オウム時代の反省・総括

4.公安審への公安調査庁の観察処分更新請求への反論書(2009年12月)

4.公安審への「公安調査庁の観察処分更新請求への反論書」(2009年12月)

2008年12月1日の観察処分更新請求において、公安調査庁は、「ひかりの輪は、麻原彰晃の説いたオウム真理教の教義を広めていることから観察処分対象団体に含まれる」という主張をしていました。

もう少し詳しくいいますと、公安調査庁の定義によれば、観察処分の対象団体とは、
「麻原彰晃こと松本智津夫を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、
これを実現することを目的とし、同人が主宰し、
同人及び同教義に従うものによって構成される団体」
となっていますので、ひかりの輪も、「麻原・オウムの教義を広めている」ということを理由に、観察処分の対象団体と主張しているわけです。

しかし、ひかりの輪とオウム真理教の教義とは、全く異なっています。
そのことは、すでに【★★リンク「ひかりの輪の教義とオウム真理教の教義との、本質的な違い」 →】の記事でも述べたとおりですが、ここでは、ひかりの輪が2008年12月22日に公安審査委員会に提出した「意見書」の該当部分を、そのまま引用して述べたいと思います。

それは、「意見書」の中の「第4 ひかりの輪とオウム真理教の教義は全く異なるものであること」の箇所(31ページ以降)ですが、以下の4つの章によって構成されています。
 
目 次

1 ひかりの輪の教義の形成の経緯・沿革
ひかりの輪という宗教教義の形成は、独自の沿革・歴史を有しており、オウム真理教とは全く別の宗教であること。その創設者は麻原ではなく、上祐らひかりの輪のスタッフであること。

2 オウム真理教にはない、ひかりの輪の新しい教義・教材・修行法
ひかりの輪の主たる教義・修行法は、オウムにはなかった新しい教義・修行法であること。

3 ひかりの輪とオウムの教義には多数の本質的な相違点があること
ひかりの輪とオウム真理教の教義には多数の本質的な相違点があること。しかも、その相違点が、オウム真理教の一連の事件の原因に関わる部分であり、ひかりの輪は、麻原と麻原・オウムの教義の問題点を明確に指摘し、否定・修正していること。

4 ひかりの輪とオウムの教義を同一視する公安調査庁の主張は成り立たないこと
公安調査庁の主張は成り立たないこと。(公安調査庁の主張・証拠に対する反論)

(※なお、文中にある「乙12」などの記載は、公安審査委員会に一緒に出した証拠の番号です)

1 ひかりの輪の教義の形成の経緯・沿革

1.ひかりの輪とオウム真理教の教義は全く異なるものであること


 (前略)
第4 ひかりの輪とオウム真理教の教義は全く異なるものであること

公安調査庁は、ひかりの輪は麻原の説いたオウム真理教の教義を広めていることから被請求団体に含まれる旨主張しているので、ここでは、ひかりの輪とオウム真理教の教義は全く異なるものであることを述べる。
 そのために、以下の4つの点について言及する

①ひかりの輪という宗教教義の形成は、独自の沿革・歴史を有しており、オウム真理教とは全く別の宗教であること。その創設者は麻原ではなく、上祐らひかりの輪の修行者であること。

②ひかりの輪の主たる教義・修行法は、オウムにはなかった新しい教義・修行法であること。

③ひかりの輪とオウム真理教の教義には多数の本質的な相違点があること。しかも、その相違点が、オウム真理教の一連の事件の原因に関わる部分であり、ひかりの輪は、麻原と麻原・オウムの教義の問題点を明確に指摘し、否定・修正していること。

④公安調査庁の主張は成り立たないこと(公安調査庁の主張・証拠に対する反論)


1 ひかりの輪の教義の形成の経緯・沿革

 公安調査庁の主張のポイントは、ひかりの輪の教えがオウムとは別の新しい宗教ではないということだと思われる。すなわち、オウム真理教と本質的には変わらないものであり、麻原の意思を実現するため、麻原の教えの本質を変えずに、外形的に変えただけのものであるということである。

しかし、真実は、ひかりの輪は、上祐らを中心として生み出された新しい宗教・思想である。そして、それは一言で言えば、オウム真理教での大きな挫折を負った上祐らが、それを乗り越えようとする中で、自然豊かな聖地、神聖な神社仏閣や古来の仏像などとまみえる中で、古来の経典・聖典の教えや、巡り会った様々な人達との交流の助けも借りながら、少しずつ育み、生み出したものである。

そこには、道を求めた古来の修行者、宗教宗派の開祖と同じような葛藤、模索、出会い、感動があった。それについて、ここで説明し、ひかりの輪がオウム出身の者が作った宗教であっても、麻原の作ったオウムとは別のものであって、それ自身の歴史・沿革・物語があるということを述べる。なお、この沿革については、できれば、上祐の陳述書(乙Aーa1)も参照されたい。


(1)ひかりの輪の教えの源となった上祐の原初的な宗教体験:七重の虹

ひかりの輪の創設の中心となったのは上祐であるが、上祐をして最終的にオウム・アーレフを脱会させ、新宗教・新団体であるひかりの輪を創設するに至らしめた要因の一つは、聖地や神社仏閣での宗教体験であった。

そして、その最も初めのものは、2002年6月10日のことで、仏教的に言えば、薬師如来の聖地ということもできる、温泉で有名な草津の郊外にある静可山において、上祐らが、大陽の周りを取り囲む円形の虹を中心として、空を舞うかのような7つの美しい虹を見たことであった。この珍しく美しい自然現象は、その直前に上祐がなしていた思索・瞑想の内容と相まって、強い印象を残した。

直前に上祐がなしていた思索・瞑想とは、上祐がかねてから悩んでいたことである。それは、一連の事件を起こした麻原の狂気性であった。上祐自身が、麻原に帰依をし、麻原のヴァジラヤーナの思想にはまったものの、教団の中では相対的に現実的・合理的といわれる上祐は、麻原に惹かれて帰依しつつも、時々見せる麻原の非現実的・妄想的・狂気的な言動に違和感を覚えることがよくあった。

例えば、麻原は1990年の総選挙に立候補したが、上祐は勝機がないと考え反対したことや、惨敗した後に麻原がそれを国家による投票操作の結果の陰謀だと主張したところ、上祐がそれに異論を呈したことなどは、教団の中でよく知られていることである。

こうして、上祐は、麻原のヴァジラヤーナ思想に巻き込まれつつも、同時に、その麻原の非現実的・狂気的・妄想的な部分において違和感を感じてきた人間であり、この2002年においても、長年の麻原への帰依の修習のため、依然として麻原から離れられずにいた。しかし、その一方で、麻原の狂気性についてどう考えたらよいかがわからずに、それによる葛藤で苦しんでいた。そして、その葛藤の内実は、それを掘り下げるならば、麻原への疑念であり、嫌悪であり、恐怖であり、上祐にとっての苦しみであった。

しかし、七重の美しい虹を見る直前に、上祐は、ある考え方に到達し、その悩みから解放され、心が晴れる体験をした。その内面の体験と天空を舞うような美しい虹の現象が相まって、上祐に非常に強い印象を残した。

その考え方とは、麻原の人格の中で、自分にはない狂気・妄想とも思える部分も、十分深く考えるならば、自分を含めた全ての人間にも潜在的には存在する狂気性と別のものではないというものである。

それをわかりやすく言えば、自分自身にも、自分を他人よりも愛する心があって、そのため、自己の力を過信したり、権力欲があったりする。よって、仮に自分に麻原のような(悪い意味での)カリスマ性があって、多くの人や物や金が集まってくれば、同じように自分を過信して、誇大妄想に陥って、自分が救世主だと思いこむ可能性もある。

麻原と同じような生い立ちを経て、同じような周囲の条件の中で育ち、同じように生き、同じような人々に囲まれれば、自分も、同じような人格になり、同じような行動を取りかねない。

これはある意味では当然とも言える考えであるが、実際には、多くの場合、そのように考えて、対象への疑念、嫌悪、怒り、憎しみの類を乗り越えるのは難しいものであって、仏教の思想の中では、これにあたる思想がある。

釈迦牟尼が説いた仏教の中核の法則である「縁起の法」自体が、いかなる事物も他から独立しておらず、相互に依存し繋がっているという世界観である。また、仏教の唯識派の思想は、その人が外界に体験する全てのものは、その人の潜在意識に蓄積された業・カルマの現れであるとし、チベット密教などにおいても、「全ては心の現れ」などと説かれることがよくある。

こうした自分と他人の間に繋がりを認識する思想と、自分と他人を区別して別物であるとする思想があるが、前者は一元論的、後者は二元論的な思想とよぶ。ひかりの輪が、一元的な思想を重視しているその源は、この際の上祐の体験にある。

なお、上祐が傾倒した仏教思想などに見られる一元的な世界観は、その本質として、麻原を相対化することに結びついていく。というのは、教祖を絶対化するためには、教祖と自分との繋がり・類似性を考えてはならないからである。

あくまでも、教祖は絶対者の化身として完全であって、不完全な人間である信者とは別の存在でなければならない。すなわち、麻原を神の化身として絶対視するオウム真理教の従来の教えは、麻原と他の人間の繋がりを重視する一元的な思想とは相容れないのである。そのため、上祐の思想は、麻原を絶対視するA派(当時のアーレフにおける反代表派・反上祐派)からの批判を招くことになる。

さて、宗教教義のことはともかく、上祐は麻原の狂気性について、それが自分の業・カルマと別ものではないと感じたときに心が晴れたのであるが、その直後に珍しいほどに美しい虹の現象を体験した。よって、その外的な現象が、内面の変化と関係しているもので、何か非常に重要な意味を持っているように感じたのである。

なお、不思議なことであるが、虹は、最近は平和の象徴として反戦運動に用いられている。というのは、虹は七色のようで、実は無限の色を含み、色と色の境などなく、それらが全て連続して一つに解け合っているがゆえに、多様性の下での統合を意味するからである。そして、これは、この世界が自分と他人を含め、様々な事物が存在しつつも、それらが全て繋がって一体であると説く一元的な世界観と共通するものがあるのである。

さて、この上祐の宗教体験は、心理学者のユングが説くシンクロニシティといわれる現象ではないかとひかりの輪では解釈している。ユングは、人間にはしばしば、自分の内的な精神・心と、外的な物理的な現象が連動する現象を体験することを発見し、それをシンクロニシティ(共時性)と呼んだ。

実際に、最新の物理学・量子力学では、精神と物質現象には相互作用があるのではないかという観測者問題などが提起されており、古典科学の世界観である精神と物質を分ける二元論には疑いが生じている。同様に、哲学の分野でも二元論は疑われている。

そして、シンクロニシティ体験は、精神(心)と物質(世界)が繋がっているという一元的な世界観の証左であり、確かにありふれてはいないが、人なら誰しも多かれ少なかれ体験する現象であって、神の祝福・啓示・超能力・神秘力などとして、過大視・絶対視してはならないことである。これは、人を神にしない、ひかりの輪の原則と関係する。

よく超能力ではなく、動物的な勘といわれるように、動物は遠方から迫る天災を察知する能力があるといわれるが、人間の目には、天災と動物の間には繋がりがないように見える。しかし、実際には世界はどこにも境界はなく絶え間なく繋がっていて、それによって、自然の中に没入している動物が何かを察知しているのだろうと考える理論である。

そして、この考え方は、超常的な現象を過大視・絶対視しない一方で、その存在を無視もしないという、ひかりの輪の思想と関係する。宗教的な盲信・狂信も、古典科学の二元論に陥らない中道的な考えである。

そして、ユングによれば、このシンクロニシティの体験は、それを体験した者に強い印象を与えるという。上祐の場合もそうであった。


(2)二つ目の虹の体験:特定の人を神と崇めず、すべての人を尊重する教え

さて、上祐はこれからしばらく後に再び虹を見るが、それも一種のシンクロ現象であった。それは、長野県の茅野は唐沢温泉と呼ばれるところで、これもまた珍しいもので、5時間近くも太陽を取り巻く鮮明な虹が見え続け、しかも円形の虹に加えてスポークのような放射線状の虹が左右に現れるというものであった。これは、仏法の象徴である法輪とか、ヨーガの重要な概念であるチャクラ(輪・車輪)などを思わせるものである。

この際も、虹を見る前には、一度目の草津と同様に、上祐には苦しみとそれからの解放があった。その時は、上祐は(それほど特別なことではないが)ある苦しみから逃げようとして、逆に苦しんでいた。それに気づいた上祐は、苦しみから逃げず、受け入れ、それを喜びとして感謝するように心の持ち方に変えて、心が楽になったという体験をした。その後、上祐がふと気づくと、温泉の浴場の天窓から虹が見えたのである。

さて、この体験をした人物が、上祐にとっては重要となる。それは、2002年7月4日のことであり、それは、その当時の上祐は知らなかったが、インド三大聖者として有名なラーマクリシュナ・パラマハンサの弟子であるヴィヴェーカナンダの命日から、ちょうど100年後のことであった。ヴィヴェーカナンダは1902年7月4日に逝去し、それは彼と縁のあったアメリカ合衆国の建国記念日でもあった。

その後、上祐は、宗教的な思想において、ヴィヴェーカナンダに大きな影響を受ける。ヴィヴェーカナンダは、自分の兄弟弟子が民衆から離れて、師であるラーマクリシュナ・パラマハンサを神のように崇めることに集中しがちだったのに反対して、ラーマクリシュナは自分を崇めよとは説かなかったと主張し、全ての人々を神の現われとして奉仕するカルマ・ヨーガの教えを提唱した。

宗教学では、麻原を含めて、特定の人物を神の化身として崇める信仰をグルイズムとも言うが、ヴィヴェーカナンダは、これに反対して、全ての人々を尊重して奉仕することを重要だと説いた人であった。言うまでもなく、この考え方は、後に麻原に対するグルイズムから脱却する上でも上祐に大きな影響をあたえることになる。

ただし、このヴィヴェーカナンダの話は、上祐に反省を要する教訓を与えることにもなった。それは、2年ほど後に、上祐の前生がヴィヴェーカナンダの生まれ変わりであるという主張が上祐の周辺でなされたことである。この点については、上祐は宗教にありがちな前生や来世を使った自己神格化のプロセスであるとして、その過ちを指摘し、反省することになった(乙B132の32~39P)。


(3)上祐独自の宗教観と、A派がそれを麻原の教えと異質であると批判したこと

さて、2002年から上祐は、自然の中でこういった宗教的な体験をしたり、神社仏閣を訪れたりして、自分独自の宗教観を育てることになり、それが麻原色を薄める形での2003年の教団改革にもつながる。

その中で、上祐は、上記の一元論的な思想を強調した。具体的には、上祐は、カルマ・ヨーガという教えを説いた。カルマ・ヨーガとは、インド伝統の仏教では、すべての人を神の現われと見て奉仕するというものである。先ほども述べたが、特にインド三大聖者であるラーマクリシュナ・パラマハンサが説き、ヴィヴェーカナンダが広めたとされる。

ただし、上祐のカルマ・ヨーガとは、単に人を神の現れと信じて奉仕するというものではなく、他人の善行や悪行を見た際に、それを自分とは無関係なものとは考えずに、自分の中にもある潜在的な良い要素や悪い要素を投影したものと見なす点に独自性がある。

こうして、他人を自分の教師ないし反面教師としてとらえ、自分の鏡と見て、その意味で、悪人であれ善人であれ、すべての人々・万物が、自分がそれから学ぶために、神仏によって、ないしはその本質である法(縁起の法・唯識思想など)によって、与えられたものと考えて、すべての人々を神の現れと考える点が独自の思想である。

これは、宗教思想として分析すると、①すべての人々を神の現われとみて奉仕することを説いたヴィヴェーカナンダらのカルマ・ヨーガと、②全ての人々・万物が、自分と繋がっており、自分の潜在意識の業の現れであると説く仏教の縁起の法・唯識思想を組み合わせた思想である。

一方、A派は、麻原への帰依を重視する上で、上祐の説くカルマ・ヨーガは障害になるとして、それを禁じる指示を信者に出した。それはなぜかというと、A派の如く麻原を絶対視するためには、神の化身である完全な麻原と、不完全な人間である信者は、全く別のものとして完全に区別されなければならない。

上祐が考えたように、麻原の狂気性と自分の内面に繋がりがあると考えて、麻原を自分の反面教師にしてしまえば、麻原は上祐にとってもはや絶対・完全無欠の存在ではなくなるからである。そして、修行者は、事の善悪を教祖を含めた誰か他人に委ねるのではなく、自分自身で考えることに結びつく。

すなわち、上祐の思想の特徴は、麻原の狂気について、それを自分の反面教師と見て、麻原を相対化しつつ、麻原の狂気に対する嫌悪・怒り・憎しみを超えていくというもので、これは自分で善悪を考える点で自立的な性質がある。しかし、これに対してA派の思想は、麻原の狂気については、それを神の化身のなした神聖な行為として絶対化し、麻原に依存し続けるという特徴があったのである。

この結果として、麻原時代の教えを唯一絶対視するA派によって、上祐独自の宗教観は麻原の教えとは本質的に異質であり、外道(麻原教との別の宗教)・魔境(悪魔に繋がる教え)として批判され、大きな摩擦をもたらすことになった。

こうして、上祐の独自の宗教的な思想は、ひかりの輪はおろか、2002年から2003年の時点まで、A派という教団内部の大半の者達から見れば、麻原の教えと異質なものであったのである。A派の中心である麻原の家族は、上祐について、別の宗教的系統であって外道・魔境であると繰り返し明言し、批判し続けた。

この事実は、観察処分の更新請求においても重要な事実である。なぜならば、麻原の教えの中では、麻原の教えか外道かを判断する最高の権威は、麻原の家族であって、その権威が上祐の宗教観を麻原の教えではないと裁断したからである。

それに加えて、観察処分の目的が無差別大量殺人の防止であるところ、一連のオウム事件の最大の要因が、麻原を絶対視する信仰であって、それが維持されているか否かが、ひかりの輪とオウムの同一性を判断する基準となるべきであるが、カルマ・ヨーガに反対したA派の行為は、まさに一連の事件の最大の要因を取り除く上祐の思想への反対を意味するものだったからである。

ただし、2002年から2003年にかけてのこういった上祐の独自の宗教観の増大は、上祐が長年続けてきた麻原への依存を断ち切るには至らなかった。上祐自身が、2003年の教団改革は、単に麻原の色を支部道場などで目立たせなくすることを意図しただけであり、大半の麻原の教材は残す予定としていたのである(その意味で、これは麻原隠しでさえなく、単に麻原色の軽減である)。

すなわち、広隆寺弥勒菩薩半跏思惟像などに巡り合った2006年から2007年にアーレフを脱会するまでは、上祐の中で、依然として麻原信仰と新しい宗教観の双方が混在した状況が続いたのである。


(4)代表派の立ち上げと一元思想の強調

先ほど述べたような理由で、麻原時代の教えを唯一絶対視するA派との宗教的な考え方の違いによる摩擦によって、上祐は、2003年の後半から2004年まで、教団活動から退かざるを得なくなるが、その後、2004年の末に代表派を立ち上げて、分裂状態のままで教団活動に復帰をする。

上祐は、自分独自の宗教的な思想を魔境・外道として、それを捨てるように求めるA派の圧力の下で、A派のような麻原信仰と独自の宗教観の間で葛藤してきたが、分裂状態での教団活動復帰は、最終的には独自の宗教観を捨てない方向性を選択したことを示していた。

そして、復帰後の上祐は、実際に以前にも増して一元論的な思想やカルマ・ヨーガの実践を強調した。これは、様々な要素が絡み合って育まれたものであったが、具体的には、先ほど述べたような上祐の内面の思索、自然豊かな聖地での体験、そして外部の思想・宗教家の研究や交流などによって温められたものであった。

そして、それは、従来のオウムの世界観と大きく異なるもので、仏教的に表現するならば、釈迦牟尼が説いた「縁起の法」に基づいて大乗仏教が発展させた仏教的な一元論の思想に近いということができる。

それに対して、オウム・アーレフでは、教団を善なる神の聖徒の集団であり、社会を悪魔(マーラ)の支配下にあるものとする、善悪二元論の世界観を持っていた。神の軍勢である教団が、最初は悪魔の軍勢に弾圧されるが、最後はハルマゲドン(最終戦争)が勃発するとともに、麻原が救世主・キリストとして登場して勝利し、真理の国ができるという麻原の予言(聖書の終末予言を麻原が解釈したもの)に基づくものである。

しかし、1995年の事件以後、麻原によって97年や99年に予言されたハルマゲドンが起きない中で、上祐は徐々に世界は教団と社会に二分されるものではなくて、やはり教団は社会とつながっているものであること、教団が社会を批判していても、その批判の内容と同じ要素が教団の中にも存在していると考えるようになっていった。

なお、仏教的な一元論的な世界観とは、前記の通り、釈迦が「縁起の法」で説いたように、全ての事物は他から独立した実体をもたず、相互に依存しあって存在しており、本質的には一体であるという意味である。

