮谷さん拉致事件』に対する当局の追及をいかにかわすかが、話し合われていた。そこに阪神大震災が起き て、教団の捜査が一時ストップしたので、震災級のパニックを起こそうとなったようです。サリン散布という考えは幹部の意見を麻原が容認したとも聞いていま す。だから阪神大震災がなければ、『地下鉄サリン』も起きなかったかもしれないですね」

 

――「松本サリン事件」も同じ動機ですか?

 

「『松本』は性格が全く違う。『地下鉄』は切羽詰まってやったが、『松本』は

攻撃的だったのでは。動機は、松本道場の土地取得に関する訴訟で負けたことへの

対応と、サリンの効能を試すことだと聞いてますが」

 

――サリン精製の経緯は?

 

「土谷正実君(=筑波大学院卒の元厚生大臣、教団内での肩書。以下同)という技術者が製法を理解していて、原料も比較的簡単に手に入ったからできたと思います」

 

 

「村井刺殺事件」の裏真相

 

――2つの「サリン事件」が、オウムの仕業だと知ったのはいつ?

 

「『松本事件』の時は、ロシアから帰った私に、新実君(=智光・元自治省大臣)が、事件の記事を『これ、これっ!』という感じで指差したのです。『俺たちがやった』という意味だったんでしょうけど、最初はちょっと信じられませんでした。

 

『地下鉄サリン』の時は、モスクワでロシア人と食事をしている時に、訪ロして同席していた早川さん(=紀代秀・元建設省大臣)から教団がやったに違いないと耳打ちされたのです」

 

――衝撃的という意味では、東京・青山の教団本部前で元暴力団組員に刺殺された村井秀夫氏(=元科学技術省大臣)の事件もあるが、彼が殺害された理由は?

 

「村井が刺殺された動機には、『教団によるトカゲのシッポ切り』『覚醒剤の売人を行っており、暴力団の口封じにあった』とする説、『テロ事件の再発を嫌った誰かが殺した』という3つの可能性があると思います。

 でも、売人説は考えにくい。村井は学者タイプで、教団外の人間と闇交渉するタイプではないし。警察は教団の犯行と思っていますね」

 

――とすると、教団の指示ということになりますが・・・。

 

「実は当 時、村井が上九一色村の教団本部第7サティアンに『地下鉄サリン事件』時に使ったビニール袋を置き忘れ、それが『捜査当局に渡った』との情報が伝わったの です。麻原は激怒しましたが、これが原因で早川さんが村井を鬼のような形相で叱りつけた。その後、早川さんが『粛清が必要だ』と主張したという情報もある そうです。『地下鉄サリン』への教団関与は、村井の死後行われた林郁夫(=地下鉄サリン事件の実行犯で、元治療省大臣の医師)の証言が決め手でした。

 だから林が早く自供していれば、村井は殺されずに済んだかもしれませんが」

 

――もう一つの"謎"とされる「国松警察庁長官狙撃事件」と教団の関連は?

 

「あれはよく分からない事件でした。『地下鉄サリン』を認めた麻原ですら『やってない』ですから・・・」

 

――でも、 教団信者の警視庁巡査長が、当時犯行を認めた経緯もありましたよね。「確かに警察官が自供したり、別の信者が捜査妨害の電話を掛けたとして逮捕されたが、 いずれも起訴猶予や不起訴に終わっている。ただあの事件で分かったのは、警察情報が教団に入ってきていたのは警官信者が存在したからだということ。早川さ ん辺りが繋がっていたと思うのですが、とにかく不可解な事件でした」

 

モスクワでヘリを買い付け

 

 前述した通り、上祐氏は一連の事件の間はロシアで支部長を務めていた。だが、ロシア政府との繋がりは、巷間言われる以上の密接なものだったようなのである。

 

――ロシアは武器購入の拠点でしたね。教団施設からは「Mi-17」なる武装ヘリコプター、また、「AK47」なる自動小銃を購入していたことも発覚している。当時は大量の武器を、買い漁っていたのですか?

 

「早川さんがモスクワで、ロシア軍の国家安全保障委員会の幹部を相手に、ヘリ購入の交渉をしていたのは見たことがある。その際に通訳を務めたのは、ロシア軍極東担当出身の出家信者でした。だから交渉もスムーズだったはず。

 もっともロシア軍は我々を、自衛隊に納入するブローカー程度にしか思ってなかったのではないですか」

 

――武器購入の理由は?

 

「通訳のロシア信者には、『ハルマゲドンの時に教団を守らねばならないので武装する、と説明した』と、後で麻原から聞きました」

 

――オウム事件では、「仮谷さん拉致事件」の運転手役だった平田信や実行犯の高橋克也、「地下鉄サリン事件」に関与した菊地直子など、いまだに逃亡を続けている信者がいる。彼らはどうしているのでしょう。

 

「菊地には 海外逃亡説もあるが、オウム信者は考えが保守的ですから、国内のどこか田舎に潜伏している気がする。殺人容疑の彼女などは入獄しても10年ぐらいのもの で、刑に服した方が楽なはず。それをしないのは、逃走を助ける信者や一緒に逃げている逃走犯に迷惑が掛かる、と思っている可能性が高いですね」

 

 上祐氏は'95年に偽証と有印私文書偽造・同行使により逮捕。'99年に出所後『アレフ』の代表となったが、麻原家を中心とする守旧派と対立して'07年に『ひかりの輪』を設立した。だが、この新教団は「オウム真理教」とどれほどの違いがあるのだろうか。

 

――世間は、『ひかりの輪』を、オウム真理教の亜流と見ていますが?

 

「『ひかり の輪』は、麻原信仰からは完全に脱却しています。また、特定人物を崇拝する宗教ではなく、教えを主体的に学ぶための宗教です。終末論を唱えたオウムの反省 に立つところからスタートしていますが、確かに興味本位で見られることも多い。でも、今ではオウムから派生した教団が『何をするのだろう』と共に学び出し てくれる人々もいる。

開かれた宗教でありたいですね」

 

――ちなみに、ホーリーネームは存在するのですか?

 

「ありません。オウム時代のホーリーネームとは違いますが、『芸名を付けてくれ!』と頼んできた信者はいますけどね()

 

 今後、『ひかりの輪』は、どんな活動を繰り広げるのか。オウム事件の行く末を見定めたいと願うのは、本誌だけではないはずだ。(『週刊実話』転載許可済み)

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