オウム信仰からの脱却

5.新教義の構築

(1)ひかりの輪の教義の沿革

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 また、上祐代表らが、オウム真理教の失敗を乗り越えようとする中で、自然豊かな日本の聖地を巡礼し、神聖な神社仏閣や古来の仏像などとまみえる中で、古来の経典・聖典の教えや、巡り会ったさまざまな人たちとの交流の助けも借りながら、新教義を少しずつ育み、生み出していきました。

 上祐代表の原初的な宗教体験としては、自然の中での七つの虹や、太陽の周りを取り囲む円周の虹などを見ているときに、麻原死刑囚を絶対視することの過ちや、すべての人の中に仏性があり、それに対して奉仕することの重要性への気づきなどが生じたことがはじまりで、2006年に、京都・広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像を参拝したときに、それは確定的なものとなっていきました。

 上祐代表らには、その仏像が、非常に神聖なエネルギーを発し、微細な智慧、宇宙大、無限大の広大で深い慈悲を有している、たいへん大切なものであると感じられ、それはかつてのオウム真理教や麻原死刑囚への信仰を超えるものだと感じられるものでした。

 これは、仏像が神・仏であるということではなく、仏像とそれを見た人の相互作業によって、見た人の中に眠っていた神聖な意識、仏性が引き出されたのではないかと思われ、人が神ではないように、物である仏像も神ではなく、あくまでもすべての人の中に存在する仏性を引き出す象徴物・シンボルであると思われました。そして、そのような、古来人々が大切にしてきた神社仏閣、聖地、自然などを、同じように大切にしていく信仰実践へと変化していったのでした。
 

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