もちろん、オウム真理教の時代も、「縁起の法」や「因果の法」といった仏教の教えは学習されていたが、「論語読みの論語知らず」の状態であり、麻原の善悪二元論的な世界が圧倒していた。

しかし、その後、麻原が教団を去り、ハルマゲドン予言が成就しない中で、一応は知っていた仏教の教えが、麻原独自の教義から上祐や代表派の信者らを解放し始める形になっっていったのであった。

その結果、上祐や、その後代表派に合流することになる一部の信者らは、すでに2002年には、麻原を自分たちと区別して絶対者であると考えるのではなく、麻原も自分たちの潜在的な精神的傾向の投影の側面があり、麻原の一連の事件の行動については、それを絶対視・正当化せず、自分達にも潜在的には存在する狂気の投影として、すなわち、自分達の悪業の投影として事件を否定する見方をし始めたのである。

そして、こうした一元論の教えに基づいて考えていった結果として、概ね2005年くらいまでの段階で、上祐を中心とした代表派(M派)は、次のような考え方に変わっていった。

① 特定の人(だけ)を神にすべきではない

麻原を含めた誰か特定の人間について、他の人間と区別して絶対者であると考えることは合理的ではない。人は、そもそも皆が互いに完全ではない存在であるという謙虚な認識に立ち戻るべきであること。実際に、釈迦自身が、信者が自分を崇めることを戒めている。

② 麻原の行為は、自分たちと関連している

麻原のハルマゲドンとキリスト登場の予言や、それに基づく教団武装化や一連の事件は、麻原が主導した行為のように見えるが、実際には、その時の幹部・信者その他の人々の潜在的な欲求とつながっており、麻原だけの業・カルマではない。
そもそも、麻原という人間と教祖は他から独立して現れたものではなく、麻原も日本で生まれ育ち教育され、弟子・信者と共に大きくした教団が一連の事件を起こしたのであり、それを麻原だけの責任にすることはできないこと。

③ 教団と社会もつながっている

教団と社会の関係も、麻原が説いたように、教団が善で社会が悪であるといったような善悪二元論で説明されるべきものではなく、両者は相互に関連して存在しており、そもそもが教祖も信者も全ては日本人であり、どこまでが教団でどこからが社会かという境界が実在するわけではない。

④ 仏教的な悟りは一元論的な世界観の理解である

仏教的な悟りを考える場合でも、自分と他人は相互に依存しあって存在しているという「縁起の法」の理解に基づいて、自と他を区別して、自分を他より愛するエゴの心の働きを超越することが、その要の修行となること。

⑤ 全ての人に仏性がある

大乗仏教の教えに従えば、仏性(=将来仏陀になる可能性)とは、全ての人々・生命体が有しているものであり、麻原元教祖のような特定の人物だけにあるものではない。それゆえに、私たちの本質的・究極的な帰依の対象は、特定の人物に限定されるべきものではなく、仏性を有する全ての衆生に対して向けられるべきであること。

⑥ 他の悪業は、自己の反面教師である
他人と自分とが別個ではなく、自分とつながっているという認識に立てば、類は友を呼ぶという経験則が語るように、他人の悪行を見ても、怒ったり、批判したりする前に、それは自分にもある(ないしは潜在する)と考えて、反面教師として内省するべきである。

⑦ 全ての人が導き手であり、感謝・奉仕の対象である

こうして、全ての人々は、皆が仏性を有しており、自己の教師・反面教師として学ぶことのできる存在であるから、全ての人々を導き手と考えて感謝するように努め、その幸福のために奉仕するべきであること。この考え方は、この時期に完全に固まっていたのではないが、少なくとも、この時期には気づいていた考え方であったといえる。

ただし、仏教の修行は、単に理論を理解するのではなく、それを体得することである。それは、頭の中だけでなく、感覚的・生理的な要素も含まれる。そして、この時点では、代表派の中で、仏教的な一元思想の理論が展開されたとはいえ、心身に浸透していたとは言えなかった。

その体得は一朝一夕にできるものではなく、一生努力し続けなければならないものであるが、ここに、この2005年の時期から2007年に至るまで、アーレフからの脱会・独立が遅れた理由があるのではないかと考えられる。


(5)神社仏閣・自然豊かな聖地を頻繁に訪問し始める

2005年から本格的に活動を始めた代表派は、他の思想家やその著作に触れるだけではなく、アーレフ教団施設の枠組みから離れて、一般に聖地といわれる場所を訪れていった。その中には、長野県の諏訪や戸隠等の古来の霊地・修行場があった。

諏訪は、諏訪大社、諏訪湖などで有名であるが、代表派のメンバーは、2005年初め、いまだ雪の降る季節の頃、諏訪を訪問した。

訪問の直前に、上祐はとても神聖な意識状態を体験し、心身がエネルギーに満たされていくのを感じたが、その直前に上祐は善悪二元論的な考え方を否定するという内容を教学していたので、神聖な意識はこれと深い関係があると感じた。そして、代表派から新団体ひかりの輪となっていく中で、これは非常に重要な教義の一部となった。

また、諏訪を訪問した際は、諏訪大社の各社、守矢山、小袋石(おふくろいし)、守矢資料館といった重要なスポットを訪れるとともに、諏訪湖の湖畔を歩く修行や、湖畔でキャンプをして瞑想する修行をした。

当時は、まだ相当に寒い時期だったので、多少の苦行のようになったが、上祐は、大きな意識の広がりを感じる体験をしたり、美しい虹の雲を見たりといった体験をした。その体験は、上祐以外の他の代表派のメンバーも共有した。

また、代表派は、長野県の戸隠にもよく訪れた。戸隠は、戸隠神社と言われるが、歴史的には山岳仏教・修験道の聖地であり、戸隠山を聖山としている。上祐は、特に戸隠神社の奥社を訪れたが、そこは杉並木が続き、山に登る途中に社屋がある。

代表派は、昔の山岳仏教の修行者にならって、彼らが歩いた道を自分たちも歩いたり、瞑想したりした。また、雪が降る季節にも訪問し、雪が腰の高さまで積もっている中をかき分けて歩いたり、防寒服に身を包んで夜間もキャンプしたりした。

特に奥社と呼ばれるところは、代表派の多くのメンバーにとって、霊的なエネルギー・霊気が強い場所であり、心身の状態を改善するにはとても良いところだと感じられた。なお、ここでも美しい虹を見る体験があった。

こうして、アーレフ教団の外の神社仏閣・聖地、そして大自然との触れ合いは、代表派のメンバーの意識を徐々に、教団だけが神聖であるという価値観(すなわち麻原および麻原が認めたものだけが神聖であるという価値観)から解放していった。

とはいえ、少なからぬメンバーにとって、この変化は非常にゆっくりとしたものであり、オウム・アーレフの価値観と新しい思想・実践との間で、様々な葛藤を伴ってもいた。そのためもあり、新団体設立のためにオウム・アーレフを脱会するのが2007年になったことは、前記の通りである。


(6)他の聖者の思想から学ぶ

また代表派は、2005年くらいからは、外部の聖者・宗教家の思想からも学び始めた。
その中には、例えば、インド三大聖者の一人とされるラーマクリシュナや、その弟子であるヴィヴェーカーナンダらの思想がある。

特に、ラーマクリシュナが説いた、「他の人に哀れみを垂れるということさえ傲慢な心の現れで、愚かなことであり、全ての人々を神の現れと見て奉仕するべきである」という考え方は、代表派に大きな影響を与えた。麻原といった特定の人物のみ絶対視して、教団外の人々には神性を認めなかったオウム・アーレフの教義とは大きく違ったものだったからである。

また、弟子のヴィヴェーカーナンダの思想や実践も参考になった。具体的には、彼が、

①ラーマクリシュナを崇める修行を中心としていた兄弟弟子に対して、一般の人々を神の現れと見て奉仕することが、真の悟りの道となると説いたこと、

②その結果として、ラーマクリシュナへの個人崇拝に執着する兄弟弟子から反発を受けつつも、それに屈せずに、修行実践の改革を行ったこと、

③インド哲学の中心であるヴェーダーンタの不二一元論を重視し、姿形のある対象に対する表面的な崇拝をなくした寺院を作ったこと、

などがあった。

また、明治期に発足した日本の新興宗教・大本(教)の聖師・出口王仁三郎の思想・実践も研究した。出口王仁三郎は、今でこそ大本の創始者とされているが、その過程においては、同教開祖であり義母である出口ナオを信奉する開祖派の幹部達と、激しい摩擦を経験した人物である。

開祖派の幹部は、出口ナオの受けた啓示に従って、大本だけが真理であり、大本以外は闇であると信じて、昼間でも(闇を照らすための)行灯を持って歩くこともあった。さらには、出口ナオの啓示には、いわゆるハルマゲドン・世紀末がすぐやってくるという予言があり、こういった点がオウムの信者とよく似ていた。

一方、王仁三郎は、大本だけが真理であるなどということはなく、このままでは、大本は世間から狂人扱いされると幹部達に諭した。開祖派の幹部には、王仁三郎が開祖・出口ナオを信じていないと見え、王仁三郎に改心を求めたり、王仁三郎には悪霊が憑いたとして批判し、王仁三郎の書籍を焚書にしたり、信者の前で批判したりした。

それが無くなるまで、王仁三郎は教団活動を停止し、教団外部でいろいろな事を学んだり、活動したりしたこともあったが、長年の間、耐える中で、徐々に王仁三郎の考え方を理解する幹部が増えていったとのことである。

こうして、この王仁三郎と開祖派の幹部の対立は、代表派と反代表派の主張の相違と通じるところがあり、古今東西、宗教というものは似たような問題を抱えているのではないかという認識も生まれた。

他にもいろいろあるが、こういった他の宗教家、教団、そして宗教や社会の歴史の勉強は、オウム・アーレフを唯一絶対の教団とする従来の見方から、代表派を解放していき、代表派と反代表派の摩擦も、歴史的に度々、宗教団体において経験されてきた問題であるという認識を与えてくれた。


(7)すべての人を神の現れと見る宗教体験

こういった教義の検討は、上祐らを中心に進んでいったが、それは単に頭の中で構築されたものではなかった。すべての人を神の現われと見る教えについてもそうであった。

例えば、上祐は、アーレフ代表派を立ち上げていく時期に、その後の代表派・ひかりの輪の幹部スタッフとなる者の相談に乗ったことがあるが、その時に、その相談者が神仏の如く見える体験をした。

相談者は、自分の悩み・迷いを上祐に相談しているのであるが、上祐は、その相談者を自分とは別の存在ではなくて、その人間の問題は自分にもある問題であり、自分の投影であると考えるように努めていたところ、相手が単に悩める人間ではなくて、あたかもその奥に神仏が存在しており、自分に何かを諭し教える存在であるように感じられた。

それは、単なる苦しみの相談ではなく、上祐にとって、神聖な時空間に感じられ、神聖な体験となったのである。

なお、著名なヨーガの修行者である、オーロビントも、自分が裁判にかけられたときに、裁判官が全て彼が崇敬するクリシュナ神に見えたという体験を語っている。


(8)聖徳太子ゆかりの寺を巡って

浄土真宗開祖・親鸞のように、自らの宗教的な実践に行き詰まりを感じた時に、日本の宗教界の最大の人物とも言える聖徳太子に心を向ける日本人は多いようである。

これについては、上祐ら代表派のリーダーも例外ではなく、以前からあった聖徳太子への関心も相まって、この時期に京都や奈良の太子ゆかりの仏閣を巡った。

最初は、聖徳太子の伝説で太子が空を駆ける馬に乗って行ったとされる所が、上祐らが訪れた聖地と偶然にもよく一致していたことなどから関心が高まったが、その後より深く調べる中で、太子の宗教・思想に共鳴していった。

それは、①太子が、神道が中心だった日本に仏教を重視して導入した立役者の一人であり、神仏習合という異宗教の融合が生まれる始まりとなったこと、②和をもって尊しとなすという教えを説いたことなどであった。

ひかりの輪では、「和をもって尊しとなす」とは、単に、人々の和合を説くに限らず、釈迦の説いた悟りの道である中道に関係するものと解釈している。

和という言葉は、平和という意味に限らず、中庸という意味があるが、釈迦の中道とは、快楽にも苦行にも偏らない中道(中庸)の道を意味する。また、「和」は、(ひかりの輪の)「輪」にも通じ、全てが輪のようにつながり一体であるという仏教的な思想とも関連している。

他にも、太子の教えの中で共鳴したことがあり、それは、太子が、「人を神として祭ってはいけない」と説いたことであった。また、前記の戸隠の近くに位置する日本最古の秘仏を祭る善光寺にも、太子ゆかりの伝説があり、代表派が重視する神社仏閣には太子との縁がよく見られ、親近感を感じるようになっていった。


(9)広隆寺・弥勒菩薩像との出会い

この時期に代表派のリーダー達が奈良や京都の太子ゆかりの寺を訪ねたことは前記の通りだが、その一環として、上祐をはじめとする代表派の者が、有名な弥勒菩薩半跏思惟像のある京都の広隆寺に参拝して、その弥勒像に非常に大きな感銘を受けるということがあった。

上祐らには、その仏像が、非常に神聖なエネルギーを発し、微細な智慧、広大で深い慈悲を有しているように感じられた。上祐の言葉で言えば、そこには仏陀の宇宙大・無限大の慈悲の空間があるように思われた。

この体験は、上祐らにとって非常に重要なものとなった。というのは、オウム・アーレフの信者の多くは、精神世界や宗教の体験のない一般の人にはわかりにくいことと思われるが、いわゆる「神聖な霊的エネルギー」というものに対するとらわれがあるからである。

そのため、麻原やオウム・アーレフ以外のものによって、神聖なエネルギーを体験するということがなければ、麻原やオウムが唯一の存在となってしまい、それらに対する依存から抜け出しにくくなってしまうからである。

この霊的なエネルギーについては、最近はスピリチュアルブームによって、気功とか気と言ったものが一般にも理解されるようになったが、実際の生理的な感覚・体験を構成している。ヨーガ・密教の修行者は、こういった宗教的・霊的な体験を求めており、何よりも重視する一面がある(悪く言えばとらわれている面がある)。

そして、時には自分が神聖なエネルギーを感じると、それだけで、その対象を神聖なものだと思いこんでしまう場合もある。実際に、オウム・アーレフの信者の中には、一連の事件があっても麻原のエネルギーは神聖であるから、麻原は間違っていないと考える者が少なからずいる。

霊的な修行の体験・経験がない者からは、このような話は当惑されたり、ばかばかしく思われたりするかもしれない。確かに、冷静に考えてみれば、それは全く信者の個人的・主観的な体験にすぎないのであって、麻原に神聖なエネルギーなど感じない人の方が、信者のように感じる人よりも、この世の中には多いのだが、オウム・アーレフにはそれを感じた(感じてしまった)者が多く集まっていたのであった。

なお、この弥勒像での体験についても、ひかりの輪の見解は、仏像が神・仏ではあり得ず、仏像とそれを見た人の相互作業によって、見た人の中に眠っていた神聖な意識、すなわち仏性が引き出されたと考える。すなわち、人が神ではないように、物である仏像も神ではなく、あくまでも、人の中にある仏性を引き出す象徴物・シンボルであるという見解である。

なぜ引き出されるのかと言えば、これも一種のシンクロニシティの体験であるということもできる。シンクロニシティとは、共時性・共鳴現象とも訳されるが、それは、人の内面にある精神的な要素と、外的な物理的な現象が連動する現象を意味するからだ。

このため、ひかりの輪では「象徴仏」という言葉を用いている。人の仏性を引き出すことが多い、仏像や仏画について、象徴仏というのである。ひかりの輪の祭壇に飾られているものも象徴仏であり、その仏画や仏像自体が絶対の崇拝対象なのではない。


(10)霊的な体験を絶対視しない原則を学んだこと

そうした個人的・主観的な体験に基づいて、殺人事件を起こした人物の善悪を判断してしまうことは、冷静に客観的に考えれば全く不合理なことである。

しかし、人間は誰しも自分が第一という心理があるから、自分自身が、普通はなかなかできないとされる霊的な経験をしたことから、自己のプライドも相まって、自分の霊的な体験を過大視・絶対視する傾向がある。そして、それは同時に、自分にその体験を与えたとされる教祖を過大視・絶対視することと不離一体である。こうして、霊的体験を与える教祖を神とする間違いが生じるのである。

そして、そのようなタイプの者たちが、その間違った考え方から脱却するために有効なのが、麻原やオウム・アーレフ以外において、この世の中には神聖なものが少なからず存在するという実体験である。実際に、A派(反代表派)は、麻原に対する帰依がなくなれば、彼らが信じるところの神聖なエネルギーのラインが断たれてしまうと主張していた。無智によるものとはいえ、このような現実がある。

なお、ひかりの輪としては、信者の中で麻原に関連して霊的な体験をしたという事実を持ち出すことによって、麻原を肯定する趣旨は全くない。ここでのひかりの輪の主張の趣旨は、このような霊的な体験は世の中にままあるにもかかわらず、免疫がない人間が多いため、体験を過大視・絶対視してしまう傾向があるので注意するべきだというものである。

そして、この考えを世間に広く伝え、自分たちを含むオウム・アーレフの現信者・元信者のような過ちを犯す者が少なくなるように努力することが、真の贖罪につながるものとひかりの輪は考えている。逆に、これらの事実を無理に隠蔽してしまうと、一定の霊能力や超能力を発揮するタイプの者たちを過大視・絶対視してしまい、過ちを犯す者たちが後を絶たないのではないかと懸念している。


(11)外部の思想家・宗教家との交流

さて、上祐らを中心として、こうした霊的体験を絶対視しない思想、霊的体験によって特定の者を神としない思想を獲得していった背景には、聖徳太子など古来の偉人にまつわる神社仏閣や聖地の手助けだけではなく、外部の優れた思想家・宗教家との交流も関係している。

神秘主義を絶対視しない考え方、神秘主義の相対化が進んだ背景には、外部の優れた宗教家や思想家の手助けがあった。例えば、全国的にも著名な宗教家である○○や、剣道6段にして剣禅一如(剣道と禅・仏教は一体との思想)と言われるように仏教思想にも詳しく小説家でもある○○氏、また、宗教団体「○○」の教祖などが含まれている。

彼らは、彼ら自身が霊的な力を有するという評価を持つ中で、霊的体験を絶対視してはならない考え方、そして、いかなる人も神・絶対としない原則などを説いており、彼らとの交流を通して、自分の暖めていた新しい思想との一致点を見いだして勇気づけられたり、新しい思想を新たに学びとっていった。

○○からは、上祐らは、「どんな人からも、どこかが間違っていると思って、学ぶこと」という教えを授かった。○○は、オウム真理教の問題は単に麻原の問題ではなく社会全体の問題だという視点から、寛大な心をもってひかりの輪を受け入れてくださったため、ひかりの輪は繰り返し○○を参拝することとなった。

上祐らは、○○氏との交流で、人を神としない原則、超能力によって人を絶対視しないといったことを含めた様々な一元思想を学んだり、確認したりした。また、○○氏の歴史小説○○からは、自分達を仏として独善性を強めた一向宗が織田信長と激突して滅ぶ一方で、同じ阿弥陀信仰でありながら自分達を絶対視せず謙虚な信仰を続けた善光寺の門徒が、戦国大名に翻弄されつつ最終的には力強く生き残っていった史実を学んだ。

また、○○は、(オウムを含めた)現在の宗教が、地球人類の未来に大きな影を落としているとし、オウムがポアと称して行ったように、自分達が悪と認識する他者を裁くことではなく、他者を許して信じることの重要性を説いているが、上祐らは、その交流を通して、裁きの宗教ではなく許しの宗教の重要性を見いだしていった。

他にも、ひかりの輪では様々な人との交流があるが、ご迷惑にもなると思われるので紹介することは避けることとする。

なお、今現在のひかりの輪は、麻原・オウムの時代と違って、外部の宗教・思想を学ぶ上での制約はなく、様々な思想を書籍やインターネットなどを通じて吸収している。また、日本の伝統仏教の研究も行っている。

その中には、主なものとしては、釈迦牟尼の説いた原始仏教、弘法大師空海の真言密教、伝教大師最澄らの天台宗の思想、浄土真宗・親鸞の思想、チベット仏教・ダライ・ラマ14世の仏教関係の思想、インドの伝統ヨーガの修行法などがある。

また、そういった外部の宗教家との交流の一つの結果として、麻原とオウム・アーレフが得意としたクンダリニーヨーガを中心とした霊的な体験についても、それを反省・総括する見解が生まれていった。


(12)オウムのヨーガ行法・霊的体験に関する反省の進展:外部の宗教家との質疑から

代表派ならびにひかりの輪のオウム時代の反省と総括のための調査・研究の中では、かつて麻原の修行の指導をしたインドのヨーガ行者(マハリシ・パイロットババ師)に対しても、麻原やその修行法に関する質疑を行なった。その結果は、以下の通りであった。

①たとえ解脱に至っていなくても、(ヨーガの専門用語でいう、アナハタ・チァクラのレベルであっても)、いわゆる超能力が身につくことがある。麻原は、このアナハタのレベルであり、それで修行が止まってしまった(すなわち、解脱に至らなかった)。

② ヨーガの身体操作の行法を実践した場合、たとえその人の精神が本質的には浄化されていなくても、一時的には浄化された状態となり、「サマディ」(三昧)を含めた深い瞑想体験が生じる場合がある。これによって傲慢になる恐れがある。麻原は、この行法に非常に熱心であったが、その意味で、精神的な浄化が不足して、身体行法に偏っていた。

この指摘は、代表派ならびにひかりの輪の幹部の中で良く吟味され、実際に、オウム・アーレフにおいては、相当に激しいヨーガ行法を使って、信者に霊的な体験をさせるが、そういった体験は、激しい行法を行なう集中修行の時が最高潮であって、それから離れると低減していくものであったために、この指摘はオウムに当てはまるものであろう、という結論に達した。

そして、1980年代から1990年代前半においては、日本の宗教界において、麻原とオウム真理教は、徹底的な身体行法で、霊的な体験をさせる点で際だっており、簡単にチベットなどの海外には行けない中、密教・ヨーガの神秘的な修行を求める多くの者たちにとって、麻原やオウム真理教以外にはなかったように見えた事実が、オウムが肥大化した原因であると思われた。

なお、ひかりの輪は、こういったインドのヨーギーの見解を重視し、ある意味で、麻原の我流であったヨーガの身体行法についても見直すことになった。

具体的に言えば、麻原・オウムのヨーガ行法には、過度な負担が心身にかかる過激なものであった。それは、身体を痛めるとか、急激に潜在意識に入りすぎ、精神異常を来すとか、霊的なプロセスを重視しすぎて、精神的なプロセスが十分に考慮されていないといった問題があった。

そこで、インドの伝統ヨーガの行法を取り入れて、心身を痛めないように、段階的な実践プロセスを導入し、また、一時的な霊的な体験よりも、心を静めるといった精神面を重視する身体行法に改善した。これによって身体に過度な負担をかけずに、よりすぐれた効果を得られるようになったとひかりの輪では自負している。


(13)弥勒菩薩像から学び取った真の救済者の姿勢

上祐らは、前記の弥勒菩薩像に接しながら、単に神聖なエネルギーだけではなく、重要な思想・教えを学び取った。

すなわち、弥勒菩薩像は、以下の通り、麻原と様々な意味で対称的な性格を持っていた。
麻原は人間であり、闘争的で、自己を神の化身、キリスト・王と位置づけ、武力によって20世紀のうちにも自分の真理の国を作ることを救済としていた。

一方、弥勒菩薩像は、人間ではなく、自然の木から作られたもので、1000年以上も何も語らず、静かに参拝する人を見守り、見た人に平和のイメージを与えている。そして、自己を未完(の菩薩)と自覚し、天界で修行しているという謙虚さや、56億7千万年という時を待って(釈迦没後56億7000万年後に地上に降誕するまで修行を続けるとされる)、人々を救済するといった忍耐を有したものであった。

そして、この対称性は、救済者とは何か、救済者とはどうあるべきかという重要な問題に関係していた。結論としては、かつて麻原が自らを模して表現した弥勒菩薩(マイトレーヤ)=救世主像には、真実の救済者としては著しい偏りがあって、それを改めてバランスをとるものが、弥勒菩薩像が与えるマイトレーヤのイメージであるという考えを代表派にもたらした。具体的には、以下の考えを代表派にもたらした。

①歴史を見ても、人が理想を掲げて世直しを目指す場合には、麻原に限らず、自分が善であり世の中が悪と見えることがあるが、その考え方は、傲慢の罠に陥る危険があり、麻原のように、(自分が社会に弾圧されているといった)被害妄想や、(自分は全くの正義であり救世主であるといった)誇大妄想に陥り、暴力・闘争を悪を正すための唯一の解決手段と誤って考える状態に至る可能性があり、その結果は、大きな破滅・自滅が待っている。

②そうではなく、たとえ他人や世の中が悪く見えたとしても、一元論的な思想に基づいて、その悪は自分にもあると考え、他人を反面教師として、まずは自己を改める努力をなすべきであり、こうして率先して自分を変える努力をしてこそ、自分と繋がっている他人を導くことができるようになり、こうした辛抱強い努力こそが暴力・武力に勝る大いなる力となる。

上記の考え方は、上祐らが、様々な聖者・宗教家の教えを検討した結果の部分もあるが、それだけでなく、弥勒菩薩像やその材料となった大自然について思索・瞑想しているうちに考えついたことでもあった。
弥勒菩薩像は、1300年もの間じっと動かず、辛抱強く衆生を見守り続けており、その仏像の材料となった木々を含めた大自然は、人類の営みをじっと見守り続け、その成長を見守っているとも解釈できると考えたのである。


(14)密教法具を活用した新しい密教的な技法の始まり

代表派は、2006年のゴールデンウィークと夏休みの大型の連休に、恒例のセミナーを行った。こうしたセミナーを繰り返す中で、代表派は段階的に麻原から自立するための諸条件を固めていった。

例えば、同年のゴールデンウィークのセミナーでは、オウム・アーレフが重視していた麻原の唱えた真言(マントラ)や、麻原のエネルギーが込められたとされる「甘露水」と呼ばれる水などに替わる新しい真言や聖水を生み出した。

具体的には、チベット密教などの儀式などで伝統的に用いられている神聖な音を出す法具を大々的に使用し始めた。様々な法具があり、それぞれ違った音を奏でるが、聴いて心地よいもの、心を静めるもの、深い瞑想状態に導くものなどがある。ひかりの輪では、この神聖な音を出すとされる密教の法具を「聖音法具」と呼んで、様々な儀式や瞑想修行の際に用いている。

また、最近は、合計すると数十種類にも及ぶ法具の音や波動を用いて心身を浄化する「聖音波動」と呼ばれる儀式や、録音した聖音にエフェクターをかけたり、回転させたりして、それを聞く人の心身を浄化する「聖音法輪」と呼ばれる儀式も行い始めた。このようにして密教の聖音法具を使って心身を浄化することを、ひかりの輪では「密教ヒーリング」と呼んでいる。

この結果として、麻原の真言・マントラは全て破棄している。さらに、密教の聖音法具の聖音によって浄化された水を「聖音水」と呼んで使用しており、オウム・アーレフにおける甘露水は一切破棄している。


(15)団体を挙げて、聖地巡礼を行なう

同年の夏休みの代表派セミナーは、聖地巡礼ツァーと銘打って行われ、教団始まって以来初めて、日本の聖地や神社仏閣を巡る旅となった。代表派のリーダー達が、それまでの数年の間に訪れて、色々な体験や勉強をした縁のある聖地を選んだ。

最初は、長野の諏訪・戸隠・善光寺に行き、その後、乗鞍を経て、京都・奈良を回った。乗鞍では3000mの高地からご来光を見て、大自然に投影された如来の慈悲の光を感じ、京都では広隆寺・弥勒菩薩像を皆で参拝した。そして、最後に奈良・吉野山(修験道の総本山で有名)を参拝した。

ひかりの輪のシンボルマークには虹色が使われているように、代表派のメンバーは、聖地などで不思議と虹を見る機会が多くあった。

そして、上記の聖地巡礼でも、その最後に訪れた奈良・吉野においてセミナーを終了した直後に虹が現れるという体験をした。セミナー解散直後というタイミングの良さに、皆が大喜びでした一幕があった。

なお、前記の通り、ひかりの輪においては、いわゆる神秘的な体験や偶然の一致にしては不思議な体験をしたとしても、オウム・アーレフのように、それを安直に教祖の神格化や絶対視に結びつけることはしていない。それは、条件が整えば誰でも体験することがあり得る人間としての自然な現象の一部と位置づけているからである。

また、そのような体験が現実として存在するにもかかわらず、その存在自体を端から無視する傾向がある旧来的な物質主義、物心二元論、古典的な科学などにも賛成しないというスタンスを取っている。

虹のような現象は、今のところ、精神医学者であるカール・ユングなどが唱えた「シンクロニシティ」(意識と外界の出来事が共鳴する現象で、意味のある偶然の一致とも言われる)の範疇に属するものだと考えている。

また、2006年末から代表派の年末年始セミナーが行われ、この際は、代表派に属する出家信者と在家信者が合同で参加した。

巡礼する聖地には、京都の弥勒菩薩・観音菩薩・釈迦如来などの仏像で有名な寺院と、天照大神をまつる伊勢神宮が選ばれた。前に、弥勒菩薩像について記したが、この参拝の際の観音菩薩像や釈迦如来像に対しても、代表派の信者の多くが、それぞれの良さを感じていた模様であった。

こと1000体もの観音菩薩像が立ち並ぶ三十三間堂は神聖で壮大なものであり、嵯峨・清涼寺の釈迦如来像にも透明感のある神聖なエネルギーを感じた信者が少なからずいた。


(16)全ての麻原の教義を破棄して、脱会する

別項にも述べたが、2006年10月から11月にかけて、アーレフ代表派の専従スタッフは繰り返し会合を開いて、今後設立を目指す新団体において、麻原への依存から脱却するために、麻原の教材を全て破棄することを決定した。

それは、翌年の2007年3月までに全て実行に移され、さらにその後は、麻原以外のアーレフ時代の教材を含めて(アーレフ代表派製作の教材の一部を除いて)、全てが破棄・回収とした。

こうして麻原の教義・教材を一切を破棄して、アーレフ代表派のメンバーは、2007年3月7日をもって、アーレフを正式に脱会し、5月に新団体ひかりの輪を設立することとなった。


(17)新団体の象徴仏を設置(釈迦牟尼・弥勒菩薩・観音菩薩)

なお、ひかりの輪では、釈迦牟尼を中心として、弥勒菩薩と観音菩薩を脇に置いた釈迦三尊像を祭壇に飾っているが、これは、2006年の夏から年末にかけての聖地巡礼の体験を通して固まっていった。

具体的には、参拝した奈良・吉野の修験道の総本山である金峯山寺には、御本尊は、修験道開祖の感得した金剛蔵王権現と呼ばれる三体の仏像であるが、これは、釈迦・弥勒・観音の三仏の権現(化身)であって、その三仏は、現在・過去・未来の三世の仏陀として位置づけられている。

この金峰山寺の信仰形態を知った上祐らは、自分達の宗教のシンボルとしても、この三仏を用いるのが適していると感じた。それは、それ以前より、釈迦牟尼・弥勒菩薩・観音菩薩という神格が、自分達の思想や宗教的な体験とマッチングしていて好意を抱いていたことが背景にあるが、その三仏を三世の仏陀と位置づける教えの論理的な美しさへの共感や、それを知った時期の前後にあった宗教的な体験などの様々な要素が絡んだものである。

また、新団体は、これらの三仏を「象徴仏」として位置づけた。この「象徴仏」という概念は、すべての人間の中にある仏性(ぶっしょう=仏となる性質)や慈悲の心を引き出す象徴としての仏という意味である。その意味で、観音とか弥勒といった菩薩が実在しており、それを絶対として信仰しているという意味ではない(そもそも、それは科学的に証明できることではないと考えた)。

しかし、古来、仏教徒をはじめとする多くの人々にとって、この三仏というものは、人々の仏性・慈悲といった神聖な意識を引き出してきた象徴であるということは事実であり、それをそのまま受け止めたものである。


(18)新団体の設立と、綱領の作成・承認

いよいよ、2007年5月において、新団体を立ち上げることとなり、それまで暖められてきた基本的な宗教観・世界観などが、新団体の「基本理念」(乙C1)としてまとめられて、採択されることになった(いわゆる団体の綱領である)。その要点は以下の通りである。

1 人の心身の浄化を通じて、人々と社会への奉仕に努める
2 自己を絶対視せず、未完の求道者の心構えを持つ
3 特定の人物を盲信せず、全ての人々に神性を認める
4 善悪二元論の妄想を超えた、叡智・思想に基づく実践を行なう
5 他の宗教・思想を排除せず、特定の宗教・思想を強制しない
6 全ての存在から学ぶ
7 全ての調和のための奉仕をする

そして、基本理念の付帯文として、オウム真理教の総括と反省として、以下の点がまとめられた。

1 人を神として盲信した過ち
2 架空の終末予言、善悪二元論の世界観を盲信した過ち
3 仏教・密教の誤った解釈・実践をした過ち

そして、これに基づいて、

4 この過ちの宗教的な責任の一端は、私たちにもあること
5 一般社会に対し、謝罪・賠償を行い、融和努力をすべきこと

が明記された。

これらは、すでにそれまでに上祐などが日頃の説法などで語っていた理念ではあるが、新団体の発足に際しては、正式にとりまとめられ、専従会員の総会で議論されて採択された。
また、これは在家の会員にも一読するように要請しているひかりの輪の新しい綱領であって、公安調査庁が主張するような形だけのもものではなく、実質的なものであることを理解されたい。


(19)現代的で一元論的なヨーガ・仏教の教え・瞑想法の講義

ひかりの輪の創設前後から、上祐を中心として、その説法やサイトでのメッセージの中で、ヨーガ・仏教の教えをベースにした現代的で一元論的な教えの解釈を提示し、その具体的な瞑想法を講義してきた。
また、その一部は、無色瞑想講義とか、仏教瞑想講義などと題された、具体的な瞑想法を記した教本として発刊された。これは、2007年から2008年にかけて、繰り返された。
その中には、縁起の法、カルマ・ヨーガの実践、現代科学に基づく仏教・ヨーガ思想の解釈などが含まれているが、これらもオウムの二元論的な世界観を乗り越えるものであった。


(20)広範な聖地修行の展開

新団体の設立された2007年は、団体を挙げての聖地修行が、これまでで一番多く行われた年であった。6月に日光に巡礼、夏は奈良の東大寺、さらには天川、関東は鹿島神宮や榛名神社など。9月は長野の諏訪、戸隠、善光寺を巡礼、10月は奈良の大神神社や天川弁財天、金峯山寺(金剛蔵王権現)、そして、11月は屋久島、そして12月には京都の比叡山延暦寺などである。

こういった聖地巡礼の目的は、聖地の神聖なエネルギーによる心身の浄化や、自然と一体となるといった宗教的な体験もあるが、それとともに、新団体の立ち上げとともに優れた聖地を体験することで、団体全体を名実ともに麻原・オウムの呪縛から解放していくといった意味合いもあった。

なお、この年の終わりに、年末年始のセミナーを控えていた上祐らは、その精神的な準備のために、高野山を訪れて、弘法大師空海の御廟(いわゆるお墓)の前で、瞑想を行ったが、その際に再び印象深い体験をした。それは、密教法具を手に持って御廟の前で瞑想を行なっていた時であるが、上祐らは、その場に満ちる明るく神聖なエネルギーの下で、瞑想を堪能していた。

その後しばらくして、上祐は、手の平の法具から神聖なエネルギーが自分の中に入り、心身を浄化していくように感じて、その直後、手の上の法具が小さくではあるがあたかも独りでに振動しはじめたように感じる体験をしたのである。その振動は、周りの者も実際に見ていたが、常識的に考えれば、まず上祐の手が振動した結果として法具が振動したとも思われる。しかし、先ほど述べたユングのシンクロニシティ現象の一つである可能性もある。

実は、上祐は、この直後の年末年始のセミナーにおいて、密教法具を用いた儀式を初めて行なう予定であった。また、この体験の前後に、密教法具を非常に重視して法具を手に持った姿に描かれることが多い空海が、単にそれだけでなく、彼もまた密教法具を用いて儀式を行っていたという見解があることもわかった。
さらに、高野山では、その法具を空海の身代わりとして用いていたり、高野山の開山の逸話にも法具が関係しており、そもそも空海がその師から授かった宗教名も、その法具の名前に由来していることなどもわかった。

こうして、上祐らには、セミナーでの法具を用いた自らの儀式と、高野山の空海の御廟前の法具の体験と、法具を用いた空海という過去の人物が、時空を超えて、どこかで全て繋がっているように感じられ、深い印象を残したのであった。


(21)グルイズムによらない密教修行:法具・仏像等の活用・重視

さて、2007年から2008年にかけて、オウム真理教にはなかった、ひかりの輪独自の修行形態として、密教法具や仏像を活用した密教の儀式・瞑想法が確立されるに至った。

密教の修行の場合は、チベット密教でよく説かれるように、霊的なエネルギーを重視し、それに関係してイニシエーションといったものが重視される。そして、イニシエーションを行うのはグル(霊的指導者・上師)であり、そのために、霊的なエネルギーの源がグルと位置づけられる傾向があり、グルを仏陀の化身とみなす教えがある。その結果、外部者から、グルイズム・ラマイズム(=グル教・ラマ教)とも呼ばれる修行実践が行われてきた。

そして、オウムでは、密教的な修行を行うときは、全て麻原の霊的なエネルギーに依存して行い、①麻原を絶対視して瞑想の対象として観想するグルヨーガなどの瞑想法、②麻原の霊的な力(とされるもの)によるシャクティパット、③麻原ないし麻原のマントラによって修法された甘露水、④麻原のマントラの音を使った「音のイニシエーション」といったものに依存しなければならなかった。

なお、高野山真言宗などの日本密教は、密教のタイプとしては中期密教に分類され、後期密教が強いチベット密教ほどにはグルイズムが強くなく、自分の師を絶対視することはない。そこで、上祐らは、この時期の前後、こうした日本密教のシステムを学んだり、グルイズムを絶対としないチベット密教の僧侶の見解を学んだりするなどして、独自のグルイズムによらない密教的な修行を生み出すように努めた。

その結果として、チベット密教や日本密教の伝統の中で、神聖なエネルギーを発していると教えられてきた密教法具や仏像を活用することによって、グルイズムによらない密教の霊的な修行・イニシエーション体系を実現するに至った。

具体的には、①瞑想の際の観想の対象は、人間ではなく、弥勒像などの神聖な仏像の写真や仏画とし、②密教法具によるエンパワーメントを用いる(弥勒金剛法具エンパワーメント)、③密教法具によって修法された聖水を使用し、④密教法具による聖音をもちいる、といったイニシエーション技法が生み出されたのである。

なお、同時に、伝統密教の僧侶の見解などを参考にして、心身に悪影響を与えない健全な密教の修行法を選択するように努めた。それは、精神病の人には密教修行は回避させることとか、健常人の場合も一定の準備段階を経た後にのみ高度な瞑想に進むようにするなどである。

さて、このような密教修行体系が確立された経緯は、単に頭で考えただけのものではなく、様々な密教関係の聖地での上祐らの宗教体験に基づいている。

例えば、弥勒半跏思惟像を観想する瞑想などは、繰り返し述べているが、広隆寺の弥勒半跏思惟像に関する上祐らの宗教体験がベースになっている(参考までに、広隆寺は真言宗系の寺である)。

上祐は、自宅にもその半跏思惟像の大型の写真を飾っているが、その写真があるところでは、常に神聖な意識になりやすいという体験をし、同じような体験をするスタッフや会員が少なからず現れて、その写真を飾ったり、瞑想に用いたりする習慣が、団体に広がっていった。

また、先ほど述べたように、密教法具によるエンパワーメント(弥勒金剛法具エンパワーメント)は、高野山真言宗の系統の者にも、一部行なう者がいることを聞いていたことがはあったが(チベット密教やネパールの仏教なども一部その可能性がある)、上祐らが、それに踏み切っていく過程においては、自分達の高野山の参拝での興味深い体験が関連してきて、それを後押しした面があった。


(22)21世紀の宗教のあり方を公式サイトなどで公表

2008年に入ると、上祐らによって、一般社会に対して、オウム真理教での経験に基づいて、ひかりの輪が考える21世紀の宗教のあり方が発表された。
 それは、
①グルイズムを超えること、
②宗教間の争いを超えて、地球が教団であるとする理想、
③前世・来世等の概念で、特定人物を神格化しないこと、
④その超能力によって特定人物を神格化しないこと
などが含まれていた。

この中では、オウム真理教の最大の問題であった特定人物の神格化に基づくグルイズムの具体的な問題点の指摘と反省などが述べられた。

それに関連して、宗教団体の教祖・リーダーが、自己を偉人の生れ変わりであるとして、前生や来世の概念を使って、自己を安直に神格化し、それを信者が安直に盲信し、神格化が進むといった問題を取り上げ、他の宗教や麻原の例だけでなく、自分自身の場合の反省(ヴィヴェーカーナンダの件など)も含めて、分析を加えた。

また、その人物の持つ霊的な力(いわゆる超能力)を過大視・絶対視してしまい、神格化する問題も指摘し、そういった現象は確かにあるが、その人が神・絶対である証明では全くなく、誰にでも多かれ少なかれあり、その人の人格とは必ずしも連動しないものとした。また、シンクロニシティ現象として心理学的に考察するべきだともした。


(23)新団体の社会的な目的を明確に公式サイトで打ち出す

さらに、この時期に、上祐は、新団体の社会的な意義・目的に関するメッセージを具体的かつ詳細に表した。その中で、ひかりの輪の目的として、

1 オウムの二元的な宗教を超えた一元的な新思想・宗教の創造(宗教面の贖罪)、
2 オウム真理教事件の被害者・遺族の方々に対する賠償(物質面の贖罪)、
3 高齢者・身体障害者を含む内部信者の相互扶助・扶養

等を上げて、新団体の目的・意義を説明した。


(24)上高地での修行、再び七重の虹を見て、様々な宗教的な体験をする

2008年の6月から7月にかけて、上祐らは再び、七重の虹を見る体験をした。それは日本有数の景勝地である長野県上高地においてであった。その素晴らしい自然に触れるために、当地を訪れた上祐らは、そこに滞在した期間、毎日のように虹を見て、合計で7回も虹を見ることになった。
そして、虹だけではなく、上高地での修行の間に、上祐はいろいろな内的な宗教的体験をした。上祐には、上高地の優れた自然は、欲のある人間と違って、全てあるがままに自然に生きる、自分にとっての教師のように感じられ、学びの対象のように感じられた。
そして、そう感じたときに、取り巻く自然に対する尊敬の気持ちが強まり、自分とその大いなる自然が融合して一体化したかのように感じた。そこには、まさに仏の慈悲のような、大きく温かい心が、見渡す限りの自然の中に一杯に広がっているように感じられた。

また、そうして大自然と一体になる経験を繰り返す中で、ある時、上祐には、人間とは、大自然の中から生み出され、大自然の中に戻っていく、大自然の一部であるという感覚が生じた。人間が大自然を開発・利用するのではなく、あくまでも、大自然は、大いなる母親のように、人を生んで育み、そして、人は死んで、大自然に帰っていく。大自然が中心であり、人は大自然の支配者ではなく、大自然の一部として生まれては死んでいくものである。こういった感覚が生じたのであった。
この上高地での滞在と修行の間に、上祐は、それまで暖めていた法則がよりいっそう整理されるのを感じ、その後、会員を迎えて開催した上高地の聖地巡礼セミナーおいて、今までとは一次元レベルの違った仏教思想を説くことになる。


(25)新しい境地、一元論的な大乗仏教の思想の展開

上高地で七重の虹を見た後、2008年の夏頃から、上祐らは、特に大乗仏教の伝統に見られる優れた一元論的な思想を研究し、それを講義して、学習するように会員に指導するようになった。これは、前記(18)に述べた、従来の一元論的な宗教思想と合致するものであるが、それがさらに進化して、より明確な思想となったものであり、団体の思想における大きな進化となった。

仏教の教えはオウムにもあったが、その特徴として、それは二元論的な仏教の思想であった。例えば、仏・聖者と凡夫を区別し、涅槃と輪廻・現世を区別する。これに基づき、オウムは、麻原を仏とし、教団が善業多き魂=聖、社会が悪業多き魂=邪と見て、社会を善と悪に二分化したことが、一連の事件の一因となった。

また、輪廻を絶対視し、この世・現世よりも涅槃(マハーニルヴァーナ)に入ることを最終的な救済と見て、この世・今生を軽視し、ポアと称して、教団と敵対する者の生命を奪っても構わないとしたことが、一連の事件の一因となった。

それに対して、上祐らは、この時期より、大乗仏教で発展した一元論的な仏教思想を詳細に紹介し、それを二元論的な仏教思想よりも高度な思想として位置づけて、その悟りを得るように努めることを会員に推奨した。

その思想においては、仏と凡夫は二分化されず、全ての衆生は仏性があり(一切衆生悉有仏性)、未来の仏陀であり(一切衆生悉皆成仏)、さらには、仏の智慧から見れば、今現在既に仏であるという見解がしめされた(凡夫即仏)。

また、涅槃とこの世(輪廻の世界)も二分化されず、仏の智慧から見れば、この世(輪廻の世界)が涅槃・仏の浄土であると説く(輪廻即涅槃)。

この一元論的な仏教思想は、オウムにはなかったものであるが、これは、オウムの二元論的な世界観の問題の克服(一連の事件の再発を防止)に大いに役立つと考えられる。

また、上祐らは、こういった一元論的な仏教思想の紹介と関連して、伝統的な仏教思想においては、以下の点が重視されていることも、会員に説明した。そして、それらは、全ての一連のオウム事件の原因とも関係する重要な項目であった。

① 師を絶対視して依存せず、自分で考えること

釈迦牟尼自身の教えとして、釈迦や自分の師を絶対視せず、釈迦を初めとする師の教えを無思考に受け取らずに、まずは疑い、良く吟味し、自分でその是非を判断するのが、正しい仏教の修行者のあり方であることを指導している(自灯明・法灯明の教え)。

また、これに関連し、一連の事件に関連して、問題になったマハー・ムドラーに関する麻原・オウムの間違った解釈も明確に指摘し、修正している。

② 真我説を盲信せず、無我説を理解すること

伝統仏教では、永久不変の自己の本質としての真我というものを認めず、あくまでも自己には実体はないとする無我説が重視されていることと、真我説を取るヨーガの修行では、場合によっては、自我意識が肥大化し、自己を神であると考える意識状態(いわゆる魔境)に入る恐れがあって、これが麻原・オウムであった可能性を指摘し、真我説を絶対視せず、無我説の有用性を理解するように指導している。

③ 輪廻説を盲信せず、実際の現実の幸福を重視すること

釈迦牟尼が、死後の世界や輪廻の存在の有無を説かれた時に、それに答えずに(無記)、この世の現実・実際の苦しみを取り除くことをより重視したという、釈迦の実際的な思想(釈迦の現世指向)を紹介し、輪廻説を絶対視・盲信せず、実際の現実の幸福を軽視しないように指導している。

なお、こういった大乗仏教の一元論的な思想を学ぶ上では、国内外の伝統的な仏教思想・哲学の権威の著作を用いて、それを解説する形を取っている。特に、日本の伝統的な伝統仏教思想を紹介するものとして、主に、中村元氏などの『岩波仏教辞典』の諸記載を用い、また、国外のチベット仏教を中心とした大乗仏教の思想を紹介するために、主に、ダライ・ラマ14世による『「ダライ・ラマ仏教入門』を多用するなどして、正統・正確な仏教思想・教義の伝達に努めた。

そして、これらの思想の伝達のために、複数の教本が発刊されるなどしたが、その点については次項に述べることにする。


(26)救いの三仏の教えの提示と、その具体的な修行法の展開

2008年も後半になると、釈迦牟尼・弥勒菩薩・観音菩薩という従来の三仏に加えて、救いの三仏として、大日如来・薬師如来・阿弥陀如来が象徴仏として新たに加わった。この意味合いは、これらの仏が大乗仏教の中心的な神格として、様々な意味で衆生の苦しみを取り除く役割を果たしてきた点に鑑み、ひかりの輪がよりいっそう人々の苦しみを癒すことが出来るようになればという願いが込められてのものである。

そして、この変化は、上祐らが行った10月の戸隠の聖地巡礼に触発された一面がある。その際の戸隠聖地巡礼では、これまでも繰り返し訪れていた中で、初めて訪れた宝篋印塔と呼ばれる仏塔のある聖地に上祐らは大きな感銘を受けた。

その場は非常に神聖な雰囲気があり、直ぐ近くに慈悲の化身である観音菩薩が祀られていた(そもそも戸隠は観音菩薩の聖地である)。そして、周囲のものと比較してもとりわけ大きく、ご神木と思われる杉の木が一本立っており、その前に仏塔が並んでいた。その場にたたずみ、瞑想した上祐らは、そこに観音菩薩の慈悲の波動を強く感じたのである。

さて、話を元に戻すと、その三仏の中の薬師如来に関しては、心身の病を癒す仏の象徴であるから、今後、ひかりの輪として、心理学を重視した修行・ヒーリング・心理療法の分野において、人々の苦しみを取り除く貢献をすることを意識したものである。

心理学・心理療法の世界では、仏教などの瞑想にヒントを得て作られたものが少なくない。すなわち、心理学と仏教には接点がある。例えば、カールユングなどの精神医学者は、仏教、密教、禅、ヨーガなどをしきりに研究したことで有名である。

ひかりの輪においては、盲信を超えて合理的・科学的な宗教を目指すことや、現代人の心身の苦しみの癒しのために、こういった心理学と仏教等の接点を活用した修行法・ヒーリングを採用している。

具体的には、①ユング心理学などの教説の学習、②心理療法で言われる認知療法の学習、③原始仏教から心理療法に取り入れられたビパサナー(正観)の瞑想(心理療法ではマインドフルネス療法とも言われる)、④前生回帰瞑想(心理療法では前生退行催眠・ヒプノセラピーともいわれる)などである。

また、心理学とは別の系統のヒーリングであるが、温泉入浴と同じような癒し・ヒーリング効果のあるものとして、温泉地のパワーストーンを用いた入浴トゥモ修行というものも導入している。

また、今度(2008年末)の年末年始セミナーにおいては、阿弥陀如来・観音菩薩に関係する教え、すなわち来世の問題に絡めて、先祖の供養について、それをいかに健全な形で考えていくかについての講義がなされる予定である。

これは、オウム真理教が、輪廻・来世を重視する中で、今生・この世を破壊する傾向があったことを踏まえて、輪廻説を盲信せず、今生・この世を軽視しない新しい思想に基づいて行われる予定である。


(27)ひかりの輪の教材の製作の経緯

ひかりの輪では、麻原・オウムの教材を一切破棄して、ひかりの輪の新しい思想・教義に基づいて、全く新しい教材を製作して、会員に提供している。

以下に時系列順に列挙していくが、これらの教材は、乙B-1~乙B135にあるので参照されたい。

そして、これらの教材の中で、公安調査庁によって、オウムの教義・教材との類似性を指摘されているものは、全体の比率からすればごくわずかであり、このことは、ひかりの輪の教えがオウムとは異なっていることを教材面から証明している。この事実を確認するためにも、以下に、 ひかりの輪が製作してきた教本、DVD・CD教材を、製作された時系列に並べたものを紹介する

◆ひかりの輪設立以前(アーレフ代表派時代を含め)

2006年

5月:チベット密教の観音菩薩の瞑想の講義・伝授
12月:チベット密教の修行:マンダラ供養の講義・伝授

2007年

◎1月
1 教本:仏教・ヨーガ講義Ⅰ:
チベット密教の僧の仏教思想の著作2点を解説した本

2 瞑想教本「無色瞑想講義基礎編」の発行:
原始仏教的な思索の紹介

◎2月
1 瞑想教本:「改定無色瞑想講義基礎編」上記の改訂版
2 瞑想教本:「無色瞑想講義実践編②宇宙意識の瞑想」
インドの伝統ヨーガが説く宇宙意識の瞑想の解説
3 瞑想教本:「無色瞑想講義実践編③自と他の区別を超える瞑想」(2007年2月頃)
仏教・ヨーガの教義に基づく思索の瞑想の解説
4 公式サイトで新団体設立の主旨に関する代表のメッセージを発信
①新団体を創ろうと思った背景 (2007/02/28)
②21世紀の新しい思想を創る (2007/03/01)

◎3月
1 公式サイトで新団体の重要な思想・教義のメッセージ
新団体の一元論の思想 (2007/03/05)
すべての存在に導きを感じる (2007/03/06)
真の人のための宗教を創る (2007/03/07)
善悪二元論の世界を超える (2007/03/10)

2 代表の主な説法のCD・DVDの刊行
01 代表派脱会と新団体設立の説明会①②(2007年3月4日東京)
02 新団体が精神向上のために力を入れる6つの分野(2007年3月11日船橋)
03 無智を捨断し、智慧を増大する(2007年3月18日大阪)
04 新団体の性格と思想について①②(2007年3月25日東京)

3 基本的なヨーガ行法のDVD:「ヨーガ基礎編」

◎4月
1 公式サイトでの主なメッセージ発信
1新団体の基本的な性格 (2007/04/06)
2新団体の提供するプログラムの概要(2007年04月08日)

2 代表の主な説法CD・DVD
05 真の幸福は自我意識を滅すること(2007年4月14日名古屋)
06 新団体の性格と真実の力 (2007年4月15日大阪)
07 貪りと幸福について(2007年4月29日東京)

3 チベット密教のヴァジュラサットヴァの教えの講義・伝授(2007年4月頃)


◆ひかりの輪の発足以降

※新団体発足にあたって
1 新団体の象徴仏の設置(釈迦牟尼、弥勒菩薩、観音菩薩)
2 団体の綱領の作成と承認:専従スタッフで採択、後に、会員にも読了を要請

◎5月:ひかりの輪設立
1 瞑想教本:無色瞑想講義 質疑応答(続編)(2007年5月頃)
2 瞑想教本:無色瞑想実践編③菩薩の智慧と慈悲(2007年5月頃)
大乗仏教・ヨーガの教義に基づく思索の瞑想の解説

3 公式サイトでの主なメッセージ発信
1「ひかりの輪」設立のごあいさつ(2007年05月13日)

4 代表の主な説法CD・DVD
08 新団体「ひかりの輪」について(2007年5月3日大阪)
09 新団体の思想(2007年5月5日東京)
10 新団体の重要な教えと方針(2007年05月06日東京)
11 心の解放を得るための道(2007年5月20日大阪)
12 他人の悪をどう見ていくか(2007年5月26日名古屋)

◎6月
1 主な代表の説法CD・DVD
13 怒りについてどう考えるべきか(2007年6月9日船橋)
14 釈迦の中核の教え、縁起の法について①②(2007年6月17日大阪)
15 一元の思想と一神教(2007年6月24日東京)

◎7月
1 会員向けサイトでの主なメッセージ発信
第1回 新団体と釈迦牟尼如来 (1)自灯明、法灯明の教え 2007年7月3日
第2回 新団体と釈迦牟尼如来 (2)択法覚支 2007年7月 4日
第3回 新団体と釈迦牟尼如来 (3)釈迦牟尼を重視する三つの理由 2007年7月6日   第第4回 宗教における象徴について(1)グルイズム 2007年7月8日
第5回 宗教における象徴について(2)グルイズム以外の象徴2007年7月9日

2 主な代表の説法CD・DVD
16 聖地巡礼奈良・榛名神社(2007年7月15日東京)
17 水の聖地と嫉妬心について(2007年7月22日大阪)
18 21世紀の宗教と聖地修行(2007年7月29日東京)

◎8月
1 瞑想教本「縁起の法」(2007年8月):仏教の縁起の法の解説とその瞑想法
2 瞑想教本「密教秘儀講義」(2007年8月):チベット密教の瞑想法の解説
3 会員向けサイトの主なメッセージ:ブラフマン・インド三大聖者の思想
第1回:聖音オームとブラフマン 2007年8月 9日
第2回:古代インド哲学の全体像 2007年8月10日
第3回:サーンキャ二元論と不二一元論 2007年8月10日
第4回:ブラフマン・一元思想の重要性 2007年8月13日
4 主な代表説法CD・DVD
19 華厳経と水の特性について(2007年8月13日東京)
20 大乗仏教の世界観と最新科学の類似性①②(2007年8月25日大阪)
21 現代科学から見た大乗仏教の解説①②(2007年8月26日東京)

◎9月
1 教本「基本修行教本」(2007年9月):団体の基本的な修行法の解説
2 主な代表説法CD・DVD
22 ひかりの輪の儀式と聖地①②(2007年9月23日大阪)
23 ひかりの輪の儀式修行とその意味合い①②(2007年9月24日長野小諸)

◎10月
1 教本「基本用語集」(2007月10月):団体の基本的な宗教専門用語の解説
2 団体のDVD機関誌:月刊ひかりDVDの刊行
月刊ひかりDVD2007年10月号(ひかりの輪の儀式修行とその意味合い同上
3 主な代表の説法CD・DVD
24 基本用語集の解説①②(2007年10月21日大阪)

◎11月
1 月刊ひかりDVD2007年11月号(基本用語集の解説 2007年10月21日大阪)
2 主な代表の説法CD・DVD
25 屋久島聖地巡礼の意味合い(2007年11月10日船橋)
26 一体三宝について(2007年11月18日大阪)
27 都の聖地と釈迦の教えについて(2007年11月25日東京)

◎12月
1 月刊ひかりDVD2007年12月号(釈迦の教えと一体三宝 2007年11月23日長野)
2 主な代表の説法CD・DVD
28 比叡山ゆかりの聖地と弥勒金剛法具エンパワーメントについて①②
(2007年12月16日大阪)
3 瞑想教本:「ターラ菩薩の教え」(2007年12月頃)」チベット密教の瞑想法
4 ヨーガ行法のDVD:エンライトメント・ヨーガ(2007年12月頃)
深い瞑想にはいるためのインドの伝統ヨーガの修行法

◎2008年
◎1月:
1 瞑想教本:無色瞑想講義・一元法則の秘儀 (2008年1月頃)
一元的な世界観を養うための仏教的思想の瞑想法
2 月刊ひかりDVD2008年1月号(三毒の破壊について 2007年12月24日長野)
3 主な代表の説法CD・DVD
01 現代の心の病と薬師如来(2008年1月27日東京)

◎2月:
1 月刊ひかりDVD2008年2月号
(現代の精神的な病と薬師信仰の聖地、会津について 2008年1月12日船橋)
2 主な代表の説法CD・DVD
02 唯識派と法灯明、自灯明(2008年2月17日大阪)
03 輪の思想について(2008年2月24日東京)
3 教本:ひかりの輪と法具について(2008年2月頃)
密教法具の意味合いと使い方の解説
4 ヨーガ行法のDVD:ナチュラル・ヨーガ(2008年2月頃)
自然感覚を重視したヨーガの行法の紹介
5 オウムを含めた宗教の問題の解決に関するメッセージ
①21世紀の宗教のあり方
②グルイズムを超えて、21世紀の宗教へ (2008/02/16)
③宗教間の争いを超え、地球教団の理想へ (2008/02/20)
④前世・来世による神格化・争いを超える (2008/02/21)
⑤超能力による神格化・争いを超える (2008/02/21)
6 新団体の社会的意義・目的に関するメッセージ
新団体の社会的意義(1):三つの目的 (2008/02/29)

◎3月:
1 月刊ひかりDVD2008年3月号(一元思想に関しての教えと修行体系
2008年2月9日船橋)
2 主な代表の説法CD・DVD
04 21世紀の問題と宗教思想との関係(2008年3月8日船橋)
3 新団体の社会的意義・目的に関するメッセージ
新団体の社会的意義(2):新しい宗教・思想の創造 (2008/03/05)
新団体の社会的意義(3)/地球問題を解決する宗教思想 (2008/03/08)

◎4月:
1 瞑想教本:「新仏教瞑想講義 21世紀の新しい仏教瞑想の講義」
現代的な仏教思想の再解釈と瞑想法を講義(2008年4月頃)
2 月刊ひかりDVD2008年4月号(自業自得について 2008年3月23大阪)
3 主な説法のCD・DVD
05 カルマヨーガの深め方と21世紀の仏教思想について (2008年4月13日船橋)
4 教本:「カーラチャクラ・タントラの真言:(2008年4月頃)
チベット密教の真言の解説
5 密教修法伝授 密教法具による聖水修法(2008年4月頃)
密教法具によって聖水を作る方法の講義・伝授

◎5月:
1 ひかりDVD2008年5月号
(大日如来と21世紀の新仏教について 2008年4月6日仙台)
2 主な代表の説法CD・DVD
06 21世紀を贖罪の世紀に①②(2008年5月25日東京)
3 瞑想教本:「トンラの瞑想」(2008年5月頃):
チベット密教の瞑想法の解説・伝授

◎6月:
1 専従会員向けメッセージ配信
1犯罪抑止の社会貢献を考える--秋葉原の事件を見て(2008年6月13日)
2途上国援助とテロの抑止(2008年06月20日)
2 会員向けサイトでのメッセージ発信
1今後社会=地球への奉仕1(2008年7月12日)
2なぜ「地球問題」というのか、貪りの捨断こそが根本的な解決
(2008年6月22日)
3循環型の経済(2008年6月22日)
4途上国の援助に関する考え方(2008年6月25日)
5途上国の援助に関する考え方2(追加)(2008年6月25日)
6ヨーガが説く3つの施し(2008年6月25日)
7皆で行う21世紀の救済--プライドの貪りを捨てる(2008年6月28日)
8宗教も社会も変わるべき時
少欲知足と分かち合いこそが幸福の道(2008年6月28日)
9王侯貴族の日本人--今の幸福に気づいて分かち合う(2008年6月29日)
102つの悪魔を超えて(2008年6月29日)
11日常のための一元の法則(2008年6月29日)
12ひかりの輪のバクティ・ヨーガ(2008年6月29日)
13自業自得の法1(2008年6月30日)
14自業自得の法2(2008年6月30日)
現実の苦しみを経験する重要性と、オウムの「マハームドラー」の問題
3 月刊ひかりDVD2008年6月号
(一元思想における帰依と四無量心について 2008年5月18日大阪)
4 主な代表説法CD・DVD
07貪りを捨断し、分かち合う社会へ(2008年6月22日大阪)

◎7月:
1 教本:「上高地・聖地自然セミナー」上祐代表特別講義(20008年7月17日)
仏教・ヨーガの教義の解釈:真我説の相対化などを含む
2 会員用サイトへのメッセージ発信
15カルマ・ヨーガについて1(2008年7月 1日)
16カルマ・ヨーガ2
 他人・外界に感じる幸・不幸は自分に因がある(2008年7月1日)
17カルマ・ヨーガ3--すべての衆生が神仏の現れである(2008年7月1日)
18カルマ・ヨーガ4(2008年7月 1日)--すべての衆生に対する
帰依に基づいた、セルフ・マハームドラーの実践法
19カルマ・ヨーガ5--カルマ・ヨーガと三仏の修行(2008年7月 2日)
20大自然と一体になる道(2008年7月 6日)
21智恵と慈悲(2008年7月 6日)
22貪りは人を弱くする(2008年7月 7日)
23涅槃寂静、不苦不楽(2008年7月 7日)
24ひかりの輪の4つのヨーガ (2008年7月 9日)
25真の菩薩の行の実践--自然流の衆生済度(2008年7月 9日)
26六波羅蜜の再考--業を滅する道として(2008年7月10日)
27仏教心理学について(2008年7月10日)
28大自然とのつながりと精神不安定の関係
特に大地母神について(2008年7月14日)
29法則と法縁と法施の価値(2008年7月25日)
30地球が教団であること--分かち合い(2008年7月25日)
31感謝と分かち合い(2008年7月27日)
32感謝と分かち合い2(2008年7月27日)
33感謝と分かち合い3--すべての人を幸福にする道(2008年7月27日)
34感謝と分かち合い4--法施のすばらしさ(2008年7月27日)
35自己愛型社会・誇大自己の問題(2008年7月27日)
36ザンゲによる真の浄化と許し(2008年7月30日)
4 月刊ひかりDVD2008年7月号(幸福に関する仏教哲学 2008年6月29日東京)
5 主な代表の説法CD・DVD 08 誇大自己と被害妄想(2008年7月13日大阪)

◎8月:
1 教本:「夏期お盆セミナー特別教本」(2008年8月13日)
仏教思想全般の解説 多様な縁起の法の解説、輪廻説・真我説の相対化
特に、一元的な仏教思想(輪廻即涅槃、凡夫即仏)
2 瞑想教本:「夏期お盆セミナー瞑想テキスト」(2008年8月11日)
3 会員サイト向けのメッセージ発信
37宗教的な実践と地球問題の解決(2008年8月 1日)
3821世紀問題の根源--環境問題から精神的な問題まで (2008年8月1日)
39今後の社会・地球への奉仕2--贖罪の奉仕への導き(2008年8月 2日)
40物心の貪りを越えた法施のあり方(2008年8月 3日)
41途上国援助とテロの抑止(2008年8月10日)
42現代人が集団で積む悪業--カルマ・ヨーガの実践のために(2008年8月24日)
4 月刊ひかりDVD2008年8月号(懺悔の修行について 2008年7月12日船橋)

◎9月:
1「仏教講義・悟りの道程1・縁起の法」の刊行
多様な縁起の法の解説、輪廻説・真我説の相対化
一元的な仏教思想、輪廻即涅槃、凡夫即仏、
2 会員向けサイトへの主なメッセージ発信
43.自と他のつながり1--人は大自然の一部(2008年9月07日)
44.自と他のつながり2--輪廻の教えと生態系論から(2008年9月8日)
45.神仏の存在を信じる科学性・合理性、およびその感性の育み方
(2008年9月9日)
3 月刊ひかりDVD2008年9月号(縁起の法の基本的定義 2008年8月31日船橋)
4 代表の主な説法CD・DVD
09釈迦牟尼の法の中核:縁起の法①②(2008年9月7日福岡)

◎10月
1「戸隠セミナー特別教本 悟りへの道と大乗の教え」(2008年10月頃)
自分で考える修行や師への批判の肯定、
大乗の教え、智慧と方便、密教の教え
2 教本朗読CD「声聞多学修行用テキスト」の発刊
3 会員用サイトでの主なメッセージ発信
46.オウムの時代の悪業とその清算について(2008年10月1日)
47.怒りを滅する3つの一元法則--弥勒半跏思惟像の観想
(2008年10月3日)
48.賠償を含めた、新団体の意義を確認する(2008年10月08日)
49.弥勒菩薩の智慧と慈悲 --他人の悪業に対する怒りを滅する、
弥勒菩薩の智慧と慈悲 (2008年10月11日)
50.《救いの三仏の教え 1》 救いの三仏とその教え
 現代社会での多様な利他の実践のために (2008年10月14日)
51.《救いの三仏の教え 2》 今後の修行体系の改善
3つの仏教修行の体系と、救いの三仏の教え (2008年10月19日)
52.《救いの三仏の教え 3》 薬師如来の教え
心身の癒しと現世幸福(008年10月21日)
53.《救いの三仏の教え 4》 阿弥陀如来の祝福と教え(008年10月22日)
54.占星学の活用(2008年10月23日)
4 代表の主な説法CD・DVD
10 他人の悪行に対し、怒りを滅して慈愛を培う(2008年10月5日千葉)
11 悟りへの道と大乗の教え①②(2008年10月19日大阪)

◎11月
1 会員向けサイトでの主なメッセージ発信
55.入浴トゥモ用の修法石について--薬師如来の修行(008年11月13日)
56.智慧と方便(2008年11月13日)
57.21世紀のための阿弥陀如来・観音菩薩の教え1
伝統的な阿弥陀信仰(2008年11月21日)
58.21世紀のための阿弥陀如来・観音菩薩の教え2
菩薩道と平等心の重要性(2008年11月24日)
59.21世紀のための阿弥陀如来・観音菩薩の教え3
来世と今生の幸福をどう考えるか(2008年11月25日)
2 月刊ひかりDVD2008年10/11月号
(生と死、楽と苦、善と悪の輪について 2008年9月21日大阪

◎12月
1 会員サイトでの主なメッセージ発信
60.智恵(智慧)と愛(慈悲)と感謝(帰依)の教え
21世紀の宗教・思想と、その布教のあり方(2008年12月7日)
61.ひかりの輪の実践の中核
神聖な人々の輪を広げるために(2008年12月9日)
62.弥勒菩薩と平等心(2008年12月11日)
63.弥勒菩薩と平等心2--自分の個人的な体験から(2008年12月12日)
64.すべての人々を神仏の現れと見る
日々の実践や儀式の修行(2008年12月13日)
2 月刊ひかりDVD2008年12月号
(「悟りへの道と大乗の教え」について 2008年10月26日東京)

以上

 2 オウム真理教にはない、ひかりの輪の新しい教義・教材・修行法


ここでは、オウム時代には全くかほとんどなく、ひかりの輪になって、全く新しく説かれているといってよい教義や修行法について、その主なものを説明する

(1)日本各地の聖地巡礼修行

前記のようにひかりの輪においては、前身のアーレフ代表派時代から聖地巡礼修行を実施してきており、オウムにはない、ひかりの輪の大きな特徴になっている。これは、アーレフを脱会した、ひかりの輪を生み出すに至った上祐らの原初的な宗教的な体験が、聖地巡礼によってもたらされた側面があるからであり、ひかりの輪は、これをオウム信仰から脱却するためにも重要なものとして位置づけて、実行してきた。

以下に簡潔に説明するが、詳しくは、証拠乙B128~乙B130にあるので参照されたい。
1乙B128 ひかりの輪の聖地修行
2乙B129 屋久島聖地巡礼自然修行資料
3乙B130 平安京・江戸の都 聖地巡礼資料

実際に、神社仏閣を含む聖地への巡礼は、上祐に反対する反代表派信者からは、「外道・魔境の実践であり、グル(=麻原)の教えに外れた行為」とされ、激しい批判・排除の対象となった。なお、かつて公安調査庁が、ひかりの輪の聖地巡礼が「麻原の手法と同じ」ものという見解を表明したことがあったが、それは全く事実に反しており、聖地巡礼は、自然、他宗教、日本文化との交流によって脱麻原の効果を持っている。

第一に、上祐の脱麻原のきっかけの原点は、聖地での体験であった。上祐は、自然豊かな聖地へ赴いた際、一連のオウム事件の原因ともなった善悪二元論的なものの考え方から脱却する一元論的な思索・瞑想を行い、その際に、珍しい虹の現象を見る体験をした。これが、後に、麻原とオウム真理教の教義から脱却していく上で、非常に大きな影響を与えた。

第二に、聖地巡礼は、グルイズムからの脱却に役立つ。麻原という一人の人間を神の化身として絶対とし、麻原とその教義や修行法を唯一絶対とする、いわゆる「絶対的グルイズム」と180度逆の方向性が、ひかりの輪における聖地巡礼の修行である。

その理由は、麻原とその教義・修行施設を離れて、さまざまな聖地・自然、神社仏閣=他宗派、宗教家・土地の人々に接し、学ぶというところにある。

さらに根本的なこととして、麻原等の人間を神として崇拝するのではなく、日本人の伝統である自然信仰、聖地信仰、仏像信仰を含めた神社仏閣の信仰などに、信仰の対象を変えていくプロセスとなっている。
これらのことは、オウム・アーレフの教義を超えて脱会し、ひかりの輪が独立する上で、大変大きな助けとなった。

また、麻原とオウムは、インドの巡礼をやめた後にオウム事件を起こしたという事実がある。一連の事件に繋がった「ヴァジラヤーナ活動」を本格化するために、1992年を最後として1993年にはインド巡礼を行わない決定をしたという事実がある。

第三に、ひかりの輪の聖地巡礼は、麻原の実践とは全く異なっている。聖地巡礼修行は、アーレフ代表派時代において、麻原を絶対視する反代表派から、麻原の教えと矛盾する「外道への礼拝」「魔境的な行為」と批判される行為であった。もし仮に、麻原の信仰実践の範疇であれば、麻原を絶対視する彼らから、むしろ賞賛・歓迎されているはずだった。

麻原が行った聖地巡礼は、インドの釈迦牟尼ゆかりの聖地巡礼であり、しかも、1991年、1992年の2回だけに限られており、オウムにおける中心的な修行ではなかった。麻原とオウム教団は、日本社会と日本宗教を否定し、自己の権威をインドのヨーガやチベット密教の聖者に求めた面があり、そのため、国内の聖地巡礼は行われなかった。

それに対して、ひかりの輪の聖地修行は、もっぱら日本各地のさまざまな聖地とそれと結びついた日本宗教の拠点を巡るものであり、その点において明確に異なっている。さらに、聖地巡礼によって日本社会や他宗教との融和を進めたいと考えており、実際に、多くの他宗教の神社仏閣に赴き、交流している。

なお、聖地巡礼は宗教全般に見られる修行実践である。古来、求道者にとって、聖地に赴くこと、巡礼をすることが、非常に重要な修行とされてきたことは、日本においては伝統となっている。
修験道開祖の役行者、高野山の弘法大師・空海、比叡山の伝教大師・最澄など、聖地に籠もって修行を深めた宗教者たちが数多く存在してきた。

ひかりの輪においても、オウム時代の過ちから脱却するために、日本的なやり方に習い、大自然や聖地を師とする方向に転換し、聖地巡礼を修行として行っているのである。

このような考えに基づいて、上祐およびひかりの輪では、これまで実にさまざまな聖地を巡礼してきた。その場所や神社仏閣については、2008年12月時点で、以下のようになっている。また、それぞれの巡礼に関しては、その一部はすでにレポートとしてひかりの輪の公式サイト上に掲載されており、今後も掲載を続ける予定である。

◎2002年

この年の聖地巡礼は、アーレフ時代の上祐が、麻原の家族らを中心に、反代表派の反発を受ける理由の1つともなったものである。

東北:青森県十和田湖、秋田大湯遺跡
諏訪:諏訪大社四社、諏訪湖、御頭御社宮司(ミシャグジ)総社
乗鞍:乗鞍、大黒岳
沖縄・久高島:御嶽(ウタキ)巡礼
出雲:出雲大社
奈良:飛鳥、斑鳩の多数の寺社(聖徳太子ゆかりの寺など)
日光:東照宮、中禅寺湖、二荒山神社

◎2005年 日本各地の聖地巡礼を本格的にはじめた年

この年の聖地巡礼は、アーレフ時代の上祐が活動復帰後に代表派のリーダーと共に行った巡礼で、反代表派からは、「外道・魔境」「麻原の教えと違う、反する」と批判と反発を受けたものである。

戸隠:戸隠神社五社
諏訪:諏訪大社四社、守矢山、ミシャグジ社
熊野三山:熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社
三輪山:大神神社とその近辺

◎2006年 聖地巡礼ツアーをはじめた年

この年は、アーレフ代表派が団体を上げて、本格的な聖地巡礼を開始した年である。

熊野三山:熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社
伊勢:伊勢神宮内宮・外宮、瀧原宮
比叡山:比叡山延暦寺
高野山:高野山金剛峰寺
戸隠:戸隠神社五社
長野:善光寺、諏訪大社四社、諏訪七石、ミシャグジ社、高遠、辰野
奈良:法隆寺、中宮寺、豊浦寺
奈良吉野:金峯山寺、桜本坊、天河大弁財天社、龍泉寺、みたらい渓谷
京都:清凉寺、広隆寺、三十三間堂
富士:浅間神社、富士五湖

◎2007年 新団体としての聖地修行の開始

6月 日光:光東照宮、輪王寺(阿弥陀三尊像)、中禅寺(立木観音)、
7月 奈良・群馬
東大寺、法華堂、春日大社、若宮、
天川弁財天、龍泉寺、鹿島神宮、香取神宮、息栖神社
榛名神社、水沢観音、榛名湖、
日光東照宮、輪王寺(阿弥陀三尊像)、中禅寺(立木観音)、
千手が浜、瀧尾神社、二荒山神社、常行堂、法華堂
9月 諏訪・戸隠
諏訪大社上社前宮、善光寺、戸隠鏡池、戸隠古道散策、
戸隠五社巡り(奥社、九頭龍社、中社、火之御子社、宝光社)
10月 奈良、天川
大神神社、丹生川上神社、山辺の道、桧原神社、丹生川上神社中社、
天川弁財天、高倉山、発菩提心門、龍泉寺、金峯山寺(金剛蔵王権現)
11月 屋久島
春田浜、ヤクスギランド、紀元杉、益救神社、白谷雲水峡、矢筈神社
12月 京都:比叡山延暦寺、日吉大社、下鴨神社、賀茂神社、京都御所
東寺、広隆寺、松尾神社

◎2008年

1月 東京:日枝神社、浅草寺、寛永寺、上野東照宮、清水観音、増上寺
2月 天川弁財天、高野山
3月 会津、高湯温泉、温泉神社、薬師堂、
4月 南紀白浜、鳥取、高野山
白浜温泉、熊野三所神社、高山寺、闘鶏神社、三徳山三佛寺、高野山
7月 上高地:大正池、田代池、穂高神社奥宮、明神池、岳沢
11月 善光寺・戸隠:善光寺、戸隠奥社、鏡池、宝篋印塔、戸隠山登拝


(2)一元論的な大乗仏教の思想の講義・学習

オウムにも仏教の教えはあったが、その特徴として、二元論的な仏教の思想であった。例えば、仏・聖者と凡夫を区別し、涅槃と輪廻・現世を区別する。これに基づき、オウムは、麻原を仏とし、教団が善業多き魂=聖、社会が悪業多き魂=邪と見て、社会を善と悪に二分化したことが、一連の事件の一因となった。

また、輪廻を絶対視し、この世・現世よりも、涅槃(マハーニルヴァーナ)に入ることを最終的な救済と見て、この世・今生を軽視し、ポアと称して教団と敵対する者の生命を奪っても構わないとしたことが、一連の事件の一因となった。

一方、ひかりの輪は、大乗仏教で発展した一元論的な仏教思想を紹介し、それを二元論的な仏教思想よりも高度な思想として、その悟りを得ることを最終の目標としている。その中では、仏と凡夫は二分化できず、全ての衆生は仏性があり(一切衆生悉有仏性)、未来の仏陀であり(一切衆生悉皆成仏)、さらには、仏の智慧から見れば、今現在すでに仏であり(凡夫即仏)、さらに、涅槃とこの世(輪廻の世界)も二分化されず、仏の智慧から見れば、この世(輪廻の世界)が涅槃・仏の浄土であると説く(輪廻即涅槃)。

この一元論的な仏教思想は、オウムにはなかったもので、これによって、オウムの二元論的な世界観による一連の事件の再発を防止することができる。

また、こういった一元論的な仏教思想の紹介と関連して、伝統的な仏教において、以下の点が重視されていることを紹介している。

① 師を絶対視して依存せず、自分で考えること

釈迦牟尼自身の教えとして、釈迦や自分の師を絶対視せず、釈迦を初めとする師の教えを無思考に受け取らずに、まずは疑い、良く吟味し、自分でその是非を判断するのが、正しい仏教の修行者のあり方であることを指導している(自灯明・法灯明の教え)。
また、これに関連し、一連の事件に関連して、問題になったマハー・ムドラーに関する麻原・オウムの間違った解釈も明確に指摘し、修正している。

② 真我説を盲信せず、無我説を理解すること

伝統仏教では、永久不変の自己の本質としての真我というものを認めず、あくまでも自己には実体はないとする無我説が重視されていることと、真我説を取るヨーガの修行では、場合によっては、自我意識が肥大化し、自己を神であると考える意識状態(いわゆる魔境)に入る恐れがあって、これが麻原・オウムであった可能性を指摘し、真我説を絶対視せず、無我説の有用性を理解するように指導している。

③ 輪廻説を盲信せず、実際の現実の幸福を重視すること

釈迦牟尼が、死後の世界や輪廻の存在の有無を説かれた時に、それに答えずに(無記)、この世の現実・実際の苦しみを取り除くことをより重視したという、釈迦の実際的な思想(釈迦の現世指向)を紹介し、輪廻説を絶対視・盲信せず、実際の現実の幸福を軽視しないように指導している。

なお、こういった大乗仏教の一元論的な思想を学ぶ上では、国内外の伝統的な仏教思想・哲学の権威の著作を用いて、それを解説する形を取っている。特に、日本の伝統的な伝統仏教思想を紹介するものとして、「岩波仏教辞典」、国外のチベット仏教を中心とした大乗仏教の思想を紹介するものとして、「ダライ・ラマ仏教入門」を多用している。

一元論的な仏教思想は、特に2008年の夏期以降、それまで以上に多く説かれるようになった。これまでに発刊した主な教材としては、以下のものがある。なお、公安調査庁が証拠とした外部宗教学者の見解は、この事実を知らないことによる誤解であることは非常に残念である。

1 教本

1「上高地・聖地自然セミナー」上祐代表特別講義(2008年7月)
2「夏期お盆セミナー特別教本」(2008年8月13日)
3「仏教講義・悟りの道程1・縁起の法」の刊行(2008年9月)
4「戸隠セミナー特別教本 悟りへの道と大乗の教え」(2008年10月)
5 教本朗読CD「声聞多学修行用テキスト」(2008年10月)

これらの教材は、乙B5~乙B16にあるので参照されたい。

2 上祐の説法DVDやサイトでのメッセージ

多数提供されており、詳しくは、上記のひかりの輪の教材製作の経緯を参照


(3)一元論に基づく現代的・科学的な仏教の瞑想法の講義・学習

さて、上記(2)は、特に2008年の夏期前後に始まった大きな変化として、一元論的な大乗仏教の思想の講義について説明をした。しかし、それ以前にも、大乗仏教には限らない形で、ヨーガ・仏教の教えをベースにして、一元論的な性格を持った、しかも21世紀の時代に適した現代的・科学的な教えを様々な形で、上祐が中心になって説いてきた。
その中には、縁起の法、智慧と慈悲、現代科学に基づく仏教・ヨーガ思想の解釈などが含まれているが、これらも、オウムの二元論的な世界観を乗り越えるものであった。具体的な教材としては以下の通りである

1 瞑想教本
「無色瞑想実践編③菩薩の智慧と慈悲」(2007年5月頃)
「縁起の法」(2007年8月)
「新仏教瞑想講義 21世紀の新しい仏教瞑想の講義」(2008年4月頃)

これらの教材は、乙B21~乙B29にあるので参照されたい。

2 代表の説法DVDやサイトでのメッセージ
多数提供されており、詳しくは、上記のひかりの輪の教材製作の経緯を参照


(4)グルイズムによらない密教修行:法具・仏像等の活用・重視

オウム真理教にはなかった、ひかりの輪独自の修行形態として、密教法具や仏像を活用した密教の儀式・瞑想法がある。

密教の修行の場合は、チベット密教で良く説かれるように、霊的なエネルギーを重視し、それに関係してイニシエーションといったものが重視される。そして、イニシエーションを行うのはグル(霊的指導者・上師)であり、そのために、霊的なエネルギーの源がグルと位置づけられる傾向があり、グルを仏陀の化身とみなす教えがある。その結果、外部者から、グルイズム・ラマイズム(=グル教・ラマ教)とも呼ばれる修行実践が行われてきた。

いうまでもなく、オウム真理教は、このチベット密教的なグルイズムを導入し、チベット密教よりもさらに強化し、麻原を絶対神の化身であり、最高のグル、救世主・キリストとして位置づけた。ここに一連の事件問題の原因もあった。

そして、オウムでは、密教的な修行を行うときは、全て麻原の霊的なエネルギーに依存して行い、①麻原を絶対視して観想し、②麻原の霊的な力(とされるもの)によるシャクティパット、③麻原ないし麻原のマントラによって修法された甘露水、④麻原のマントラの音を使った「音のイニシエーション」といったものに依存しなければならなかった。

なお、高野山真言宗などの日本密教では、チベット密教ほどには、グルイズムが強くなく、自分の師を絶対視することはないようだが、イニシエーションに該当するものとして、師から弟子に与えられる伝法潅頂などの儀式があるし、また、弘法大師空海を神格化する傾向もある。

しかし、人を神としないことを原則とするひかりの輪では、こうしたグルイズムによらない密教的な修行を検討し、上記のとおり、密教法具や仏像を活用することによって、密教における霊的な修行を可能にした。

具体的には、①瞑想の時にも、誰か人間を観想するのではなく、弥勒菩薩半跏思惟像などの神聖な仏像の写真の観想、他の仏陀の仏画の観想したり、ないしは法具を観想し、②密教の伝統の中で、神聖なエネルギーを発していると教えられてきた密教法具によるエンパワーメント、③密教法具によって修法された聖水、④ 密教法具による聖音をもちいたイニシエーションといった技法が生み出されたのである。

これによって、麻原を含めた特定の人物の霊的なエネルギーというものに依存せずに、法具を中心に据えたイニシエーションに基づく密教修行の体系が整えられた。

これに関しては、以下のような教材がある。

1 主な関連瞑想教本

1観音菩薩の瞑想
2トンラの瞑想
3ヴァジラサットヴァの教え
4密教瞑想講義:法具を観想する瞑想
5ターラー菩薩の教え
6大乗のマンダラ供養
7聖音水修法
8カーラチャクラ・タントラの真言
9密教修法伝授 結界修法
※これらの教材は、証拠の乙B-30~乙B38にあるので参照されたい。

2 法具・仏画・仏像等に関する教本

HPの記事:神殿法具と密教修行について 乙B127

3 代表の説法DVDやサイトのメッセージ

HPの記事:ひかりの輪の密教的な修行について 乙B126

多数提供されており、詳しくは、上記のひかりの輪の教材製作の経緯を参照

 
(5)心理学を重視した修行・ヒーリング

ひかりの輪では、心理学的な手法を活用した修行・ヒーリングも教えている。心理学・心理療法の世界では、仏教などの瞑想にヒントを得て作られたものが少なくない。すなわち、心理学と仏教には接点がある。例えば、カールユングなどの精神医学者は、仏教、密教、禅、ヨーガなどをしきりに研究したことで有名である。

ひかりの輪においては、盲信を超えて合理的・科学的な宗教を目指すことや、現代人の心身の苦しみの癒しのために、こういった心理学と仏教等の接点を活用した修行法・ヒーリングを採用している。

具体的には、①ユング心理学などの教説の学習、②心理療法でいわれる認知療法の学習、③原始仏教から心理療法に取り入れられたビパサナー(正観)の瞑想(心理療法ではマインドフルネス療法とも言われる)、④前生回帰瞑想(心理療法では前生退行催眠・ヒプノセラピーともいわれる)などである。なお、この主な担当は、山口部長である。

1 関連DVD:仏教ヨーガと心理学1(DVD)1回から5回
2 関連教本
1心理学 認知療法テキスト
2過去世回帰 瞑想修行次第テキスト
3 関連HPの記事:ヨーガ行法の心理学
※これらの教材は、乙B114~乙B120、乙123にあるので参照されたい。

2 代表の説法DVDやサイトのメッセージ

多数提供されており、詳しくは、上記のひかりの輪の教材製作の経緯を参照


(6)途上国への布施(途上国援助)

ひかりの輪では、オウム事件の被害者遺族に対する賠償金の支払いに矛盾しない形で、仏教的な布施の実践、分かち合いの実践として、途上国の支援を会員に呼びかけている。
具体的に行われているのは、

①会員が上記の密教修行のために法具を入手する際に、ネパール産の法具を入手することを勧めて、同国の地場産業の支援を行うことと、

②古着を無償で拠出することで、パキスタンの教育活動を支援している国内NGOグループへの協力を会員に呼びかけることである。

また、②については、適切な教育機会に恵まれないイスラム諸国の子供達が、そのために、原理主義の神学校に行かざるを得ない状態を緩和するという意味で、未来のテロリズムの温床となるものを緩和し、過去のオウム事件の贖罪をするものとも位置づけている。


(7)その他のひかりの輪独自の教材

これらの教材は、乙B1~乙B135にあるので参照されたい。

1 上祐の説法会のDVD/CD:

上記のように多数

2 他の幹部の講義動画:

山口部長・指導員:心理学関係のもの(公式HPに掲載)

3 DVDの定期刊行物:

「月刊ひかりDVD」詳細は上記の通り

4 ヨーガ行法関係

ヨーガ基礎編DVD
エンライトメント・ヨーガDVD
ナチュラル・ヨーガDVD
準備コースDVD改訂版081101

5 聖音や瞑想音楽を録音したCD:

聖音ⅠCD、聖音ⅡCD、聖音ⅢCD。聖音CD・安寂、聖地聖音ライブⅠCD
釈迦CD、弥勒CD、観音CD
せせらぎの癒しCD、新たなる出発CD、水の神CD、虹の神CD
ヴァジラサットヴァCD、みたらい渓谷CD、信州編CD

6 仏陀のイメージDVD

釈迦DVD、弥勒DVD、観音DVD、ヴァジラサットヴァDVD

7 聖地巡礼のDVD

聖なる山の調べ--戸隠DVD
せせらぎの癒しDVD
仏の山・三徳山 神秘の投入堂DVD

以上
 

 3 ひかりの輪とオウムの教義には多数の本質的な相違点があること


(1)オウム事件の原因になった教義の分析

 ひかりの輪とオウム真理教の教義が同じものか違うものかを判断する上では、まず、その基準が明確でなければならないが、その際に最も重要なことは、枝葉末節の類似点ではなく、一連のオウム事件の主たる原因となった教義の扱いが、両者において、どのように違っているかであろう。

 しかしながら、公安調査庁が、その総括報告書(p58~62p)と、調査書(証2・第3、72p~109)において論じていることは、概して言えば、ひかりの輪とオウムが一般のヨーガ・仏教の教えを共有している一面があるというだけである。

 しかし、オウムの教義はそもそも、全てが麻原のオリジナルなのではなく、仏教・ヨーガ・密教を寄せ集めた面がある。よって、ひかりの輪が、麻原オリジナルの教義ではなく、仏教・密教・ヨーガに共通する教義の一部を採用していることをもって、両者が本質的に同一であると主張しても、ひかりの輪が「麻原を創始者とするオウム真理教の教義」を広めている証明にはならない。麻原のオリジナル教義ではないものは、「麻原を創始者とする」オウム真理教の教義とはいえないからである。

 また、何のどこまでがオウム真理教の教義なのかという明確な定義を曖昧にして、こうした両者の教義の一面的・部分的な類似性をいくらか指摘するだけで同一視できるとすれば、どのようなヨーガ・仏教団体も、見方によってはオウム真理教になりかねず、これは明らかに法が禁じる拡張解釈である。具体的に言えば、オウム真理教の出身者は、仏教・密教・ヨーガの教義を実践できなくなり、法の禁じる拡張した解釈、必要最小限度以上の制限、不当な権利侵害となる。

 そして、法の趣旨からすれば、公安調査庁が、ひかりの輪とオウム真理教の教義が同一であると主張するには、少なくとも、オウム事件の原因となった教義を明確にし、その扱いについて、両団体の間で変化がないことを証明しなければならない。というのは、法に定められている通り、観察処分による規制は、一連の事件の再発の防止、すなわち公共の安全の確保のために必要最小限度であるべきことが規定されており、拡張解釈や憲法上の自由と権利の不当な制限、規制や調査の濫用を禁じているからである。

 こうして、観察処分の更新の是非を判断する上で、ひかりの輪の教義、修行体系などが、オウムと本質的に同じであるかを判断するための基準は、事件の主たる原因となった教義・修行体系などに関する扱いが、本質的に異なっているか否かという点であるべきである。


(2)一連の事件の原因となった主たる教義

 先ほど述べた、公安調査庁が更新請求書(3p)で定義するオウム真理教の教義とは以下のとおりである。

「主神をシヴァ神として崇拝し、創始者である麻原の説く教えを根本とし、衆生救済の実現、すなわち、全ての生き物を輪廻の苦しみから救済して絶対自由・絶対幸福・絶対歓喜の世界(マハーニルヴァーナ、涅槃の境地)に導くことを最終目的として、シヴァ神の化身である麻原に対する絶対的な浄信と帰依を培った上、自己の解脱・悟りに到達する道である小乗(ヒナヤーナ)を修めるとともに、衆生の救済を主眼とする道である大乗(マハーヤーナ)、及び衆生救済に至る最速の道である秘密金剛乗(タントラ・ヴァジラヤーナ)の各修行を実践する」というものである。

 麻原は、これらのうち、衆生救済への最速の道であるタントラ・ヴァジラヤーナを最も重視し、その具体的な規範として、真理の実践を行う者にとっては結果が第一であり、結果のためには手段を選ばないなどと説くとともに、タントラ・ヴァジラヤーナの実践のためには、弟子が自己の意思を捨て、絶対的な存在である麻原が課した課題・試練を乗り越える「マハー・ムドラーの修行」が重要であるとした。

 この公安調査庁によるオウム真理教の定義を借りて、一連の事件の原因となった要因を教義上拾い出し見ると、以下のようになると思われる。

 すなわち、主たる原因として検討されるべきは、

①シヴァ神の化身である麻原に対する絶対的な浄信と帰依を培っているかどうか

②衆生救済への最速の道であるタントラ・ヴァジラヤーナを最も重視し、その具体的な規範として、真理の実践を行う者にとっては結果が第一であり、結果のためには手段を選ばないなどと説いているかどうか

③タントラ・ヴァジラヤーナの実践のためには、弟子が自己の意思を捨て、絶対的な存在である麻原が課した課題・試練を乗り越える「マハー・ムドラーの修行」が重要であるとしているかどうか

であろう。そして、これは、麻原オリジナルの教義であるから、麻原を創始者とするオウム真理教の教義であり、更新請求対象団体の定義にも該当する。

 なお、これに加えて、公安調査庁が証拠として採用した宗教学者が論じるように、補助的な要因としては、「衆生救済の実現、すなわち、全ての生き物を輪廻の苦しみから救済して絶対自由・絶対幸福・絶対歓喜の世界(マハーニルヴァーナ、涅槃の境地)に導くことを最終目的として」というものがあると解釈できるかもしれない。それは、輪廻を絶対視し、今生を軽視する思想につながるからである。

 しかし、これ自体は、麻原オリジナルの教義とは言えず、これだけで一連の事件が起きたわけではなく、しかも、このような仏教・ヨーガ団体は他にもいくらでもあるので、麻原を創始者とするオウム真理教の教義とは言えないし(更新請求対象団体の定義にも該当しない)、一連の事件の主たる要因ではなく、法の趣旨からして、規制すべき対象の教義であるとは言えず、逆に法が禁じる拡張した解釈、公共の安全のために必要最小限度以上の制限になる恐れがある。

 よって、この点は、そのような教義がない方が望ましいとはいえ、観察処分の適用の是非に関する議論においては問題視すべきではない。


(3)ひかりの輪とオウムの教義の本質的な相違点

 一連の事件の主たる原因などを分析した上記の視点を中心として見れば、以下の通り、ひかりの輪とオウムの教義の間には、本質的な相違点があることは明白である。なお、この対比には、必ずしも、一連の事件の主たる原因でないものも含めて対比した。それだけ相違点が多いということである。

①一連の事件の主たる要因と思われる点

1)崇拝・帰依の対象とそのあり方

 オウム:シヴァ大神、その化身の麻原
     特にこれらに絶対的な帰依をする

 ひかり:特定の崇拝対象を設けず。特定の神・人間を絶対視しない
    (麻原を含めて)
     すべての人を自分の鏡という意味で、神仏の現れと見て、尊重する
    ※シヴァ神・麻原に何の位置づけも無し
    ※麻原は普通の人、その犯罪は自己の反面教師と解釈

2)仏教の三乗の扱い(タントラヴァジラヤーナの扱い)

オウム:仏教を小乗・大乗・タントラヴァジラヤーナと分類した上で、
    タントラヴァジラヤーナの教えを最高として、
    その中の犯罪行為をも正当化する五仏の法則を重視した。、

ひかり:タントラヴァジラヤーナというオウム独自の概念は採用せず、
    それを最高ともせず、五仏の法則はそのオウムの解釈を過ちと指摘し否定。
    その一方で、仏教の中では、一元論的な大乗仏教の思想を重視。

 上記の違いに多少解説を加えると、オウム真理教のタントラヴァジラヤーナの教えの問題は、解脱者ならば殺人をすることも肯定されると解釈される五仏の法則である(それ以外のタントラヴァジラヤーナの教えは、他密教宗派にもあって、一連の事件の主たる原因ではない)。ひかりの輪では、このオウム真理教の五仏の法則の解釈をを明確に否定している。

 なお、ひかりの輪の重視する、一元論的な大乗仏教の思想とは、オウム真理教の五仏の法則の解釈と対極をなす正反対のものである。後者が、解脱者と非解脱者を分けて、解脱者は非解脱者に対して犯罪をなすことも肯定する教えであるのに対して、前者=一元論的な大乗仏教は、仏陀と凡夫、解脱者と非解脱者を二分化せず、わかりやすく言えば、人を善人と悪人に二分化して差別することを超えた思想である。

 同様にして、一元論的な大乗仏教では、この世界(輪廻の世界)と涅槃の世界を区別せず、この世界が涅槃の世界であると悟ることを目標とするので、この世界を破壊することを否定する思想である。

3)師と弟子の関係(マハームドラーの修行の扱い)

オウム:弟子は自己の意思を捨て、唯一の師である麻原に無思考に絶対的な帰依をする。
    殺人を含めグルの指示を実行することをマハー・ムドラーの修行と解釈し、
    悟りのために、タントラヴァジラヤーナの教えと共に重視

ひかり:釈迦牟尼の説いた自灯明・法灯明の教えを重視。
    すなわち、師を絶対視せず、自分自身で教えの是非をよく検討し、
    必要なら師の教えの批判もなす。
    ※オウムのマハー・ムドラーの教えの解釈は間違い

②一連の事件の主たる原因ではないが関連する事項

1)団体・教義の創始者

オウム:麻原を教祖・創始者とする

ひかり:上祐らの幹部構成員が創始者

2)団体・教義の創始の縁起(沿革)

 オウム:麻原が、(同人によれば)救世主であるという類の神の啓示のヴィジョン
     を見たり、ヒマラヤでの修行によって最終解脱した(と自称した)結果

ひかり:上祐代表らが、日本各地の聖地・神社仏閣を多数巡って得た宗教的な体験や、
    その中での先達の宗教家・思想家との巡り会いによって育まれつつ、
    国内外の様々な宗教・宗教家の思想を含めた、
    様々な研究・思索を進めるなどした結果

 公安調査庁は、ひかりの輪が麻原隠しにすぎないとするが、ひかりの輪には、その宗教としての縁起(沿革)が存在しており、それは、オウム真理教の麻原のものと明確に異なるものである。

3)祭壇とその意味合いの相違

 オウム:シヴァ・ビシュヌ・グヤサマージャ・麻原

 ひかり:全ての人々の仏性の象徴仏としての釈迦牟尼・観音菩薩・弥勒菩薩
    ※象徴仏とは絶対視・崇拝の対象ではなく、人の仏性を引き出す象徴・シンボル

4)人の見方

 オウム:オウムに帰依する善業多き魂と、帰依しない悪業多き魂に二分化
    麻原だけが仏の化身で、麻原に敵対する凡夫は悪魔の手先

 ひかり:全ての人が、自分の鏡、教師・半面教師、その意味で神・仏の現れ
    すべての人々が、未来の仏陀であり、
    仏の智慧からは、今現在も仏に見える存在(凡夫即仏)

5)社会・世界の見方

オウム:善悪二元論の世界。人を善人と悪人に二分化・差別し、
    社会は悪、教団は善として、教団は、社会・国家権力に弾圧されているが、
    ハルマゲドンが到来した時に、麻原がキリストとして現れ、
    教団の統治する真理の国ができるとした

ひかり:一元論的な世界観。
    人を善人と悪人に二分化・差別せず、
    すべての人は、自分の鏡として、神仏の現れと見て尊重し、
    さらに、この世・この社会が、仏陀の境地から見れば、
    仏の浄土であると悟ることを目指す。

 なお、弾圧された麻原が救世主となるオウムの世界観は、被害妄想と誇大妄想にすぎないとする。

6)最も参考にしたと思われる外部の思想

 オウム:チベット密教のグルイズム

 ひかり:一元論的な大乗仏教の思想

7)修行上の最終的な目的

 オウム:衆生を輪廻から救済して、マハーニルヴァーナ(涅槃)に導くこと

 ひかり:この世界が、涅槃でると悟り(輪廻即涅槃)、その悟りに衆生を導くこと

8)真我説の扱い

 オウム:真我説を採用(絶対視)

 ひかり:真我説の絶対視せず相対化し、無我説を重視、
    ※真我説による自我の肥大(麻原的な魔境)の回避を重視

 ひかりの輪では、①仏教で永久不変の自己の本質としての真我というものを認めず、あくまでも自己には実体はないとする無我説が重視されていることと、②真我説を取るヨーガの修行では、場合によっては、自我意識が肥大化し、自己を神であると考える意識状態(いわゆる魔境)に入る恐れがあって、これが麻原・オウムであった可能性を指摘し、真我説を絶対視せず、無我説の有用性を理解するように指導している。

9)輪廻説の扱い

 オウム:輪廻説を絶対視し、今生を軽視し、来世の幸福を重視

 ひかり:輪廻説の絶対視せず相対化し、今生と来世の双方の幸福を重視
    ※輪廻説の絶対視による現実世界での破壊的活動の回避を重視

10)仏教の縁起の法の解釈

 オウム:十二縁起の法に限定、しかもヨーガ的な解釈。

 ひかり:縁起の法の総合解説した上で、一元論的な縁起の法の解釈を重視
    輪廻即涅槃、凡夫即仏等の一元論的世界観を重視


(4)ひかりの輪は、麻原と麻原の教義の問題点を明確にし、それを実際に説法・教本・その他で否定・修正していること

 次に、上祐らひかりの輪が、上記の重要ポイントにおいて、オウム真理教とは全く異なる教義を実際に流布している事実を証明する。具体的には、殆どが上記の繰り返しになるが、以下のポイントである。

 1)崇拝・帰依の対象とそのあり方の違い
 2)仏教の三乗の扱い(タントラヴァジラヤーナの扱い)の違い
 3)師と弟子の関係(マハームドラーの修行の扱い)の違い
 4)団体・教義の創始の縁起(沿革)の違い
 5)祭壇とその意味合いの違い
 6)人の見方の違い
 7)社会・世界の見方の違い
 8)修行上の最終的な目的の違い
 9)真我説の扱いの違い
 10)輪廻説の扱いの違い
 11)仏教の縁起の法の解釈の違い

 そして、これらのポイントについて、いかに多くの説法、教本、ホームページのメッセージ、総括文書などにおいて、繰り返し、徹底して、オウム真理教とは異なる教義を流布しているかということを示したのが、乙B137~乙B47の証拠である。

 この証拠にあるのは、以下の資料からの抜粋である。

 1 上祐らの多数の説法、及び説法を収録したDVD・説法のテキスト
 2 上祐のサイトでの多数のメッセージ(一般向けサイト、会員向けサイトなど)
 3 団体の各種の教本・瞑想教本
 4 団体の総括のための会合、及びその結果の総括文書
 5 代表を始めとするスタッフ・会員の個人の総括文書

 こうして、以下に多くの機会に、繰り返し徹底的に、オウム真理教とは異なる教義が説かれているかは明白である。

 ただし、この冊子にまとめたものでさえ、全体の一部であり、その他にも多くの説法、教材、サイトでのメッセージでで、同じようなことを述べているので、それらの証拠についても、追って追加提出する予定である。


(5)オウムの行法実践の過ちを修正している事実の紹介

 一連の重大事件とは直接関係がないが、オウム真理教の中で、信者が死亡したり、健康を損ねたりした不健全な修行についても、ひかりの輪は以下のように、問題を認識し、十分に修正している。

 まず、第一に、オウム真理教では、心身の負担がかかり、不適切に潜在意識の状態に入るようなヨーガの行法実践があった。この点は、団体の総括の中で、詳しく解説され、修正されているので参照されたい(団体総括〈乙C3〉の「オウム真理教のヨーガ行法の総括と今後の方針・実践」という部分)。

 さらに、これらの反省に基づいて、先ほど述べたとおり、ひかりの輪においては、オウムの行法の不健全であることを反省し、健全な新しいヨーガ行法を導入した。この点については、乙B125、乙B123などを参照されたい。例えば、エンライトメントヨーガ、ナチュラルヨーガなどが、オウム真理教にはなかった、新しいヨーガが導入されている。

 第二に、オウム真理教においては、その密教の行法実践にも、無理があったと考えている。この点については、公式HPに公表しているので、その資料を参照されたい。
この点については、乙B126を参照されたい。

 第三に、オウム真理教においては、温熱修行といわれる、心身に無理な負担がかかる高温の入浴修行があり、それによって死亡した事例もある。これについては、ひかりの輪では禁止をし、それに代わって、健全な温泉入浴の修行や、温泉地で取れたパワーストーンを用いた入浴を勧めているが、それらは高温による身体への危険性は全くないものとなっている。
 この点については、乙C30を参照されたい。

 4 ひかりの輪とオウムの教義を同一視する公安調査庁の主張は成り立たないこと


(1)公安調査庁が定義するオウム真理教の教義

 公安調査庁が更新請求書(3p)で定義するオウム真理教の教義とは、

 主神をシヴァ神として崇拝し、創始者である麻原の説く教えを根本とし、衆生救済の実現、すなわち、全ての生き物を輪廻の苦しみから救済して絶対自由・絶対幸福・絶対歓喜の世界(マハーニルヴァーナ、涅槃の境地)に導くことを最終目的として、シヴァ神の化身である麻原に対する絶対的な浄信と帰依を培った上、自己の解脱・悟りに到達する道である小乗(ヒナヤーナ)を修めるとともに、衆生の救済を主眼とする道である大乗(マハーヤーナ)、及び衆生救済に至る最速の道である秘密金剛乗(タントラ・ヴァジラヤーナ)の各修行を実践する」というものである。

 麻原は、これらのうち、衆生救済への最速の道であるタントラ・ヴァジラヤーナを最も重視し、その具体的な規範として、真理の実践を行う者にとっては結果が第一であり、結果のためには手段を選ばないなどと説くとともに、タントラ・ヴァジラヤーナの実践のためには、弟子が自己の意思を捨て、絶対的な存在である麻原が課した課題・試練を乗り越える「マハー・ムドラーの修行」が重要であるとした。

というものである。


(2)ひかりの輪の教義は、公安調査庁が定義するオウム真理教の教義とは全く異なっていること

①主神をシヴァ神としていない

ア ひかりの輪は、オウムを含めた多くの宗教が説くような特定の神や特定の人物を絶対視して、絶対神とか絶対神の化身と位置づけていない。いかなる特定の人も、神としない原則である。
 これについては、証拠の乙B137を参照のこと

イ その一方で、全ての衆生が、自分の良い面・悪い面を映し出す鏡、すなわち、自分の教師及び反面教師であって、それから学んで感謝する対象であるという意味で、全ての衆生を神・仏(ないし法)の現わした者と位置づけ、その感謝の恩返しとして、全ての衆生に奉仕することをめざしており、その意味で、帰依の対象は、全ての衆生であると位置づけている。
 これについては、証拠の乙B137を参照のこと

ウ この教えはヨーガではカルマ・ヨーガとも言われるが、麻原の教義ではなく、近代においてはインド三大聖者の1人として名高いラーマクリシュナ・パラマハンサの教えとされるものである。その点は以下の引用から明らかである

※『スワミヴィヴェーカナンダの生涯』より抜粋
 (スワミ・ニキラーナンダ著 橘堂正弘・三徳愛明訳 法律文化社)

◎P63
「憐れみを語るとは、なんて愚かなことよ!人間は大地を這いまわっているとるに足らない虫です。--人間がほかの人間に憐れみを示すとは!馬鹿げている。それは憐れみではなく、すべてのものへの奉仕でなければなりません。彼らを神の顕れとして奉仕しなさい」

◎P276
 スワミ・ヴィヴェーカナンダは(中略)現代においては他人への無私の奉仕、すなわちカルマ・ヨーガが宗教的効果をすみやかにもたらすであろうと強調した。それゆえに、彼は非利己的行為の修行を唱えたのであった。

◎P277
 彼が強調したのは、彼らの義務は目に見える神の顕れとしての他人に奉仕するということであった。

◎P285
「もしわたしがタマス(不活動)に沈んでいるわが同胞を、自力で起き上がるように目覚めさせ、そしてカルマ・ヨーガ(行動の道)の精神によって彼らを奮いたたせることができるならば、よろこんで一千の地獄にも落ちて行こう。わたしはラーマクリシュナの、また誰の信奉者でもなく、自己の神への愛や解脱に心をうばわれることもありません。ただ、他人のために奉仕し、援助する人の信奉者であります。!」

エ カルマ・ヨーガは、麻原のグルを絶対とする教えと完全に矛盾する。

 すべての人を神・仏の現れと見る教えは、特定の人(麻原)だけを神の化身と見る麻原の教えと完全に矛盾し、オウム事件の原因を根底から取り除く。特に、麻原の指示で、他の人を殺すことはできなくなる。なぜならば、麻原も他の人も、全ての人は神・仏の現れとして平等だからである。このため、麻原のみを絶対とするA派は、上祐・M派との対立で、カルマ・ヨーガを禁止した事実がある。

オ カルマ・ヨーガについて、麻原は、ごく初期に書いたことがあるが、その後は説かなくなった。

 そもそも、麻原はカルマ・ヨーガが苦手であった。これを説き続けていれば、麻原のみを絶対とするグルイズム、ならびに、それによる一連の事件は起こらなかったものである。よって、麻原のオリジナルの教えではないが、仮に麻原のオリジナルの教えであっても、一連の事件の再発を防止する決定打である。

カ ひかりの輪の祭壇に祀る仏は、全ての人々の仏性の象徴である。

 すべての人々を神・仏の現れと見る教えと合致するように、ひかりの輪の祭壇に祀る仏は、特定の人物を意味しない。それは、「象徴仏」と呼ばれ、全ての人々の仏性の象徴と位置づけられている。
 よって、祭壇中央の釈迦牟尼でさえ、釈迦牟尼という人物を神として崇拝対象とするためではなく、釈迦牟尼を強調した「私を崇めず、自分と法を帰依処とせよ」といった釈迦の精神を重視するために、置かれているのである。
 これについては、証拠の乙B137や乙B141を参照のこと。

キ ひかりの輪は、シヴァ神を崇拝対象とはしていない。

 シヴァ神、またその別名と言われる大黒天・マハーカーラについては、ヒンズー・仏教の教えに出てくる単なる神格の一つとして扱っているだけで、何ら特別な意味で、この団体の崇拝対象とはしていない。
 祭壇・道場にも、他の仏と違って祀っておらず、アーレフ代表派の時代に説かれたマハーカーラの教えは、回収・破棄されている。
 また、ひかりの輪の祭壇にある釈迦牟尼は、ヒンズー教では「維持・平和の神」とされるビシュヌ神の化身ともされ、「破壊の神」とされるシヴァ神とは違う系統である。
 これについては、証拠の乙B137を参照のこと。

②教義の創始者は麻原ではない

 証拠として提出した多数の教説を見れば、麻原の説法は一切なく、全てが上祐を中心としたひかりの輪の幹部が、伝統の仏教・ヨーガ・神道などの教えを参考にしながら、自分達独自で作り上げたものであることが一目瞭然である。
 これについては(ひかりの輪の宗教的な沿革)、証拠の乙B140を参照のこと。

③輪廻から涅槃の境地に導くことを最終目的としていない

ア ひかりの輪の教義では、輪廻を絶対視していない。

 ひかりの輪は、輪廻は科学的に証明されていないという事実を指摘し、輪廻を絶対視することの危険性を訴えている。

 特に、宗教が、輪廻思想を前提として、今生で人を殺しても、その人に来世があるからよいとか、今生で宗教的な動機で人を殺すことが幸福な来世を得る道であるといった考えに陥ることを、オウムやイスラム原理主義を含めた従来型の宗教(広い意味では、キリスト教の天国に生まれ変わるための殉教も含め)の問題点として指摘している。
これについては、証拠の乙B146を参照のこと。

イ ひかりの輪の教義では、涅槃の境地に導くことを最終目的としていない

 ひかりの輪は、輪廻と涅槃を分ける二元論的な世界観よりも、仏の智慧によっては、この輪廻の世界(=この世)が、涅槃・仏の浄土に見えるという一元論的な世界観の方が、より高い悟りであると説いている。

 この思想を一元論的な仏教では輪廻即涅槃と言う。わかりやすく言えば、この世の万物に感謝する悟りであって、これが最終目的である。
これについては、証拠の乙B144を参照のこと

ウ この世を涅槃・仏の浄土と見る教えは、全ての人を神・仏(ないし法)の現れと見る上記の①の教えと一体である。すべての人を神・仏の現れと見る教えは、一元論的な仏教では凡夫即仏という。わかりやすく言えば、全ての人々を尊重する教えである。
 これについては、証拠の乙B142を参照のこと。

④シヴァ神の化身である麻原に対する絶対的な浄信と帰依を培ってはいない

 ひかりの輪では、上記のように、特定の人を絶対神ないし絶対神の化身として絶対視していない。逆に、全ての人々が、自分の教師・反面教師として、神・仏(ないし法)の現わしたものとしている。
 これについては、証拠の乙B137を参照のこと

⑤オウムの秘密金剛乗(タントラ・ヴァジラヤーナ)の教えを採用していないし、それが、衆生救済に至る最速の道であるともしていない

ア ひかりの輪は、オウムの秘密金剛乗の教えを採用していない。その言葉さえ用いていないし、それが衆生救済に至る最速の道であるともしていない。
 これについては、証拠の乙B138を参照のこと

イ ひかりの輪が重視しているのは、衆生を救済するという概念よりも、衆生を尊重して奉仕するという概念であり、全ての人を神・仏(ないし法)の現した者と見る考えや、一元論的仏教の思想である輪廻即涅槃・凡夫即仏の悟りである。
 これについては、証拠の乙B142を参照のこと

⑥結果のためには手段を選ばないなどと説くオウムのタントラ・ヴァジラヤーナの教えは根底から否定している

 オウムのタントラヴァジラヤーナの教えの解釈については、チベット密教などの正統な伝統仏教の解釈に基づいて明確に修正している。
 これについては、証拠の乙B138を参照のこと

⑦弟子が自己の意思を捨て、絶対的な存在である麻原が課した課題・試練を乗り越える「マハー・ムドラーの修行」が重要であるとはしていない

ア ひかりの輪は、修行者が自分で考えることを重視し、釈迦牟尼が説いた自己と法を帰依処とする精神を重視している。祭壇中央に釈迦牟尼を置いたのは、まさにこの釈迦牟尼の有名な教えのためである。
 これについては、証拠の乙B141を参照のこと

イ ひかりの輪は、師が説いた教えを自分が吟味し、間違っていれば批判することを肯定している。これについては、証拠の乙B139を参照のこと

ウ ひかりの輪は、弟子が自分の意思を捨てて、麻原の指示に無思考に委ねるオウムのマハー・ムドラーを厳しく反省・批判している。

 そのかわりに、悟りの道として、全ての人を尊重するカルマ・ヨーガを説いており、自分の意思を捨てて師に委ねるのではなく、あくまで自分を根本とする考え方をセルフ・マハー・ムドラーとも呼んで、オウムのマハー・ムドラーを否定している。
 なお、マハー・ムドラーという言葉自体は、チベット密教の言葉であり、麻原のオリジナルではなく、麻原のマハー・ムドラーの教えの解釈が間違ったものである。
 これについては、証拠の乙B139を参照のこと


(3)ひかりの輪とオウムの教えが本質的に変わっていないとする公安調査庁の主張への反論

①公安調査庁の主張全体に対する概括的な反論

 公安調査庁は、その総括報告書(p58~62p)と、調査書(証2・第3、72p~109)において、ひかりの輪とオウム真理教の教義が本質的に変わっていないと論じているが、その点について、まず公安調査庁の主張全体に当てはまる問題を論じる。

◎概括的反論①ひかりの輪の構成員が、その共通の目的として、麻原を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広めていることを証明していない。

 本件の観察処分更新請求において、団体とは「特定の目的を共有する継続的な結合体又はその連合体」であり、更新請求の対象となる本団体における「特定の目的」とは、「麻原を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現すること」とされているから、公安調査庁は、ひかりの輪の構成員が、その共通の目的として、麻原を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広めていることを証明しなければならない。

 しかしながら、既に述べた法が禁じる拡張した解釈などではなく、言葉の通常の意味において解釈するならば、以下の点において、ひかりの輪は明らかに、この定義に当てはまる団体ではない。

ア ひかりの輪は、麻原を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広めていない。

 ひかりの輪はオウム真理教の教材を一切破棄し、上祐らがその危険な教義を繰り返し否定している。さらに、ひかりの輪は、オウム真理教の教義に矛盾する新しい教義を流布しており、その創始者は上祐らであって、麻原ではない。この点は、多数の証拠をもって証明されている。

イ 少なくとも、麻原を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広めることが、ひかりの輪の構成員の共通の目的ではないし、この事実は、公安調査庁によって証明されていない。

 団体側が証拠提出した多くの構成員の総括文書・陳述書などの証拠が、このような共通目的が今現在のひかりの輪にはないことを十分に証明している。

 仮に共通の目的としているとするならば、それは、ひかりの輪の構成員の全て(ないし少なくとも大多数)が、2008年12月の今現在でも、「麻原を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現する」意思を有していることが証明されなければならない。

 そして、共通の目的であるから、一部の構成員について証明するのでは不足であり、全てないし大多数がそうであるという証明がなければ、共通の目的にはなり得ない。さらに、これには厳格に、そういった疑いがあるというだけでは足りず、そうであるという十分な証明がなければならない。
 しかしながら、公安調査庁によって、そういった証明は全くなされていない。

ウ 公安調査庁は、自らの定義に基づいて、ひかりの輪がオウム真理教の教義を広めていると証明していない。

 公安調査庁は、更新請求書(3p)において、自らオウム真理教の教義を定めているが、その定義にそって、ひかりの輪の教義がオウム真理教の教義と同じであるという主張・証明は全くしていない。その理由は、その証明が不可能であるからと推察せざるを得ない。

 それに対して、上記の通り、ひかりの輪は、ひかりの輪の教義が、あらゆる意味で公安調査庁が定義したオウム真理教の教義とは異なる者であることを証明している。

◎概括的反論②事件の主たる原因ではなく、麻原のオリジナルではない、一般のヨーガ・仏教の教義である部分を論じ、オウムとひかりの輪の同一性を論じているが、これは観察処分上は無効であり、かつ法の規定に反する。

ア 公安調査庁が、その総括報告書(p58~62p)と、調査庁(証2・第3、72p~109)において論じていることは、後で詳しく述べるが、ひかりの輪とオウムが一般のヨーガ・仏教の教えを共有している一面があるというだけであって、これでは、ひかりの輪が、「麻原を創始者とするオウム真理教の教義を広めている」という証明には為らない。

 そもそも、オウムの教義の中には、全てが麻原のオリジナルなのではなく、仏教・ヨーガ・密教の寄せ集めたものも多く、ひかりの輪が、麻原オリジナルの教義ではなく、仏教・ヨーガに共通する教義を採用していることで、両者が本質的に同一であると主張しても、それは、観察処分の対象となる「麻原を創始者とする(=麻原のオリジナルの)オウム真理教の教義を広めている」という証明にはならない。

イ 第二に、一般の仏教・ヨーガに共通する教義を採用しているだけで、両団体が本質的に同一と主張すれば、多くのヨーガ・仏教団体もオウムと同じとなり、オウムの出身者は、健全であっても、仏教・ヨーガの団体を行なえなくなり、これは、法の禁じる拡張した解釈、公共安全のために必要以上の制限、不当な権利侵害らにあたる。

 言い換えれば、他のヨーガ・仏教団体は事件を起こしておらず、オウムだけが起こしのだから、その原因は麻原オリジナルの教義であるはずで、そうでなければ、公安調査庁が自ら対象団体の要素と定める「麻原が創始者とする(=麻原オリジナルの)オウム真理教の教義」でさえなくなる。

 更に言い換えれば、一連の事件の主たる原因である教義において、ひかりの輪とオウムの同一性を論じるべきで、それとは関係がない部分で、ひかりの輪とオウムの教義が同じだとか、似ていると論じることは、公共の安全の確保のために関係なく、法に反すると言わざるを得ない。

◎概括的反論③全体のごく一部だけを批判して同一性を論じているに過ぎない。

 公安調査庁の主張には、ひかりの輪とオウムの教義・教材の似ているように見える部分を対比させているものが多いが、それは全体のごく一部だけを取り出し、それ以外のほとんどの部分の差異を無視した不公正な手法である。

 教義においては、①聖地修行、②一元論的な大乗仏教、③現代的な仏教瞑想、④グルイズムなき密教修行や法具の活用、⑤心理学を重視したヒーリング、⑥途上国への支援など、オウム真理教にはなかった、全く新しい教義・思想・修行法については、全く言及していないか、ほとんどを無視し、問題点を指摘していない。

 また、ひかりの輪の教材は多数に上るが、その大半については、全く言及せず、問題点を指摘していない。しかし、ひかりの輪は、主要な教材を公安調査庁に提出しており、公式HPでも多くの教材を公開しているので、一面だけを論じて、同一のように見せかけることは不公正である。

◎概括的反論④外部専門家は、十分な資料を調査せずに、間違った結論に至っている。

 これについては、後ほど詳しく述べるが、公安調査庁は、外部専門家2名の見解を証拠としているところ、彼らは、ひかりの輪の教義・教材全体を調査・分析していない。公式HPの一部や、アーレフ代表派時代に作成された古い教材を中心に見ており、そのため、ひかりの輪の教義全体を理解せず、間違った結論に至ってしまっている。

 しかし、この責任は、情報収集力のない外部専門家よりも、団体側から主要な教材は全て任意で提供を受けている公安調査庁側にあると言わざるを得ない。

 また、この専門家の見解の中にも、概括的反論②で述べたような、一般のヨーガ・仏教の教義を共有しているだけのことを問題視する面が見られるが、彼らは、団体規制法の専門家ではないために、その見解をそのまま観察処分の証拠とした公安調査庁の対応が問題である。

② 公安調査庁の各主張に対する個別の反論

 公安調査庁は、総括報告書のP59~P65において、ひかりの輪とオウム真理教の教義の同一性を述べているので、これに反論する。

ア まず、P59において、
「(ア)「ひかりの輪」が現在もシヴァ神を崇拝の対象とし、その化身である麻原に対して絶対的に帰依するとともに、衆生救済を目的としていること。

「ひかりの輪」においては、外形上、釈迦牟尼、観音菩薩、弥勒菩薩の釈迦三尊が象徴仏とされ、麻原及びシヴァ神を崇拝の対象とはしていないようにも見える。

 しかしながら、オウム真理教の主神たるシヴァ神は、ヒンドゥー教のシヴァ神のみを意味するものではなく、全ての仏陀を包含するものであるとされ、麻原はその化身であるとされているのであり、「尊師と縁があるが、麻原尊師というなまえと姿形自体でない崇拝対象を検討することは、グルの意思に反しない」との考えに基づき、「麻原隠し」として外形が整えられているにすぎず、実質的には、「ひかりの輪」において、現在もシヴァ神を崇拝の対象とし、その化身である麻原に対して絶対的に帰依するとともに、麻原の説く衆生救済を目的としていることは明らかである。(証2・第3・3(2)イ)」と述べられている。
 この点については以下の通り不当である。

1第一に、ひかりの輪は麻原隠しではないし、その意思もない。それは、別項で既に反論済みである。

2第二に、ひかりの輪の祭壇にある釈迦牟尼、観音菩薩、弥勒菩薩は、特定人物を意味せず、過去・現在・未来の三世の仏陀を意味し、それは崇拝対象ではなく、「象徴仏」と名付けられ、全ての人々の中にある仏性(仏陀になる可能性)の象徴・シンボルとして位置づけられている。

 よって、シヴァ神が全ての仏陀を包含しているから、この三仏はシヴァ大神と同じである、といったような公安調査庁の主張は意味をなさない。すなわち、祭壇に飾っているものが、同じ神様かどうかと言う前に、オウム真理教の場合は、絶対的な崇拝対象を飾っているが、ひかりの輪の場合は、自分達の仏性のシンボルを飾っており、それ以上のものではないのである。

3第三に、釈迦牟尼を据えたのは、釈迦牟尼が「私を拝まず、自分自身と法を帰依処とせよ」と説いた、いわゆる特定の人物への帰依を否定した点を重視したからであり、これは、麻原という人物への絶対的な帰依と、完全に矛盾する意味合いが含まれている、

4第四に、シヴァ神は、全ての仏陀を包含するものであるから、どんな仏陀・菩薩も、シヴァ神の代わりになるという主張は過ちで、過去の麻原の言動を前提にすると、シヴァ神の仏教名であるマハーカーラ・大黒天でなけれならない。しかし、ひかりの輪は、それを崇拝対象は愚か、象徴仏としても採用していないことが重要であり、公安調査庁の主張は成り立たない。
 なお、この点は、乙B137で詳しく解説している。

イ 次に、P59において、
「(イ)「ひかりの輪」が外形的変更を加えつつも、麻原が確立した修行体系を基本的に維持していること。

a 総論

 オウム真理教(「ひかりの輪」も、その実質はオウム真理教であるが、ここでは便宜上、両者を分けて詳述する。)も「ひかりの輪」も小乗、大乗、タントラ・ヴァジラヤーナの各修行の実践を行っているほか、オウム真理教の修行体系の特徴は、①教義、②瞑想技術、③行法、④イニシエーションの4つを有するところにあるとしているところ、「ひかりの輪」の修行体系も、②瞑想技術、③行法、④イニシエーションの3つについて、オウム真理教と共通する内容を含んでいる。また、教義についても、外形上、麻原の説くオウム真理教の教義を否定しているものの、これは「麻原隠し」によるものにすぎず、実質的には麻原の説くオウム真理教の教義を保持している。(証2・第3・3(2)ウ(ア))」と述べられている。

 これは以下の点で不当である。

1 ひかりの輪とオウム真理教では、小乗、大乗、タントラ・ヴァジラヤーナの各修行の位置づけが違う。
 前にも述べたとおり、オウム真理教では、その三つは順に高度となり、タントラヴァジラヤーナを最高にするが、ひかりの輪では、二元的な仏教よりも、一元的な大乗仏教をより高度なおしえとしている点が大きな相違点である。
なお、この点は、乙B138、乙B144で詳しく解説した。

2 さらに、先に述べた通り、ひかりの輪の瞑想技術・行法・イニシエーションは、麻原を含めた特定人物を絶対視するグルイズムを含まないという非常に重要な点で、オウム真理教のイニシエーションと大きく異なるものである。

3 小乗、大乗、タントラ・ヴァジラヤーナの各修行とか、②瞑想技術、③行法、④イニシエーションなどといったものは、チベット密教などの密教系の仏教宗派には、全てあるものであるから、概括的反論②の反論が、この論点にも当てはまる。

4 概括的反論③がこの論点にも当てはまる。


ウ 次に、P60において、
「b 教本について

「ひかりの輪」においては、外形上、「麻原隠し」を徹底して、麻原の影響力を払拭した「別団体」であるかのように仮装していることから、「別団体」を設立する意向を表明した以降に発刊した教本に記載された教義は、麻原の説く教義に外形的な変更を加えたものとなっているものの、根本的な部分については変更・除去することなく維持されている事実が認められる。(証2)・第3・3(2)ウ(イ))」と述べられている。
 しかし、これは以下の点で不当である

1 ひかりの輪の教材の一部、しかも、アーレフ代表派時代から2007年夏頃までに作成された古い時代のものだけを検討して、しかも、そのごく一部の部分の類似性を指摘しているに過ぎない。よって、そのほかの大半の部分は違っていると言うことである。

2 実際に主な教本だけでも、古い順から並べると、以下の通りとなるが、そのうち、公安調査庁が類似性を指摘したものは、以下の●の印をつけたものだけであって(証2のP80~P89において)、アーレフ代表派時代のものから、2007年の夏までのかなり古い時期のものに限られている。しかも、それぞれ数十ページある教本の内容のごく一部においてのみである。よって、全体が類似しているということは成り立たない。

3 実際に、教本の内容は、最近のものほど、先ほども述べた通り、オウム真理教にはない、ひかりの輪の新しい教義・教材・修行法に関する教本である。例えば、2008年夏頃からの一元論的な仏教思想の教本、法具に関する教えの教本などがそうである(◎の印をついているもの)。

 1「仏教・ヨーガ講義Ⅰ」●
 2「無色瞑想講義基礎編」●:
 3「改定無色瞑想講義基礎編」
 4「無色瞑想実践編①宇宙意識の瞑想」●
 5「無色瞑想実践編②自と他の区別を超える瞑想」(2007年2月頃)●
 6「無色瞑想講義 質疑応答(続編)」(2007年5月頃)
 7「無色瞑想実践編③菩薩の智慧と慈悲」●(2007年5月頃)
 8「縁起の法」(2007年8月)●
 9「密教秘儀講義」(2007年8月)
 10「基本修行教本」(2007年9月)
 11「基本用語集」(2007月10月)
 12「無色瞑想講義・一元法則の秘儀」 (2008年1月頃)◎
 13「ひかりの輪と法具について」(2008年2月頃)◎
 14「新仏教瞑想講義 21世紀の新しい仏教瞑想の講義」◎
 15「カーラチャクラ・タントラの真言:(2008年4月頃)
 16「密教修法伝授 密教法具による聖水修法」(2008年4月頃)◎
 17「上高地・聖地自然セミナー」上祐代表特別講義(20008年7月17日)◎
 18「夏期お盆セミナー特別教本」(2008年8月13日)◎
 19「夏期お盆セミナー瞑想テキスト」(2008年8月11日)◎
 20「仏教講義・悟りの道程1・縁起の法」の刊行◎
 21「戸隠セミナー特別教本 悟りへの道と大乗の教え」(2008年10月頃)◎
 22「声聞多学修行用テキスト」◎


エ 次に、P60において、
「c 瞑想技術について
「ひかりの輪」の瞑想技術は、麻原がオウム真理教の大きな特徴であるとする四つの瞑想技術、すなわち、チャリヤ・ヨーガ、クリヤ・ヨーガ、ヨーガ・タントラ、アヌッタラ・ヨーガ・タントラ(無上ヨーガタントラ)の四つを備えており、また、「ひかりの輪」の「基本修行教本」に列記された「観音菩薩の瞑想」、「マハーカーラの瞑想」、「ヴァジラサットヴァの瞑想」の各瞑想法が記載されている教材と麻原の説法内容を比較すると、瞑想の際に唱えるマントラは発音による読みの違いしかなく、「ひかりの輪」の瞑想技術は、麻原の構築したオウム真理教の修行体系における瞑想技術と同一したものであると認められる。(証2・第3・3(2)ウ(ウ))」と述べられている。
 しかし、これは以下の点で不当である。

1 「チャリヤ・ヨーガ、クリヤ・ヨーガ、ヨーガ・タントラ、アヌッタラ・ヨーガ・タントラの四つ」という概念は、チベット密教で広く説かれている一般的な概念であって、それを麻原がオウム真理教で真似したものに過ぎないから、概括的反論②の反論が、この論点にも当てはまる。

 その一方で、ひかりの輪とオウム真理教修行は、オウム真理教が麻原を根本としたグルイズムに基づく密教修行であるのに対して、ひかりの輪の方は、グルイズムに基づかない密教修行であり、これは非常に重要な違いである。なぜならば、オウムの密教修行において、麻原オリジナルの部分は、麻原を絶対としたグルイズムであり、それが、一連の事件の原因になったものであって、その他の要素は、事件の主たる原因ではないからである。

2 「観音菩薩の瞑想」、「ヴァジラサットヴァの瞑想」は、それぞれがチベット密教の修行者が説いたものを紹介し解説したものであって、麻原のものを真似したのではなく、この瞑想法の創作には、麻原は全く関わっていない。よって、これも、概括的反論②の反論が当てはまる。

 その一方で、麻原を絶対とするオウム真理教の中では、麻原の許可無くば、たとえマントラの読み方でさえも、変更も出来ないから、この違いだけでも、ひかりの輪が、麻原を絶対としていない証明となり、上記1と同じ理由で、これは非常に重要な違いを示している。

3 また、この二つの瞑想教本において、公安調査庁が抜き出したマントラの部分は、実はごくわずかであって、全体は十ページに及ぶ瞑想法である。そして、その内容のほとんどは、オウムでは行われていない。すなわち、実際は違いがほとんどであり、似ている部分がごくわずかなのである。

 なお、各々の神仏に関する真言は、世界中の仏教において、宗派によらず、大差ないものを伝統的に共有しており、ひかりの輪とオウムだけが似ているのではないし、そもそもが、大きな差異を設けることはできないのである。

4 さらに、これらは、団体が日常的に支部道場などで会員に修習させている瞑想ではなく、重要性が低いものであり、修習させているのは、「弥勒菩薩の瞑想(弥勒菩薩半跏思惟像の瞑想)」である。これは、チベット密教系の瞑想でさえなく、いわば日本密教系であり、オウム真理教には全くない瞑想修行である。

5 さらに、団体が伝授した他の瞑想には公安調査庁は全く言及していない。
 先ほど述べたとおり、オウム真理教にはない、ひかりの輪の新しい修行として、グルイズムによらない密教修行の中には、例えば、

 1トンラの瞑想(大日如来・ヴァイローチャナを観想する瞑想)、
 2密教瞑想講義(法具を観想する瞑想)、
 3聖音水修法(聖音水を作る瞑想)、
 4密教修法伝授・結界修法(結界を張る瞑想)
といった瞑想教本がある。

 しかし、これらは、オウム真理教には全くないものであって、公安調査庁は何の指摘もしていない。
 さらに、先に述べたとおり、仏教瞑想講義・無色瞑想講義の中にも、公安調査庁が、全く言及・反論しなかったものがある。

6「マハーカーラの瞑想」は、既に破棄されているので関係がないところ、この点に関して、公安調査庁は、マハーカーラがシヴァ神の化身とされていることから、麻原の影響力を隠すために、急遽取り消し請求前の9月に破棄する旨決定しているところ、この認識は不正確である。

 このマハーカーラの瞑想は、アーレフ代表派時代に作られたものであるが、麻原信仰とは関係ないものと考えられて、しばらく受容されてきたが、その後、オウム・アーレフで、マハーカーラと呼ばれていた真言は、本場のチベットでは、カーラチァクラの真言とされていることが判明した。

 すなわち、麻原が呼び名を間違えていたのであり、この麻原の過ちを正すため、2008年4月に、「カーラチァクラの真言」の伝授が行わなわれ、その際に、この「マハーカーラの瞑想」は、「カーラチァクラの真言」と差し替えて破棄する扱いになっていた。よって、9月の破棄の決定は、4月時点での決定を徹底するために過ぎず、その主旨は、麻原の過ちの修正であるから、麻原の否定を現す事実でさえある。

7 これらの教義は、公安調査庁自身が定義したオウム真理教の教義とは関係ない部分の教義であり、この点が類似していても、単に一般のヨーガ・仏教の教義における類似性であり、ひかりの輪とオウム真理教の教義の同一性の証明にならない。

8 言い換えれば、麻原オリジナルの教義ではなく、これによって、ひかりの輪が、「麻原を創始者とするオウム真理教の教義」を広めている証明にはならないし、仮にそうなれば、あらゆる仏教・ヨーガ団体がオウム真理教と同じとされる法の禁じた拡張した解釈となる。

9 さらに、オウム事件の原因となった教義ではなく、これが危険な教義であるとなれば、
公共の安全の確保のために必要最低限度の制限を規定した法に反する。

10 さらに、この部分だけが似ていても、先に聖地修行その他で説明したように、他の多くの部分が異なっているのだから、これによって、ひかりの輪の教義が全体として、オウム真理教と類似しているという証明にはならない。

 この論点にも、概括的反論③が当てはまる。単に瞑想技法だけ似ていても全体が同じであるという証明にはならない。

オ 次に、P60で、
「d 行法について
「ひかりの輪」の「基本修行教本」には、行法として五体投地、ヨーガの身体技法・体操であるアーサナが紹介されているところ、同教材と麻原の行法を比較すると、麻原の「立位礼拝」と「ひかりの輪」の「五体投地」は、名称が相違するのみで、その方法は麻原のものと一致しており、構成員も同じと認識しているのであるから、「ひかりの輪」の構成員が同教材による行法を実践していることに変わりないものと認められる。(証2・第3・3(2)ウ(エ))」と述べられている。
 しかし、この点は以下の通り不当である。

1 まず、先ほど述べたとおり、ひかりの輪においては、オウムの行法の不健全であることを反省し、健全な新しいヨーガ行法を導入している。よって、行法においても全く異なっている。
 これについては、乙B125、乙B123などを参照されたい。例えば、エンライトメントヨーガ、ナチュラルヨーガなど、多数のオウム真理教にはないヨーガがある。

2 次に、ひかりの輪の五体投地はチベット式であり、麻原の立位礼拝は麻原オリジナルのもので、明らかに動作に相違がある。このことは周知の事実で、公安調査庁も知っているはずである。

3 また、今現在、ひかりの輪で指導している基本的な日々の修行は、ひかりの輪独自の密教的な儀式であり、基本修行教本の内容ではない。すなわち、この点における類似性は重要ではない。

4 これは、公安調査庁自身が定義したオウム真理教の教義とは関係ない部分の教義であり、この点が類似していても、単に一般のヨーガ・仏教の修行法における類似性であり、概括的反論②の反論がこの論点にあてはまる。

5 概括的反論③がこの論点にも当てはまる。仮に行法面だけが似ていても、全体が同じであるという証明にはならない。


カ 次に、P61に、
「e イニシエーションについて
オウム真理教には、イニシエーションとして、シャクティーパット、甘露水、「アストラルテレポーター」による音のイニシエーションがあるところ、「ひかりの輪」には、シャクティーパットに対応する「弥勒金剛法具エンパワーメント」甘露水に対応する「聖音甘露水」、音のイニシエーションに対応する「聖音波動イニシエーション」がそれぞれ存在するところ、被験者にエネルギーを注入するとして行われていた麻原の「シャクティーパット」と「ひかりの輪」の「弥勒金剛法具エンパワーメント」は、被験者に法具を介して触れるという点が相違するのみで、その方法は麻原のものと一致しており、「聖音甘露水」及び「聖音波動イニシエーション」は、水の浄化やイニシエーションに用いるものを麻原のマントラから法具による聖音等に変更しているにすぎず、麻原の影響力を直截に示す部分を除去しつつも、同様のイニシエーションを行っているものと認められる。(証2・第3・3(2)ウ(オ))」と述べられている。
 しかし、以下の点で不当である。

1 まず、オウムのシャクティパット、甘露水、音のイニシエーションは、全て麻原の力・エネルギーに基づくものとされているが、ひかりの輪の弥勒金剛法具エンパワーメント、聖音水、聖音波動イニシエーションは全て、何ら麻原の力・エネルギーとは無関係なものであり、麻原のオリジナルではない。

 この違いは非常に重要であり、その理由は、一連の事件の主たる原因は、麻原のオリジナルの教義であり、特に、麻原グルイズムであって、そうではないひかりの輪は、「麻原を創始者とするオウム真理教の教義」を広めていることにはならないからである。

 これは、先ほど、オウム真理教にはない、ひかりの輪の新しい修行の一部として、グルイズムによらない密教修行として説明したとおりである。

2 より具体的に述べると、オウムのシャクティーパットは、ヨーガから取り入れた点では、麻原のオリジナルではないが、麻原のエネルギーを使うとされている点では、麻原のオリジナルであるところ、それに対応するとされた、ひかりの輪の弥勒金剛法具エンパワーメントは、ヨーガではなく、密教の儀式から、ひかりの輪に取り入れたものであって、さらに、麻原のエネルギーではなく、密教で神聖視される法具のエネルギーを用いると位置づけられており、宗教的に明らかに別系統であって、ひかりの輪のオリジナルである。

3 オウムの甘露水は、麻原が自分で(ないし麻原のマントラで修法した水であり、それを信者が飲むのは麻原への帰依と言うことが出来るが、一方、ひかりの輪の聖音水は、密教法具によって水を修法したものであり、かつて麻原が行ったことはなく、麻原からの脱却の証明であり、ひかりの輪のオリジナルである。

4 オウムの音のイニシエーションは、麻原の唱えた真言の音を用いたものであるから、それを聞くのは麻原への帰依であると言うことが出来るが、ひかりの輪の聖音波動イニシエーションは、密教法具によるものであり、日本では真言宗系の僧侶の一部が採用しているくらいで、ひかりの輪のオリジナルか、そうではなくても、オウム真理教とは全く別の宗教的な系統のものである。

5 次に、このようなイニシエーションとは、密教系仏教を含め宗教に広くある考えであり、オウムにも、ひかりの輪にも、このようなイニシエーションがあるからとって、それが両者の類似性の証明にはならず、概括的反論②の反論がこのてんにも当てはまる。

 シャクティパットはヨーガにあり、密教の潅頂とも同じ概念で、甘露水はご神水であり、音のイニシエーションは真言を唱えた音を使ったものであって、この意味で、オウムに限らず、密教・ヨーガに共通するイニシエーションである。

 なお、上祐代表の説法で、オウムの上記三つのイニシエーションに、ひかりの輪の上記三つのイニシエーションが対応しているかのような説明がなされた主旨は、ヨーガ・密教系の宗派には皆あるものの中で、オウムにあるものは、ひかりの輪にもあり、ひかりの輪が、オウムに劣るものではない、というのが、その一つの主旨である。

6 概括的反論③がこの論点に当てはまる。単にイニシエーションが似ていても、それが、全体が同一であるという証明にはならない。


キ 次に、P61に、
「f その他
(a)「マントラの唱和」
「ひかりの輪」の「基本修行教本」には構成員が唱える呪文・詞章として、「発菩提心」、「三仏のマントラ」が記載されているところ、これを麻原の伝授した呪文・詞章と比較すると、発音による読みの違いしかなく、構成員が同教本によるマントラを唱えているということは、麻原のマントラを唱えていることに変わりないものと認められる。(証2・第3・3(2)ウ(カ)c)」と述べられている。
 しかし、これは、以下の通り、不当である

1 まず、発菩提心や三仏のマントラは、仏教・密教で広く唱えられているものであり、この論点にも、概括的反論②の反論が当てはまる。

2 さらに、この議論は、実際の修行実践上の大きな違いを無視している。というのは、オウムでは、修行者が唱えるマントラは、まっぱら、グル麻原に関するマントラ(帰依マントラなど)であって、麻原が出てこない、一般の仏陀のマントラではない。すなわち、麻原やオウムの教材に、三仏のマントラが記されている事実はあっても、それは一度紹介しただけに過ぎず、日常的に唱える信者は皆無であって、実際には唱えないマントラを持って、ひかりの輪とオウムのマントラの修行が同じであるとするのは不当である。

 そして、ひかりの輪が、麻原への帰依のマントラを唱えなくなった事実が、ひかりの輪の麻原脱却の証左であり、オウムとの非常に重要な違いであると理解されなければならない。この意味でも、概括的反論②の反論が、このてんに当てはまる。

3 さらに、公安調査庁は、ひかりの輪が採用している以下のマントラには何も言及していない。実際、オウム真理教には以下のマントラは紹介されたことがない。

 1薬師如来のマントラ
 2大日如来のマントラ
 3ヴァジラサットヴァの6音節のマントラ

 このマントラの伝授に関する教本は、乙B148を参照のこと

4 概括的反論③がこの論点に当てはまる。単にマントラ修行が似ていても、それが、全体が同一であるという証明にはならない。

ク 次に、P62において、
「(b)「温熱トゥモ修行」
本団体においては、麻原の教えによる修行法として、高温の湯につかるなどして、体温を40度以上に上げて長時間保つ「温熱修行」と称する修行が行われ、判明しているだけでも11名が死亡または死亡するに至った疑いがあるところ、「ひかりの輪」においては、これと酷似する「温熱トゥモ修行」が行われている。(証2・第3・3(2)ウ(カ)c)」とある。
 しかし、これは以下の点において不当である。

1 まず、ひかりの輪で行っているのは、正式には、入浴トゥモ修行と呼ばれており、温熱トゥモ修行というのは、スタッフの誤表記である。

 そして、ひかりの輪の入浴トゥモ修行は、高温の入浴ではなく、通常の温度による通常の入浴であり、全く危険性はない。その特徴・効能は、団体で修法・浄化したパワーストーン(温泉地で取れる石)などを用いる点にあるだけである。

 なお、温泉入浴においてはきちんと健康に配慮するよう指導している(証拠としての資料は乙C30参照のこと)
これは、オウム真理教にはなかった、ひかりの輪のオリジナル修行である。

2 概括的反論③がこの点にも当てはまる。単にこの点が似ているとしても、全体が同一なのではない。

以上